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蒼のいない朝
彼が、いない、いない
しおりを挟む「っ、」
ドアを開けた瞬間に、突風が吹き抜けてくる。
風に耐えかねてぎゅっと目を瞑れば、冷たい風が頬に当たってくる。
痛い。目が開けていられない。
…でも、微かに温かい春の匂いが混じっている気がした。
階段下の近くに見える道路に、勢いよく車が何台か通り過ぎていくのが見えた。
「……」
振り返る。
ここはどこかのアパートのようだった。
でも。
「…っ、」
…やっぱり、蒼はどこにもいなくて。
完全に一人きりの状態に、怖くて、足がすくむ。
ふるふると首を横に振る。
知らない。
俺は、こんなところ知らない。
「……なんで、俺、ここは、どこ…」
初めて見るばかりの景色に、頭がパニックになりそうになる。
知ってる人もいない。
自分がどこにいるかもわからない。
「やだ、嫌だ…」
こんな場所で、一人なんて嫌だ。
迷子のこともみたいに、泣きそうになってぺたぺたと裸足で階段を下りた。
着崩れた浴衣がひらひらと揺らめく。
石が足を傷つけて、血がにじんだ。
「…は…っ、」
少し歩いただけで、息が乱れる。
ずっとあんな生活をしていたんだから、無理もないだろう。
でも、あんなに。
……あんなに自分で地面を歩きたいと思っていたはずなのに。
そんなことにすら、自分で地面を踏みしめていることにすら気づかないほど、他のことに気を取られていた。
「蒼…っ、あおい…っ」
どこかもわからない場所をさ迷い歩いて、周りをきょろきょろ見回す。
…蒼に、会いたい。
痛い。心臓がにぎりつぶされそうなほど、痛い。
「…あおい…っ、」
どうして、蒼が見当たらないのか。
そんなことは、もう心の奥では分かっていた。
(本当に…?本当に、俺は蒼に…)
捨てられた…?
「…いやだ」
そんなことを考えた瞬間、ドクンと心臓が嫌な音を鳴らした。
「…っ、痛い…痛い…ッ」
ナイフを突き刺されたような、全身が壊れそうな痛みに、耐えきれず、蹲った。
いや、そんなはずない。
蒼が、俺を捨てるはずない。一人にするはずがない。
違う、違うと、嫌な考えを振り払うように首を横に振って、よろよろと立ち上がって歩いた。
蒼が傍にいないと、不安でたまらない。生きていけない。
…それなのに。
もう、一人ぼっちなんて嫌だ嫌だ嫌だ――。
恐怖で気がおかしくなりそうになる。
「蒼…っ、ぅあ…ッやだ…っ、いやだ…っ」
やめて。俺を一人にしないで。
いつか、蒼が俺に言った台詞。
(…俺だって、一人は嫌だよ…蒼のばか…)
眼球が熱くなる。
視界が滲む。
ぐっと唇をかみしめた。
「…っ、」
いつもなら俺が泣けばすぐに駆け寄ってくれるはずの蒼がいない。
優しく笑って頭を撫でてくれるはずの蒼が、傍にいない。
なんで、なんで、蒼は来てくれないんだ。
いつもみたいに、「まーくん…っ」って焦った表情で、駆け寄ってきてくれないんだ。
道路で歩く人が、浴衣姿に裸足で歩く俺を変な目で見ていくけど、そんなの視界に入るはずもなかった。
「――っ、」
走って、走って、走って。
泣きながら、走った。
でも、どこにもいない。
日が暮れ始めても、蒼はどこにもみあたらなかった。
とりあえず、アパートの前あたりまで帰ってきて、きょろきょろと周りを探す。
汗が額から流れて落ちてくる。
「蒼、蒼、あお…っ、」
ぼろぼろと涙が零れた。
蒼。蒼。蒼。蒼。どこ。どこ…?
ひたすら蒼の名前を呼んで歩いていると、指先がそこの段差に引っかかってべちゃっと顔から転んだ。
相変わらず、受け身が自分で思うほどへたくそだ。
膝も、顔も全身すりむいて痛い。じんじんする。
蒼が帰って来たら、絶対に文句言ってやる。
ばか、ばか、蒼のばか。
ぎゅっと砂で汚れた拳をぎゅっと握る。
「う、」と最早小さい子どもみたいに、悔しさやら自分のしょうもなさに大泣きしそうになっていると。
「大丈夫ですか?」
そんな声とともに、目の前に手が差し出された。
ああ、もう何やってるんだろう、俺。
なんて死にたいような暗い気持ちになりながら、何か返答しないと、と焦って「あ、あの、大丈夫です」と頷いて顔を上げたその時だった。
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