崩れる天球

辻河

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 星野 涼という男は、その名の通り星のような人間だった。毎晩頭上に広がる星空のように親しみ深く煌びやかな光を瞬かせているのに、どれだけ手を伸ばそうと届くことはない。そもそも手を伸ばそうと思ってしまったこと自体が間違いなのかもしれない。分不相応な大望を抱けば、手に入らない寂しさに終生身を焼かれることになる。だからこそ、彼には近づきすぎてはいけないのだ。ならば、星に魅入られた俺は哀れな愚か者なのだろうか。

 俺にとって、この男との関係を一言で表すのは難しい。有り体に言ってしまえば、星野は高校からの幼馴染だ。高校一年生の時に同じクラスになり、出席番号が前後だったことで親しくなった。学年が上がりクラスが変わっても二人の仲が途切れることは無かった。どちらからともなく同じ時刻の電車に乗って登校し、校内でたまたま会えば言葉を交わす。お互い違う部活動に所属していたが、タイミングが合えば一緒に帰ることもあった。傍から見れば立派な友人、いや親友と言っても良い関係だろう。

 その宝石のような輝きを間近で見てしまえば、胸を焦がされるような感覚を覚えるまでにさほど時間はかからなかった。いつの間にか友情には恋心が混じり、その思いは年を重ねるごとに大きくなっていった。気付いてしまえばもう認めるしかない。同じ空間に居れば無意識にその姿を目で追ってしまい、笑顔を向けられれば心が波立つ。そんな自分の気持ちを押し殺しながら友人として付き合うのはなかなか大変なことだった。そしてその苦労に見合った見返りがあるわけでもない。

――いっそ告白して洗いざらい打ち明けてしまおうか? そう思ったことも一度や二度ではない。だが、いざその時が来ると考えるとどうしても躊躇してしまうのだ。今の関係を壊すくらいならこのままの関係でもいいのではないかと思ってしまう。

 星野という奴は、彼との関係と同様に掴みどころのない人間であった。常に飄々とした態度を崩さず、誰とでも分け隔てなく話す。しかし特定の人物と関係を持つことは少ない。自分で言うのも何だが、長続きしている友人は俺くらいだろう。自然に人の輪に溶け込むが、自分自身をさらけ出すことはほとんどない。親しみやすいのに少し謎めいていて、どこか捉えどころのない人物だ。運良く俺は友人という座に居座り続けているが、その境界を超えた気持ちを向ければ二人の関係は壊れてしまうかもしれない。

 実のところ、彼とどうなりたいと望んでいるのかは俺自身にもよく分かっていない。ただ一緒にいる時間が心地良いのだけは確かだ。それならこのまま友人としての関係を続けていくべきなのかもしれない。心の奥底ではそれ以上の関係を望んでいることに気づいているが、自分の思いを彼に告げることなどできない。そんなことをすれば今まで築きあげてきたものが壊れてしまうだろう。

 星野がどういうつもりでこの関係を続けているのか、未だに分からない。だが彼が自分から離れる気配はない。ならば今はそれで十分ではないか。そんなことを考えているうちに高校を卒業してしまい、今ではお互い晴れて大学生になった。学部こそ違うが同じ大学に進学し、今でも月に数回会う関係が続いている。この付かず離れずの友情が心地よくもあり、もどかしくもあった。届かぬ星のもとへと辿り着きたいという大それた理想を追い求める勇気もなく、かといって諦めることもできない。この複雑な感情を持て余したまま、未だに彼の隣に居るのだ。
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