634 / 842
現在
58
しおりを挟む身体を離そうとしても、後頭部に回された手がそれを許してくれない。
さっきからずっとぎゅーぎゅーしまくってる気がする。…気のせいだろうか。いや、確実にいつもより回数が多い…気が、する。
…初めてくーくんに会った時はハグするの嫌そうだったのに、いつからこんなにするようになったんだっけ。何か心境の変化がおきたのかな。
「…まーくん」
「ん?」
「まーくん」
「あはは、変なくーくん」
「うんうん。まーくんですよー」ぐっふっふと笑いながらぽんぽん彼の背を軽く叩いて擦る。なんだろう。名前確認かな。ふぎゅ、と息が苦しすぎたので、せめて顔だけでも圧迫から逃れる。ほうっと息を吸えて楽になった。
(…と、とりあえず怒ってないってことで、いいのかな…?)
だけどこれは自分に都合のいいかいしゃくな気もする。むむむ。
寝転がっているせいで畳に触れている彼のさらさらとした黒髪とその綺麗な首筋を眺めながら、はて、と首を傾げてみる。
「くーくん?」
「…うん、そう…だよ。…俺、くーくん、だから」
「……?」
「まーくんは、まーくんで、俺は…ちゃんと、くーくん、してる」
「………………」
一瞬の、思考停止。
(…ん?んん…?)
どうにも何かがおかしい気がする。変だ。
様子がおかしい、プラス、ぎゅうって抱きしめてきて名前の確認を繰り返している。
…ちゃんと、ってなんだ。しかも、くーくんしてるってなんだ。なんなんだ。
混乱を通り越してむぅ、と眉を寄せていると、「さっき、」と小さく呟かれる低く掠れた声。
「いなくなったのかと思って、本気で心臓が止まるかと思った…」
「…ぁ、」
「……」
「また、まーくんがいなくなったらって思うと、…」
怖くて堪らなかった、と呟く声が、いつもより少し切羽詰ったように乱れている。
後頭部に回された手が、背中に回された腕が、彼の身体が、本当に怖がっているように震えていた。
「…(…)」
…それにしても変なくーくん。いなくなったり、しないのに。
だけど、そんなに心配してくれるとは思ってなくて、予想以上の反応に目をぱちくりと瞬く。…ちょっとくらい困らせてやろう、なんて軽々しく考えたさっきの自分を反省した。…なんてばかなこと考えてたんだろう。
しょんぼりと俯いて、謝ろう、と唇を開く。
…と、
「俺が、まーくんに嫌なことしたから、」
「……へ?」
続けて、耳を疑うような言葉が飛び込んできた。
…くーくんが、思った以上に思いつめていた。
「だから、…ごめん」
「…ち、違うってば!」
まさかそんな風に捉えてるとは思わなくて、硬直している間に話が進んでしまっていた。
かなり憔悴している感じの声音に、ぶんぶん首が折れそうな勢いで首を振って否定する。痛い。折れる。けど、こっちの問題の方が大事だった。
「……」
「おれ、くーくんにされて嫌なことなんかひとつもない!なにもないから!」
声を張り上げる。そのぐらい、本気で違うってわかってほしかった。
…そ、そりゃあ勿論、くーくん怖かったし、…なんか変な感じがずっとしてるし、だから困らなかったかっていうと嘘になるけど。
でも、
「おれ、嫌なことなんてないんだよ。くーくんのこと初めて会った時からずっと大好きだし、傍にいたいって思ってるし、」
「……」
「だから…も、もしくーくんがしたいなら、…また、ああいうこと、しても」
(…って、おれ、また…!)
変態的な言葉を吐いてしまっている、と彼の反応を見もせずに俯いてしゃべり倒しながら途中で気づく。
しまった、と言葉を途中で止めた。
どうしよう、と恐る恐る顔を上げる。
(…って、なんで、)
「……っ、」
なんで、そんな顔…するの。
至近距離で重なった視線に、心が押し潰されそうになる。
息を、呑んだ。
「意味、わかって言ってる?」
「う、ん…」
「…綺麗なまーくんは、理解できてるのかな」
「…どう、いう…」
…おれ、何か間違ったこと言った、のだろうか。
それに、どこか皮肉を含んだような言い方にむっと眉が寄った。
頬を包み込むように触れてきた手が、そこを撫でるように微かに動かされる。
また少しだけ怖くなった雰囲気に、…ぎゅっと目を瞑った。
「…俺は、もう汚いんだよ。…充分汚くて、醜くなってるんだ」
「……くー、くん?」
「だから、…」
絞り出すような声が、そこで止まる。
布が畳に擦れる音と、まるで顔をおれに見させないように、隠そうとしているかのように…抱きしめてくる腕。
…なにを、なにを、言ってるの。
そんな自嘲気味な口調で、自分のことを嫌悪するような口調で、なんで、そんなこと、
…嫌だ、いやだ。
そうやってくーくんにそう言わせてるのが、お母さんの時と同じように、またおれのせいでそうさせているような気がして、
唇を噛み締める。
気づいた時には違う、と言葉を発していた。
「そんなこと、ない」
ぎゅうっと彼の服の裾を握る。
…そんなこと、ない、のに。
一緒にいて、わかる。
おれから見たく―くんは、汚れなんか、醜くないのに。凄く優しくて、心が綺麗で、なのに。
(…もし、くーくんが汚いっていうなら…おれの方がずっと、)
家での記憶が、脳裏を掠める。
思い出しただけで、彼の服を掴む指が震えた。
「…時間が、本当に巻き戻ればいいのに」
「……え?」
「そうしたら、俺はもっと違う気持ちになれたのかな」
「あーあ、」と泣き笑いに似た声で呟く彼に、何も言えない。
…それなのに、何か言わないとって、
何の価値もない言葉を言おうとした唇をキツく噛み締めて、彼の胸に顔を埋める。
もし彼が望むなら、時間を巻き戻せるように何でもする。何でもしたい。
でも結局おれにはそんなことできなくて、…できないから、…せめてできることといえば、似た状況を作り上げることしかできない。
…だけど、
(もし、)
(できるのなら、)
―――――――――
どこまで時間を戻せば、彼を幸せにすることができるんだろう。
65
あなたにおすすめの小説
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
【花言葉】
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!
【異世界短編】単発ネタ殴り書き随時掲載。
◻︎お付きくんは反社ボスから逃げ出したい!:お馬鹿主人公くんと傲慢ボス
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。
人気俳優に拾われてペットにされた件
米山のら
BL
地味で平凡な社畜、オレ――三池豆太郎。
そんなオレを拾ったのは、超絶人気俳優・白瀬洸だった。
「ミケ」って呼ばれて、なぜか猫扱いされて、執着されて。
「ミケにはそろそろ“躾”が必要かな」――洸の優しい笑顔の裏には、底なしの狂気が潜んでいた。
これは、オレが洸の変態的な愛情と執着に、容赦なく絡め取られて、逃げ道を失っていく話。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる