メイド・イン・フェニックス

ハリエンジュ

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メイド・イン・フェニックス

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 炎は、お好きですか?

 この質問に対する答えは、実に多種多様、十人十色。
 正解なんてないほどに答え方は自由に満ち溢れていると思う。

 私が知っている限り、炎と言う存在もまた。
 先程提示した質問に対する答えと同様に、無限の可能性に満ちた存在だった。


 まず、炎は簡単に命を奪える。
 草木を、森を、自然を、人類がその叡智で作り上げた文化物すらも焼き尽くし、命を苦しませながら殺して奪い取っていく。
 肉の焦げる匂いを残し、美しく光るその姿で、尊き命を醜い屍にいとも容易く変えられる。

 一方で、炎は簡単に命を救える。
 寒さに凍える身体を温めたり、闇しかない道を照らして希望を与えたり、鮮血が溢れ滴る傷口を焼いて塞いだり。
 命を簡単に終わらせられる炎は、終わりかけていた筈の命を続けさせてくれることも、またある。

 全て、状況によると思う。
 突き詰めれば、肉が焼き焦げる匂いでお腹が空くか、それとも何かしらの拒絶反応を覚えるか、などの話に発展、もとい脱線していくのでこれ以上の例は控えるけれど。

 私は、極端の感情を炎に対して併せ持っていた。

 私は最初に、炎に対してひどい畏れを感じた。
 だけど間もなくして、私は炎を何よりも美しく感じた。

 だから私は、炎に対して好悪の両方の体験を経験している。
 改めて、最初の質問を、他でもない私に投げかけてみる。


 炎は、お好きですか?


 現在の、私の答えは。

 ……『どちらとも言えない』、という、無味無臭すぎて『なら最初からこんな話をするな』と言われても仕方ないくらいにつまらない答えにしかならなかった。
 肉が炎で焦げる匂いなら、毎朝キッチンから漂ってきます。
 だって好悪を通り越して、私にとってそれは、炎は、あまりにも生活の一部以上の存在だった。
 ――きっと、他の人よりも。




『メイド・イン・フェニックス』




 鳥は、賢くて可愛いものだと幼年期の私は教わっていたし、私自身もそう認識していたと思う。
 物心つくかつかないかの時期に読んだ絵本にだって、幸せを運ぶ青い鳥の話や、優しい王子像と添い遂げる鳥など、色々あったから尚更だ。
 鳥に纏わる絵本を人生で一番無垢な時期に何となく好んで読んでいた私だが、私の名前は特に鳥とは関係が無かった。

 私の名前は、ウェンディ。

 とある童話の、緑の服を纏った永遠の少年に誘われて、弟たち共々子どもの為の国に招待されたけど、色々あって弟たちを連れてきちんと現実世界に戻ってきた少女と同じ名前、だったと思う。
 その童話に出てきた私と同じ名を持つ彼女は、物語の中で空は飛べたはずだ。

 だけど鳥ではない。
 人間よりは鳥に近いであろう妖精には何なら嫉妬で毒を盛られていたような気もする。

 私は今より遠い遠い昔の時代の童話や絵本を幼年期に愛読していたが、昔の童話は毒殺、毒殺未遂展開が妙に多かったような気がする。
 そういう時代だったのだろうか。

 とまあ、私の名前はウェンディと言うが、私は童話の中の登場人物であるウェンディとは勿論あまりにも違う。
 だから私は、童話の中の彼女にいまいち運命的な何かを感じ取れなくて、一部幼年期に教えがあった運命論だけは全く信じていなかった。
 私が憧れていたのは、定められた運命の枠を超えて自由に羽ばたける鳥のような生き方だった。

 とにかく、鳥が好きだったんだと思う。
 なので私は、その永遠の少年絡みの童話は好まず、鳥に纏わる童話をとにかく探した。
 願わくば鳥に纏わる話で自分と同じ名前の主人公が現れてくれたら、と思ったが、そんな話は見付からなかった。

 どうせ同じ名前になるなら、どうせ物語に没入できる要素があるなら。
 どうせなら、私は私に都合が良い思いをしたかった。
 だから私は自由、という言葉を盾に、ちょくちょく一瞬くらいは物事を私に都合の良いように解釈する癖があった。一種の空想癖だ。

 それに童話の類で唯一私と同じ名前だった例の少女と私の相違点を挙げるときりがない。
 彼女には大事な弟たちや現実世界で愛してくれる両親が居たが、私は一人っ子だ。さらには捨て子の孤児だった。
 赤子の頃に教会の慈悲深きシスターに拾われ、有難いことに子どもが子どものまま無垢に育っていけるような環境を用意してもらい、歳の近い子どもたちと山菜や木の実を拾ったりお祈りをしたり、前述の通り本を読んだりして過ごしてきた……というほど、実は私のこれまでの人生において教会生活はそんなに長くない。

 育った教会が、焼かれた。
 当時、私は齢6歳。

 街で厄介者扱いされ、さらには往来でシスターに諭され逆恨みをした盗賊たちが、教会に火をつけ、私は一夜にして全てを失った。

 肉の焦げる匂いを私は良く良く知っている。
 昨日まで一緒に笑い合って遊んでいた友達が、母のようなシスターが、焼けて爛れていく様を、6歳の私の視覚や嗅覚は完全に憶えてしまっている。
 まるで私の脳に強制的に焼き付くように。

 助かったのは私だけだった。
 泣いて嘆いて水や風や、何より助けてくれる誰かを求めても、炎は燃えるばかりだし、当時は本に出てくる架空の世界の毒にばかり怯えていた私は、炎についてはあまりにも無知すぎた。
 正しい消火の方法を知らない私は、無様に私だけ生き残り、独りになった。
 他者に愛を与えて他者を助けろ、と教えられて育ったのに、何もできやしなかった。
 私の大切なものを焼いて殺して奪った炎を美しいと思う余裕なんてこの時の私には無かったし、そんな無邪気な感想を一切覚えなかった幼い私には今も安堵している。あの炎を、私は憎んでいい。

 水を用意できなかったくせに涙が枯れるくらいには泣いて、私が最初にのろのろと始めたのは、教会のみんなの弔いだった。
 私は痩せた小さな子どもではあったけど、何も道具は無かったけど、土を掘り、親しかったひとたちの屍に触れ、きちんと埋葬して、どうか安らかにと、祈りを捧げたかった。

 だけど、私一人の力じゃ、心じゃ、たかが知れてる。
 土を掘る手の爪は剥がれ、血が滲み、屍を運んではそのあまりの痛ましさに耐え切れず嘔吐し、体力を失い。

 生き残ったのに、私だけなのに、私が、頑張らなきゃ、いけないのに。
 とうとう途中で、私は膝をついた。意識が途切れそうだった。

 その時怖かったのは、死への恐怖とはまた違った。
 私だけ、みんなと一緒の死に方じゃない、と思ってしまった。

 炎が欲しかった。
 数刻前まであれほど憎んだ炎が、欲しくて欲しくて仕方がなかった。

 今すぐ私を焼き尽くしてほしい。
 みんなと一緒がいい。
 独りぼっちが、怖い。

 そんな最低なことを願ってしまった私に、最悪な炎が、灯った。


 急に目の前が、ぱあっと、静かながらも明るく光った。
 爛々と輝く、紅い紅い炎。

 私の居場所と家族同然の人々を焼いたあれと同じ色の炎の筈なのに、私はそれを、その時ばかりは世界の何よりも美しいと思った。

 どうか私を焼いてくれ、全部終わらせてくれ。

 すっかり安心して、炎に身を委ねようと目を閉じた時。

 声が、聴こえた。

『寝るなクソガキ。話を始める前にお前に死なれたら俺が困る』

 たいへん余談ではあるが、私はこの時まで教会で清く正しく育ててもらったので、汚らしい言葉遣いをほとんど知らなかった。
 なので『クソガキ』という単語が自分を指しているとは思わず、ただ、突然声がしたことに驚いて、目を開けた。

 目の前に広がる光景は、さっきまでと変わらない。
 何もない焼け野原に、また炎が一つ灯っていただけ。
 残り火かと思ったけど、その炎はふよふよと宙に浮いていた。この景色の中で、明らかに唯一の異質な存在だった。

 また、声が聴こえた。
 しゃがれた、ガサガサした、だけど語気が強い、おとこのひとの声。

『死にたいなら、そのまま目を閉じろ。生きたかったら、俺と契約だ。俺がお前の守護霊になってやる』

 守護霊、という存在がどういうものか、私は知らなかったし何もわからなかった。
 もう少し経ったら、詳しく学ぶことができたのかもしれない。

 わからなかったから、私は、当時お得意だった癖を出してしまった。
 物事を一瞬自分の都合の良いように解釈する癖。
 自分にとって都合が良い要素だけ、はっきり耳に入れてしまった。

「……いっしょに、生きて、くれますか?」

 ようやく発せた声は、弱々しいものだった。
 泣き声以来、ようやくまともに出せた声だ。
 ひどい声、だった。

 私が炎を求めたのは、みんなと一緒が良かったから。
 独りが怖かったから。

 でも、その声は私に、私が誰かと生きる可能性を提示してくれたのだ。

 それが守護霊というわけのわからない存在でも、一緒に居てほしかった。
 私と一緒に、生きて欲しかった。

 私の声を聴いた炎は、笑うように言った。

『ああ。一緒に生きてやる。何度だってお前と一緒に生きて、お前と一緒に死んでやる。ずっと、一緒だ』

 ずっと一緒、という甘言に惹かれて。

 私は――齢6歳、ウェンディという名の痩せた小娘は、その声との、彼との、『契約』に応じた。

 寂しくて、独りが怖くて、他者を求めて頷いてしまった私は、ただ嬉しくて。
 炎が暖かいことや、野ざらし状態だった自分が思ったより凍えていたことや、今が真夜中だったことを実感する余裕が出てきて、もう世界の全てが変わって見えた。

 実際、私の世界は変わった――というより、私が、変わった。

 胸が熱くなった。
 ときめいたとか、感動した、とかではない。
 感覚として熱くなった。

 心臓が、燃えていた。
 比喩ではなく実際に、炎で焼かれたのだ。

 あまりにも強烈なその感覚は、痛みとはまた別の何かだった。
 そんな状態になれば死んでしまう筈なのに、私は生きていた。
 熱さに戸惑い、声にならない声を上げ、それでも私は生きていた。

 次に呼吸をした時、改めて、声が聴こえた。
 姿は全く無い。
 誰にも、私にすら可視化されていない。

 だけど、私のすぐ傍に誰かが居るのは、私にだけは、良くわかった。
 何も見えないのに、愛おしむように頬を撫でられる感覚だけは、鮮明で。

 現在もまだまだ未熟者である私だが、この直前の私にはいくつか全力で警告したいことがある。

 求められる対価を聞いていないのに取引に応じてはいけない。これは当たり前だ。

 何よりも本当に切実に伝えたいのは。

 ――その自称守護霊はロリコンでモラハラ気味で特殊性癖持ちだから、その男と生きるのだけは、本気でやめておいた方がいい。

 そんな今の私の必死の警告を、それまで信じていた神様の名前すら知らなかった幼い私は聞き入れてくれただろうか。

 夜空に光り輝く美しい月が、そんな幼く愚かな私と『彼』を、見守っていた気がした。





 ご趣味は、なんですか?

 ――と、見合いか何かの席でもし紳士的な殿方に質問されたら。
 許されるのならば私は『少々空想を……』などと答えたいが、これはあまりに幼く電波な台詞で見合いは御破談になるだろうし、このトンチキな答えを嬉々として肯定するような男性は失礼ながら何となく嫌だし、四六時中私の傍に居る男は私のこの考えを聞いたら『頭のおかしいガキ』だの『痛いロリータファッションで日傘差して見合いに行ってる設定かよ』、と散々私を嘲笑って揶揄してくることだろう。

 しかし、誰よりも一番私の傍に居るその男は実感していないだろうが、恐らく私の最大の趣味は空想だった。
 空想、というか脳内で速く思考を展開させることが好きだ。
 しかしその思考は、賢さとは程遠い。
 自分が興味や関心、好奇心を持つ事柄へのみ意識が注がれ、やがては異常に飛躍し脱線に脱線を重ねる、意味のない思考だ。

 今日は天気が良いなあ、と天気に想いを馳せて何となく思考を始めたら、最終的には脳内で火山噴火を背景にラブロマンスとミステリードラマが同時並行展開しているような、そんな脳の造りを私はしている。
 さらにはその思考の速度が異常に速い。
 火山地帯に思考が行き着くまで数秒も掛からない。

 極端な例を挙げてしまったが、脳内での独り言というか、モノローグのように過去を回想したり顧みたり、そういうものが確実に他の人より私は多いし速い。
 何でかと聞かれたら、まあ、幼い頃から空想癖の片鱗はあったけども。
 一番の理由は、私には思考しか逃げ場がないからだと思う。

 私は、長年とある悪霊に取り憑かれている。

 取り憑かれているどころか、魂を捧げるような、贄となるような契約を自ら交わしてしまった為、誰にも私からその悪霊が引き剥がせない状態になっている。

 それがどれくらい危険なことなのか。
 一番ひどい言い方をすると、色情魔に四六時中抱き付かれているようなものだ。
 むしろこの場合は色情魔に失礼だ。
 色情魔に失礼も何もないが。

「……あの、ワタルさん、もう寝ましょうよ……」

『断る。嫌がる女を抱く趣味はないからな』

「普通に睡眠として眠りましょうよ、という意味で寝ましょうよって言ったんですよ。誰も抱いてくださいとは言ってないんですよ。何考えてるんですか、すけべ」

 深夜帯。
 ついさっきまで一部を回想していた子どもの頃とは全く状況は違う。

 ふかふかのベッドで何とか眠ろうと毛布を被っている私の名前は、あの頃特別好きじゃなかった童話の少女と同じ名前のまま。

 私は今も、ウェンディとして生きている。

 大人になることを選んだ童話の中の少女のように月日だけは無事に過ごし、現在は齢17の……立場によってはレディ扱いされてもいい年頃である。

 ベッドの上でぶつくさ文句を垂れながらじたばた何かを押しのけるように手足を動かす私は、傍から見たら寝惚けて暴れているかのように見えるだろう。
 確かに思考ならいくらでも一人で暴れるように巡らせがちだけど、私だって好きで夜中に一人でこんなに慌ただしく動いているわけじゃない。
 見えないだけで、私のすぐ近くに『彼』が居る。触れてくる。
 隙あらばその手を私の身体に這いずりまわせようとしてくるので、全力で抵抗し拒絶する構えをとるしかない。

 『彼』に片手の手首をがしりと掴まれた時に、思った。
 ……もう片手なら空いてるな。

 私は普段からいついかなる時も携えている護身用の拳銃のうち一丁を、保険として目の前に突きつけた。

「……ワタルさん。それ以上近づいたら、撃ちます」

「あぁ? いいのか? 壁にまで穴開いたら、また金が要るし変な噂も立つぜ?」

 嘲笑う声がする。
 脳内に響くのではなく、聴覚として響くのが私にとっては救いだった。
 私の思考だけは、今もずっと守られている。

 ……ああ、もう、めんどくさくなってきた。
 今夜はこれまでだ。

 私は長い溜息を吐き、『彼』に突き付けていた筈の銃口を自身の心臓部に突き付け、引き金を引く。
 破裂音のような銃声が響き、私の心臓がぱんと呆気なく弾け飛ぶ。

 そうして、いつものように今日の私は死んで行く。
 意識を失う直前、心臓が燃え盛る熱さを、じわじわと心に灯りゆくように私はただ感覚として感じていた。

 そうやって、今日の私は焼け死に、明日の私がまた生きる。
 明日は明日の風が吹くように。





 レースのカーテンの隙間から僅かに部屋に流れ込む風と共に、ふわ、とお肉の焼ける匂いが漂ってきた。

 ……おいしそう。キッチンからだろう。

 もうこの、肉が焼け焦げる匂いなんて私は平気だった。
 だって毎朝毎朝漂ってくるし。

 私から全てを奪った炎に怯えて泣いてばかりだった幼い私は、十年近い月日の中でもう幾度も死を迎えている。
 だから、この匂いは私にとっては終わりであり始まり。

 今日の私も、生きなければ。

 私は小さく欠伸をして身を起こし、ぐっと伸びをする。

 ちらりと自分の胸元を確認すると、昨夜確かに自分で撃ち抜いた筈の心臓部には傷一つ無かった。
 ただし寝間着と下着が見事に焼け焦げており、完全に胸が外気に晒されている状態だ。
 毛布をかけられるなどのフォローは無い。
 どうせ私がこうなったあと、『彼』がそれはそれは私のこのだらしない半裸姿を視覚で堪能したのだろう。
 神様、どうか『彼』にえげつない厳罰をお与えください。

『よう、起きたかウェンディ。……しっかしイイ眺めだな。相変わらず乳だけは極上なんだよな、お前は』

「おはようございますワタルさん。朝から最悪な気分になる下衆極まりない最低なセリフをぶつけないでください、すけべ。おはようの一つも言えないんですか」

『俺ぁお前と違ってアイサツを重んじるようなマジメな育ちはしてこなかったんだよ。さて、元気ならとっとと朝メシかっこんで食え』

「ありがとうございます。かっこんでは食べませんよ……私が目指すは上品で貞淑かつ清廉潔白な淑女なもので」

『…………正気か?』

「本気で引く反応しないでもらえます? ……いただきます」

『おう、メシアガレ』

 コトリ、とベッド横のごく小さなテーブルに、朝食の載せられたプレートが置かれる。
 ぱっと見たところはトーストとベーコンエッグとサラダにスープ、ヨーグルト。今日も私好みの味に仕上げられているんだろう。

 焼け焦げた寝間着は……まあ、諦めるとして。
 私は所々肌を晒したまま、プレートに手を合わせてから朝食を食べ始める。

 この朝食を作った『彼』は、今も私の傍に居る筈の『彼』は、昨日と変わらず姿が見えない。
 私を含めた、この世界の誰にだって『彼』の輪郭すら視界に捉えることは出来ない。
 幼少期の私を誑かして契約を結び、昨夜私にひどいセクハラをし、今朝こうして朝食を作ってくれた『彼』は、私の守護霊だ。

 『彼』の名前は、ワタルさんと言う。
 渡り鳥みたいで、鳥が好きな私からしてみれば羨ましい名前だ。
 出来ることなら結局鳥に関係ない名前を持つ私の元から本物の鳥の如く素早く飛び去ってほしい。
 私の方はすっかり、ワタルさんを守護霊どころか悪霊、怨霊の類だと常日頃散々貶させてもらっている。

 さて、守護霊とは何か?
 霊、と付いているだけあってワタルさんは生きている人間ではない。
 死後、天に昇らずこの世に留まり続けた元人間、人ならざる者である。

 そういった類の存在は、生きている人間と契約することで契約相手の人間を宿主とし、宿主を悪いことから守り、良いことをもたらす……とされているが、ワタルさんはむしろ悪いことも私にもたらしてくる。
 セクハラとかセクハラとかセクハラとか。

 少し話が私怨に逸れたが、ワタルさんの存在は私を含め誰からも姿を視認できない。
 しかしワタルさんは、契約を交わした私にはべたべたと触れることができるし、私にだけは彼のしゃがれた声もはっきり聴こえる。

 ワタルさん曰く、守護霊は契約相手が一度でも触れた物体にも取り憑くことができるらしい。
 ぱっと見だとポルターガイスト現象のように映るが、その力を駆使してワタルさんはキッチンを自由に扱い、こうして今も毎日私に食事を作ってくれている。
 食事だけでなく、私と契約して以来ワタルさんはあれやこれやと私の身の回りの世話をしてここまで私を立派に育ててくれたのだ。

 ワタルさんは、保護者としては非常に有能なのである。
 あくまで保護者としては。
 下心さえなければ、文句は何一つ無い。

 彼は私と同じく炎に縁がある存在らしく、火の扱いに関しては異常に得意だ。
 口に運んだベーコンの焼き加減は、今日も私好みで有難い。

 しかし、朝食は今日も安定して美味しいのだけれど、視線を感じる。
 じとっとした、私の嫌いな下心に満ちた視線だ。

「……なんですか」

 私はサラダのトマトを口に放り込みながら、じとっと目の前の、ワタルさんが居るであろう空間を嫌悪を隠そうともせずに睨む。
 彼はケッケッとおかしそうに笑った。
 性根の悪さが滲み出ている笑い方だ。

『いんや? ガキっぽいパジャマの癖に、あちこち焼け焦げてるせいでイイ体が丸見えだから目の保養だなあと思って有難く見させて貰ってるだけだぜ?』

「最低ですね、このすけべ。ガキっぽいパジャマとか言わないでください。これ、お気に入りだったんですから……」

『お前、折角スタイルだけはいっちょまえなんだからどうせならエロいネグリジェとか勝負下着とかたまには買ってみろよ。宝の持ち腐れじゃねえか』

「私にとって何が宝かは私が決めますのでほっといてください。あと人を身体しか取り柄がないみたいに言わないでくれます?」

 しん、と沈黙が訪れた。
 だけどワタルさんが笑いを噛み殺している声だけは聴こえる。
 ここで黙られると本当に私の取り柄が身体しかないみたいだからやめてほしい。最っ低。

 幼い頃から私の守護霊として私の面倒を見てくれるワタルさん。
 これに関しては自信があるので何度も言わせてもらうけれど、彼は保護者としては非常に有能だ。

 だけどそんなワタルさんは、齢6歳の私と契約した時から既に私を恋愛対象として見ていた。
 ひどい話だ。ロリコンだ。
 ワタルさんは死亡時の年齢がそこそこの大人だったらしいので、6歳の私に惚れたのはもう言い逃れができない罪だと思う。
 煉獄で念入りに浄化されてから地獄に落ちて重労働を強いられてほしい。
 いや、もう地獄なんかじゃ生温い。

 そう願ったところで、私の守護霊になったせいで、彼は地獄にもどこにも行けなくなってしまったのだけれど。

 ワタルさんに初めて愛情を告白されたのは、私が14歳の頃だった。
 よりにもよって思春期真っ只中、人生で一番夢見る乙女状態で色々と繊細かつ複雑な年頃の時に、ワタルさんは初めて私に愛を告げた。

 彼が守護霊契約の際に私に望んだ対価は、私がワタルさんに身も心も捧げ、彼の伴侶になることだったのだ。

 ――当然ながら、私は全力で拒絶した。
 わんわんと泣き喚いて、口が悪いワタルさんすら引く程の罵詈雑言を彼に浴びせた。

 それまでの私はワタルさんを兄のように慕っていた。
 たった一人の家族だと、絶対的な信頼を私はワタルさんに寄せていたのだ。

 考えてもみてほしい。
 それまで家族としてずっと一緒に居た存在に、性的な意味も含めた恋愛感情を向けられていると、ある日突然告白されるなんて。

 普通に怖いし気持ち悪い。
 生理的に、根源的に、拒絶反応が出るに決まっている。
 この問題は笑い話にすらできない。
 心理的にひどい虐待を食らった、くらいは私は言っても許される筈だ。社会問題にしたい。

 『愛してる』などとほざいて悪びれもなく私を自分のものにする気でいたワタルさんに、当時の私は泣きながらこう叫んだ。

「ワタルさんは愛だなんて綺麗な言葉で誤魔化そうとしてますけど、ワタルさんのそれは愛なんかじゃなくて性欲じゃないですか!!」

 ひどい、ずっと私をそんないやらしい目で見てたんですね、信じられない、すけべ、変態、大嫌い。

 泣きじゃくって泣きじゃくって、もはや噛み付く勢いでワタルさんを非難する私と、私の拒絶の勢いに圧され珍しく黙ってしまっていたワタルさん。
 14歳の娘っ子が性欲性欲連呼して泣き怒鳴るさまは、滑稽を通り越して混沌に満ちた状況を作り出していたと思う。
 しばらくして、ワタルさんは呆れたように言った。

『うわ……めんっどくせー女……育て方を間違えたか……?』

「ワタルさんの教育が良かったんです!! おかげさまで真面目に育ちましたありがとうございます!! すけべ! ばか! 最低!! きらい!!」

『――ああ。チッ、俺のせいか……』

 ワタルさんにとって想定外だったのは、元々私が教会育ちだったこともあり幼い頃から正しく真面目で誠実な倫理観を求めていたこと。
 それとワタルさんが……たとえ、他の男性に私を盗られないように、という下心があったとしても、とても大事に大事に、私が求めていた真面目な価値観倫理観をそれとなく教えつつ私を育ててくれたので、私が人一倍は恋愛やら性的なことに潔癖すぎる女に育ってしまったことだった。

 そのせいで一時期は私のワタルさんへの嫌悪感は凄まじい勢いで高まっていて、除霊や契約破棄を本気で考えてあらゆる書物を真剣に読み漁るほどだった。
 心の傷になってしまいかねない問題だったのでワタルさんには本当に反省していただきたい。
 何度も言うが、これは笑い話にしてはいけない問題だ。
 世界規模で向き合い取り締まっていかなければならない問題だ。
 ロリコン色情魔は滅びて欲しい。
 その手の存在に慈悲は与えなくてもいい。
 かつて母親代わりだったシスターが私のこの攻撃的な意見を聞いたら卒倒しそうだ。
 天国に向かって謝りたい。全身全霊で。

 が、現在もワタルさんがまだこうして私の傍に居ることからもわかるように。
 色々調べてみたけれど、ワタルさんを私から引き剥がす方法はどうしても見つからなかった。

 絶望に駆られた当時の私は最終手段として、護身用にワタルさんに持たされていた二丁拳銃のうち一丁で自分を撃った。
 貴方にとってそういう女になるくらいなら死んだ方がマシだ、という決意の表れである。

 過去の教会放火事件のこともあり、死という概念に人一倍敏感な私がそんな真似を働いたところを目の前で見た段階で、ワタルさんは充分に存分に反省して欲しかったと今は思う。

 今や私にとって慣れ親しんだ武器である銃。
 その扱いを教えてくれたのもワタルさんだ。
 ワタルさんは私の守護霊であり、家族であり、師匠だった。
 銃の扱いだけでなく基礎体力作りなど、護身の為のありとあらゆる武の術を私はワタルさんから叩きこまれていたので一発で急所を撃ち抜き無事私は即死……できた筈だったのだけど。

 即座に私は生き返ってしまった。
 ワタルさんと契約した瞬間に心臓が燃え上がったように、私が銃で撃った筈の傷は瞬く間に燃え上がり、至って無傷の状態で私は数秒であっさりと蘇った。

 これはワタルさんと契約した弊害だ。
 ワタルさんが常に私の魂ごと守護しているので、私はどう足掻いても死ねない。
 不死体質だ。
 どんなに傷を負っても彼が灯す炎で癒えてしまう。

 ワタルさんの好意を全力で拒絶したくて色々試してみたが、幾度も幾度も蘇ってしまったので、もう諦めるしかなく。
 結局私は17歳になった今も、ワタルさんと生きている。
 何だかもう、私が生きていくにあたって一番大事なものは、ほどほどの妥協な気がする。

 鳥が好きだった。
 賢くて愛らしい鳥が。
 空を自由に飛べる鳥が好きで、憧れていた。

 でも今の私は不自由の身かつ不死鳥が如く蘇る身体になってしまったので、不死鳥に限っては、今はちょっと憎い。
 不死鳥にはとばっちりだけれども。


 もそもそとワタルさんの作った朝食を食べ進める。
 妙にワタルさんが料理に凝りがちなのは、最初は痩せっぽちの私に栄養を与えたいという純粋な善意だったらしい。

 しかしこの男、途中で欲に傾いてしまった。
 徐々に成長していく私を見て『おっ?』と私の、なんというか、肉体的な素質に気付いたらしく、ワタルさんの懇切丁寧な食育を、ばっちり胃袋を掴まれつつ施された結果。
 まあ、他の同年代の女性よりは私は主に胸部の肉付きが良い。

 さらに前述の通り私はワタルさんから生きる為の戦闘訓練を叩きこまれてきたので、それなりにしなやかな筋肉を持ち――つまるところ、スタイルが良い、らしい。
 ワタルさん曰く『官能的でイイ身体をしている』そうだ。
 黙っていてほしいこの守護霊。

 そのせいでワタルさんは年々私にべたべたしてくるし、隙あらばお風呂場で気配を感じるしで散々だ。
 笑い話じゃ済まないし洒落にならない。
 何故守護霊を訴えたり豚箱に突き出す制度は無いのだろうか。
 守護霊に貞操を狙われているなんて冗談じゃない。
 守護はどうした守護は。

「……ごちそうさまでした」

『へーへー、お粗末さんでしたっと』

 空になったプレートを前に、私は両手を合わせて頭を下げる。
 ワタルさんによってかちゃかちゃとプレートが浮くように片付けられていく。
 その間に立ち上がり、私は洗面所へ向かい、ぱたぱたと一日のはじめのルーティンとして身だしなみを整えていく。
 
 鏡に映るのは、ほぼほぼ焼け焦げたパジャマ。と、晒された肌。主に胸元。
 ひどいものだ。
 寝間着のストックを増やさなければ。
 安くはないというのに。

 溜息をついて、私は普段着に袖を通す。

 ――少しシックで、でもレースのエプロンが可愛らしい黒のメイド服。

 私は幼年期、シスターが着ていた黒い修道服に憧れていたが、シスターの道を志すにはワタルさんの存在があまりにも邪魔なので修道服を着るのは諦めた。

 代わりに、今はこんなに可愛らしいメイド服を着れる身だ。
 多分私は、修道服よりもこのメイド服の方が好みかもしれない。
 ワタルさんからは『デザインがおとなしすぎる』だの『もっと媚びたやつを着ろ』だの文句を言われているが、メイドを何だと思っているんだこの守護霊は。
 ひどい男だ。

 お得意の速い思考の中で念入りにワタルさんを罵倒していると、ふわりと私の銀色の髪が持ち上がった。罵倒対象だったワタルさんが私の髪に触れている。

 ワタルさんが、するすると手馴れた様子で私の長い銀髪を一本の三つ編みに結ってくれる。
 ……まったくこの守護霊は、保護者としては有能だというのに。

 髪型良し、メイド服良し、護身用の二丁拳銃良し。

 私はウェンディ。
 王都の由緒正しき貴族の屋敷に清掃員として仕えるメイド。

 昨日の私は焼け死んで、今日も私は、今日の私として一日を生き抜く。

 ――ワタルさんと、共に。





 ワタルさんと契約して以来、私はどのように生きてきたのか。
 どのようにワタルさんに育てられたのか。

 確か10歳ぐらいまではほぼ野宿同然の生活をしていたと思う。
 寒い時は、炎を灯す力を持つワタルさんに助けてもらった。

 ワタルさんは生前は傭兵で、なおかつ敗戦兵のようなものだったと言う。

 シスターが私たち子どもの心を守る目的で黙ってくれていたのだろうけど、私がまだ教会で暮らしていた頃、教会より少し離れた地域では小さな紛争が起きていたそうだ。

 流れの傭兵として生きていたワタルさんはそこで多くの炎を経験し、やがては紛争の終盤に力尽きたのだと、いつか雑な口調で語っていた。
 ワタルさんが銃の知識や護身術を私に叩き込めたのは、その経歴あってこそだ。
 サバイバル術にも長けていた彼は、持ちうる技術と知識の全てをまるごと叩き込む勢いで私を育て上げてくれた。

 教会暮らしの頃から頻繁に山菜を集めたりはしていたし、当時の生活に全く不満は無かった。
 今思うと湖で水浴びをしていた際に物凄くねっとりとした視線をワタルさんから向けられていた記憶があるのでそこは憎みたいけれども。
 ……いや、これはもう不満に数えていいな。
 全く不満は無かった、というのは嘘にしなければ。

 ワタルさんとのサバイバル生活を過ごし、しばらくはお金が無くても何とかなっていた。
 が、10歳という心身共にませた年齢になってくると、森育ちで時に獣と戦う狩猟を主に生活する、というほぼ野生児じみた生活状況に私はさすがに恥じらいを覚えてきた。

 ワタルさんはこの気持ちを理解してくれなかったが、こっちは元の価値観が教会基準だ。
 なおかつ私は人より乙女じみていたのでもう少し文化的な生活を送りたい、という憧れを抱くようになって、意を決して街に出た。

 ワタルさんの姿が誰にも視認できない、私にしか声が聴こえないという点は私にとって都合が良い時もあった。私が独り言に気をつければいいだけの話。

 人並みの生活を送りたい、できればふわふわひらひらのスカートを着たい。
 という、やっぱり夢見がちで子どもっぽい願望だけで街に足を踏み入れた私はそこらの田舎育ちよりもよっぽど世間知らずではあったが、運と戦闘能力だけは並の田舎者より強かった。

 街を訪れてすぐ、数人の荒くれ者に絡まれている貴族の老夫婦を見かけた私は、ワタルさん直伝の銃撃と格闘術で荒くれ者を一網打尽に懲らしめた。

 かつて教会を盗賊に焼かれたこともあり、私はひとさまに迷惑をかける野蛮な人間への敵意が人一倍高い。
 ので、その際の戦闘は実に気合いが入った。
 ワタルさんも野蛮な人ではあるがまあ、生者ではないし情や恩もあるので、まあ、まあ。

 幼くして見ず知らずの老夫婦を守りきった私はこれまた非常に運が良いことに彼らに気に入って貰えて、メイドとして雇われ清掃員の職に就き続けて七年ほど経つ。

 老夫婦……旦那様と奥様にはいくら感謝してもしきれない。
 あと私を育て上げてくれたワタルさんにも。
 ワタルさんには14歳の時に恋愛感情問題で裏切られたけど、まあ、一応感謝くらいは。

 さて、今日も今日とていつものように私はお気に入りのメイド服を纏い、ワタルさんに結って貰った銀色の三つ編みを揺らし、広い御屋敷の清掃に励む。

 最初は私も御屋敷の中に部屋を与えてもらっていたけど、ワタルさんに恋愛感情を告白されてからは貞操を守る攻防でじたばたすることが多くなったし、仕えて四年経てばお金も溜まったので、離れた住宅街に住みつつ早朝から御屋敷に通いお仕事をさせて貰っている。

 ほぼ毎晩ワタルさんのセクハラに我慢ならなくなって銃を撃ってしまうので、ご近所さんからの苦情に必死に頭を下げる以外は恙なく日々を……いや恙なくはないな。
 考えれば考えるほどワタルさんに凄まじく腹が立ってくる。
 守護霊ならば、どうせならご近所トラブルからも守護してほしい。

「皆さん皆さん、聞きまして?」

 窓を拭いていたら、歳の近いメイド仲間の一声に私を含め、廊下を掃除していたメイドたちはぴたりと手を止めた。
 彼女たちの瞳は、可愛らしく好奇に輝いている。
 かく言う私も心が浮き立っていた。

 厳しいメイド長が目を光らせていない時に限るけど、私だって年頃なので同年代の女性と噂話に興じたい時もある。なにせ普段はデリカシー皆無のすけべな男に憑かれているので。

「なんでしょう? また何か面白いお話でしょうか?」

 私が訊ねると、話を切り出したメイドが逸る気持ちを抑え切れないかのように言った。

 彼女は私たちの中で一番の情報通。
 自然と、私たちは数人で期待に息を潜める。
 ワタルさんの退屈そうな欠伸が私にだけは聴こえてしまった気がしたが、無視をした。

 御屋敷での私の仕事中、ワタルさんはいつもつまらなそうだ。
 たまにふらっと私から離れて一人で散歩に出てしまうこともある。
 だから守護はどうした守護は。

 まあでも、私が他人と話している時にスカートを捲ったり肌を触ったりしたら絶対に許さない、と以前私が本気でキレ散らかしたことがあるので、そのラインは一応はワタルさんは守ってくれている。
 いやそもそも常識問題として普段からセクハラは一切の擁護の余地なくアウトだし、本当に色々と私のあれこれを侵害しないでほしい。

 誰にも邪魔されない速い思考の中でストレス発散とばかりにワタルさんをとことん罵倒し、彼の短所や彼への日常の文句・不満をずらずら並べ立てながら、何食わぬ顔で私はメイドたちの噂話に意識を戻す。

 情報通の彼女は、小さく、けれど弾んだ声で言った。

「先ほど奥様から聞いたのだけど……今日は旦那様の遠縁の商人一家が商談に来ているんですって!」

 彼女の言葉に、私たちは皆一同に首を傾げそうになる。
 来客自体は珍しくないというのに、何故彼女はここまで嬉しそうなのか。

 きょとんとする私たちに補足するように、彼女はとうとうきゃあきゃあと楽しそうに騒ぎ出す。

「そこの御子息が、それはもう飛び切り麗しい美貌の持ち主で! わたし、奥様から話を聞くなりちらりと旦那様の執務室を覗き見したのだけれど……金髪碧眼、まさに理想の王子様! 旦那様とお話をしている時の物腰も柔らかそうで、とても素敵でしたの!」

 きゃっと全員が色めきだつ。私を含めて。
 家柄良しで学もあるだろう真面目で誠実な美男子は乙女の憧れ。
 特に私の場合、良く知る守護霊の品性と性癖があまりにもひどいので、男性への憧れのハードルが高くなってしまう。

 王子然としたその理想的な美形お坊ちゃまとどうにかお近づきになれないかと他のメイドたちはきゃっきゃとはしゃぎ出し、私もぽーっと理想のロマンティック&プラトニックな色恋に憧れを馳せようとしたまさにその瞬間。

 耳元で、嘲笑うような声がはっきりと響いた。
 毎日傍で聴いている、いつもの下卑たしゃがれ声。
 嫌な予感がする。

『その御子息サマとやら、熟女趣味かつマザコンだぜ? メイド長のばーさんに不自然に赤面してたし、ご主人に紹介されている時も、なんかナヨナヨしてたし。自分のおっかさんの顔色ちらちら窺ってたし、そのおっかさんは我が強そうだし。ウェンディなら顔と身体であんな男は余裕で落とせるだろうが、あいつは優良物件とは言えねぇなぁ。悪い意味で結婚が人生の墓場になっちまうぞ』

 ……ああもう、この守護霊、行動が早い。
 いつの間に探ったのか。

 私は他のメイドたちが愛らしくそれぞれの理想を語る中、頭を抱えたい衝動を抑えてひくひくと愛想笑いを浮かべることしかできなくなってしまった。

 ワタルさんはいつもこうだ。
 ワタルさんの告白や愛情表現を私が拒絶し続けているのを根に持っているのか、私が恋愛観や理想の男性像を語ろうとしたり、私に素敵な男性との出会いの機会が訪れそうになると、しれっと私の知らないし知る気もない男の世界を勝手に探ってきて時に下劣極まりない下ネタ混じりに男性の生々しい性癖をべらべら喋ってくる。
 私の潔癖な面をこういう形で利用してくるのだ。

 本人曰く、保護者としての粋な計らいらしい。
 常に下心ありありのくせにこんな時だけ保護者ヅラしないでほしい。

 あの男は重度のマゾヒストだとか、あの男は不倫癖があるとか、あの男は異常に歪んだドール愛好家だとか、あの男は幼児趣味だとか。
 幼児趣味に関してはワタルさんだけは文句を言える立場じゃないと言うのに。

 ワタルさんは私に恋に夢見る隙すら与えてくれない。
 17歳の乙女の淡い憧れが始まる前に、粉々に、完膚なきまでにぶち壊されるのはこれで何度目だろう。
 私の思考は守られているし私だけのものだけど、私の夢想は良くワタルさんに秒で破壊されている。
 清廉潔白な人間など居ないのだ、とワタルさんは私の理想を笑い飛ばして私の恋の芽が芽生えるより前に念入りに潰してくるけど、ワタルさんよりマシな殿方は正直いくらでもいる気がする。

 客人の御子息様への憧れはワタルさんのせいで一瞬で失せてしまったが。
 なにせ私は、特殊性癖・異常性癖持ちの男性がひどく苦手なので。全部ワタルさんのせいだけど。
 溜息をつきたいけれど、盛り上がる場を乱したくなくて下手くそに笑いながら窓拭きを再開しようとしたその時。

「はいはい、お喋りはそこまでになさい。はしたない」

 いつの間にか巡回に来たメイド長が私たちを呆れた目で見ながら両手をぱん、ぱんと叩いて真面目に仕事を続けるよう促す。
一箇所に集まっていた私たちは口々にメイド長に謝罪をして慌てて散り散りになり、清掃作業を再開する。

 ……私といくつ離れているかもわからないメイド長のご尊顔を見た瞬間。
 ああ、顔も知らない若き金髪碧眼の美形は、彼女を異性として意識したかもしれないのか、と何とも言えない感情が過ぎった。

 ワタルさんの言うことだから、彼の度が過ぎたイタズラの一環、ホラ話だと言ってしまえれば楽なんだろうけど。
 残念ながら経験上、ワタルさんはこの手の話で嘘はつかない。
 証拠を揃えて確信を持った上でひとさまの性癖を容赦なく暴露してくるので、ワタルさんを問い詰めたらボロボロと名も知らぬ美男子が熟女趣味かつマザーコンプレックスである、という証拠を愉快そうに挙げてくるだろう。

 そしてその話を私は聞きたくない。
 だからこの話はこれで終わりだ。

 まったく迷惑な守護霊だ。
 何でワタルさんは他人の特殊性癖に敏感なんだ。
 ワタルさん自身が特殊性癖持ちだからか。なるほど。

『そういやよぉ、ウェンディ』

「……なんですか。それ以上、名前も顔も知らない男性のプライバシーに関わる生々しい話は聞きたくないんですけど」

 懲りずにまだワタルさんが話し掛けてきたので、私が掃除の手を止めずに小声で素っ気なく応えると、彼はいつものようにくっくっと笑ったあと、いつもとは違う妙に真面目ぶった声色で言った。

『商人御一家、賊に尾けられてたぜ。目当ては、ご主人に売り渡した宝石と細工物ってとこか? 今夜中に屋敷に忍び込んで作戦決行だの、えらく物騒な話をしてたんだが』

 私は、ぴたりと手を止めた。
 気がつけば、懸命に拭いていた窓は文句の付け所がないくらいに透き通って輝きを放っている。お掃除の甲斐があった。

 私はちらりと、自身のメイド服に取り付けたホルスターに目を落とした。
 窓から差し込む光を受けてこちらも輝く、二対の拳銃。

『ウェンディが夜更かしすんなら、付き合ってやってもいいぜ? 女のお前の肌にゃあ悪いと思うが、まあ、俺はそんなデメリット以上にイイもんが見れるしな』

「……不純な動機ちらつかせるのやめてください」

 私は溜息をついて、顔を上げた。

 私はウェンディ。
 この御屋敷に仕えるメイド。清掃員。
 旦那様と奥様が一番に気に入ってくださったのは、私の戦いぶり。

 日常生活において私は、炊事に関してはワタルさんに頼りきりだけど、汚いものを何とかするのはそこそこまあまあ得意だと自負している。

 だから、私は。
 ――お掃除、しなきゃ。





 しん、と静まり返った深夜。

 空は暗く、鳥の囀りなんて全く聞こえない、闇に覆われた時間と世界。
 空に浮かぶ満月だけが健気とも言えるほど控えめに輝き、窓辺から御屋敷の廊下を静かに照らしている。

 だけど私の目の前で、窓の外からいざ御屋敷に忍び込もうとしている荒々しい雰囲気を纏った数人の男性からは、『健気』という言葉なんて似合わないにもほどがあった。
 健気も謙虚もクソもない下劣で厭らしい視線を、彼らは私に向けている。
 いけない、クソなんて品のない言葉を思考の中でとは言え使ってしまった。
 淑女淑女。私が目指すは淑やかな淑女。
 言葉遣いまで保護者の守護霊の影響を受けなくても良い。

 荒くれ者――ワタルさんが言うには賊の一人が、私の全身を舐め回すように見ながら、ゲラゲラと下品に笑った。

「お? なんだなんだァ? メイドにしちゃあ随分な上玉じゃねえか。オレたちを歓迎……いや御奉仕してくれんのか? そいつぁサービスがいいことで」

「ちょうどいいや! お宝ついでにこの女も攫っちまおうぜ! オレらを愉しませてくれること請け合い――」

 一瞬、ほんの一瞬。

 ワタルさんが私の理想を嘲笑する時、まるで私に言い聞かせるように何度も何度も嫌と言うほど告げてくる『男女問わず人間なんざ汚い欲望だらけの生き物だ』なんてひどい言葉が脳裏を過ぎった。
 勿論私の思考速度はいつもと変わらず速い。

 だけどワタルさんが現実を突き付けてくるせいで、幼少期は十八番だった自分にとって都合良く物事を解釈する癖は年々抑え目になりつつある気がする。

 全部ワタルさんのせいにしてしまおう。
 でも私はやっぱり未だにワタルさんの主張を完全に信じる気にはなれない。
 普通に世の中には聖人だっている筈だ。多分。

 そこまで考えるのに、多分一秒すらかからなかった。

 荒くれ者の台詞を遮るように、爆発音にも似た音が聴こえた。

 私はこの音が鳴ることを事前にわかっていたので全く動じなかったが、荒くれ者たちは予想外の爆音に露骨に狼狽え始める。
 この時点で、彼らが粋がっている割に肝っ玉の小さな男たちだということが手に取るようにわかる。

 やっぱり野蛮な人は嫌いだ。
 そんな連中に奉仕するほど、私は博愛精神に満ちたメイドじゃない。

 だって私の主なお仕事は、奉仕と言うより――こういう汚らわしい人たちを、ぱぱっとお掃除してしまうことなのだから。

『よう、ウェンディ。別ルートから狙ってた連中は炎で痛い目見せてやったから、あとはそいつらだけだぜ? 感謝の印に何かしらサービスしてくれよ』

「……ワタルさん、賊と似たような台詞吐かないでくださいよ。もうとっくにワタルさんには軽蔑してますけどさらに印象悪くなりましたよ今。お礼を言う気力すら失せましたよ」

 ワタルさんの声が聴こえ、彼のいつもと変わらぬ調子に頭を抱えたくなるのをぐっと堪え、二本の足で私はぐっと御屋敷の廊下を踏みしめる。

 賊の侵入計画を教えてくれたのは、ワタルさん。
 賊の経路を押さえてくれたのも、ワタルさん。
 私一人じゃ対処できない部分に力を貸してくれたのも、ワタルさん。

 ワタルさんの姿が見えない、声が私以外に聴こえない点はやはりこういう時に一番役に立つ。

「な、なんだ、この女……! 一人でぶつぶつ言って気持ちわりぃ……!」

 前言撤回。
 下賤な思考回路を持つ賊に何と思われようと気にしなければいいのだけど、こういう台詞をぶつけられるのは普通に嫌だし多少は不服だ。多少は。

 恐らくワタルさんが居るであろう空間をじとりと睨みつける。
 それに応えるように、いつもいつも私の神経を全力で逆撫でしてくる、どう聞いてもこちらを小馬鹿にしたような声色で彼は言った。

『さて、俺の方は手助けしてやったぜ。しばらく一人で頑張ってみな。できんだろ?』

 良いように解釈すれば、ワタルさんのこの台詞は私に対して信頼を寄せているから、と解釈できるかもしれない。
 だけどそれができないくらいには、私はワタルさんとあまりにも濃くて長い時間を二人で過ごし過ぎた。
 ワタルさんの底意地の悪さと、何より彼の真意を良く良く理解してしまっていた。

「……ほんっとうに趣味が悪いですよ」

 舌打ちでもしたい気分だったけど、私は我慢して、ホルスターに両手を伸ばす。
 衣装はいつもの、お気に入りのメイド服。

 粗野で粗雑なワタルさんに育てられた私がガラの悪い言葉遣いを嫌うのは、私が野蛮な人間が嫌いだから……という理由もあるけど。
 恩人である奥様がたいへん上品極まりない淑女なので、奥様への憧れが強いから、という理由もある。

 だから私は何かと淑女を目指しがちだ。
 保護者である守護霊の品性がひどすぎるせいで道のりは遠いけれど。

 この御屋敷は非常に広く、私が慕い仕える旦那様と奥様の寝室へと宝石目当ての荒くれ者が辿り着くには、私が妨害せずとも時間と手間がかかる造りになっている。

 私はこのまま彼らを見逃す気は無いし、旦那様と奥様の安眠の為に、御屋敷は防音設備が整い過ぎている。
 これは私には都合が良い。

 ――私はウェンディ。
 主に忠義を尽くすメイドとして、清掃員として――御屋敷を汚す無礼者を綺麗にお掃除する用心棒として。

 この数人の賊は、私がここで食い止めてみせる。

 私は愛用の二丁の拳銃をホルスターから引き抜き構え、ほぼ同時に引き金を引く。
 二つの銃口が捉える先は勿論別だ。
 だって私は、外す気で銃を撃つことなど滅多に無い。

 相手の数は五人。
 一丁の銃弾は彼らのリーダー格らしい一人の右肩を、もう一丁の銃弾は窓枠に片手をかけていた男の左手を見事に撃ち抜いた。

 二人が痛みに『ぎゃっ』と声を上げ、転がるように窓枠から遠ざかる。
 他三人は驚きを隠しもせず、反射的に後ずさりをしていた。

 二丁拳銃なんて扱いが難しい武器を普段はあくまで護身用として私のような小娘が持ち歩いているなんて、戦闘のプロフェッショナルか何か、そういった熟練の戦士が見たら私はまず正気を疑われるだろう。

 けど、まあ、私の守護霊がまずその戦闘のプロフェッショナルだ。
 幼年期からワタルさんに散々スパルタで鍛えられたこともあり、今となってはこの武器を扱うことは何ら苦ではない。
 照準を気にせずとも、例え自分がどんな体勢でも私は対象に被弾させることができる。

 ワタルさんが言うには、私は動体視力と、別々の動作を並行して行う術に長けているらしく、鍛えがいがあったそうだ。

 ……並行して色々戦うのが得意になったのは、普段から私の思考が雁字搦めになりつつも並行して凄まじい速度であれこれあれこれと進んでいるせいもあると思う。
 まさかこういう形で役に立つとは。

 私は、未だ呆然としている表情から切り替えられない荒くれ者たちに銃口を突き付けたままはっきりと告げる。

「どうか、お引き取りを。貴方たちに御屋敷を穢させるなんて私は我慢ならないんです。一切の足を踏み入れることなく、二度とこの御屋敷に近付かないでください」

 そう言ったはいいものの、そこで彼らにすごすごと大人しく引き下がってくれるような理性があるならば、私は今まで苦労はしていない。

 どうしてこういう賊の類は、あらゆる意味でしぶとく諦めが悪いのか。
 何故そういう性質をプラスの方向に活かせないのか。

 私の予想通り、五人の賊は一斉に怒りで顔を歪ませる。
 特に、私に撃たれた二人の鋭い瞳には私に対する強烈な殺意が宿っていた。

「このアマ……! 良くもやってくれやがったな!」

「手ェ出したのはそっちが先だからな!! 許さねえ……生温い仕置きじゃ足りねえと思えよ!」

 例えば本で表現されるならその著書が発禁になるような、下品を通り越した罵声を口々に私に浴びせながら、いよいよ荒くれ者たちは窓から御屋敷に乗り込んできた。
 ワタルさんから普段際どすぎるセクハラ発言を受けてなければ、私まで理性を忘れ怒り狂っていたかもしれない。

 ――ああ、もう。
 入って来られたなら、もう全身全霊で迎え撃つしかないじゃないか。

 私は銃で両手が塞がっていることもあり、自分のメイド服の胸元のリボンをぐいっと口で噛むようにして引っ張り、リボンの裏側の赤・黄色・青のスイッチを一定の順番で押した。歯をぶつける勢いだ。

 ……また私が淑女から遠ざかった。今後頑張ろう。

 スイッチを押し終わった途端、昼間に他のメイド仲間とぴかぴかに磨き上げた廊下のタイルが数箇所盛り上がり、小さな砲台のような装置が姿を現す。
 その装置から出て来たのは銃弾などではなく、煙ったい催涙ガス。
 一番乗りに屋敷に忍び込んだ男の顔面に催涙ガスが直撃し、彼は崩れ落ちるようにその場に倒れ、半ばパニック状態でげほげほとせき込み涙を流し転げ回り始めた。

 もし私が彼らに、事前に忠告できる立場だったのならば。
 場所が悪いと言うほかなかった。

 毎日毎日、私を含めたメイドたちがせっせと掃除している空間だ。
 おまけに私は用心棒。
 旦那様と奥様の許可を得て、ある程度の仕掛けは仕込ませてもらっている。
 御屋敷の構造を裏の意味も含めて一番熟知しているのは、恐らく私だろう。
 私にとってこの御屋敷は、主を守る要塞のようなものだった。

 一人が催涙ガスのダメージにすっかりやられているのを見て、他四人が怯み警戒し足を止めている。
 敵地に赴いた時には立ち止まっている暇などない、常に考えて動け、と私に教えたのは――やっぱりワタルさんだった。

 私は薄れつつある催涙ガスを避ける為にも身を屈め、また銃口を迷いなく彼らに向ける。

 先程私が撃ったリーダー格の男が、はっと私の動向に気付いた。
 賊をまとめる立場だけあって、二度も同じ手は食わないという姿勢くらいは持っているらしい。

 リーダー格の男が私の攻撃対象だった男を軽く突き飛ばし、私にナイフを振り下ろそうとする。
 しかし瞬時に私はそれを片足で蹴り上げた。

 普通のメイドの靴じゃ、ナイフを蹴り上げるなんて真似は柄の部分を的確に狙わないと簡単に負傷する可能性がある……けど、そこに関してはとっくに対策済みだ。
 私のブーツは頑丈で、トゲが仕込まれている。特に裏面に。

 おかげでナイフは宙を舞い、私は肘でそのナイフの柄をピンポイントで弾いて私の真横から今にも襲い掛かろうとしていた男へとナイフの軌道を変える。
 狙い通りナイフは男の胸部を軽く切り裂き、男は呻き声を上げて体勢を崩す。
 しかし意地の問題か、痛みで意識を失う直前、男は私の手にしていた銃のうち一丁を払いのけた。

 ……それはそれで、今の状況なら好都合だ。
 私は何の躊躇いもなくロングスカートをたくし上げる。
 明らかにワタルさんの欲しかない視線を感じたので、この件が片付いたら文句を言おうと密かに決意する。

 普段ワタルさんに色気が無い露出が少ないとくだらない不満をぶつけられているロングスカートの下。
 スカートで普段は隠されてる部分。

 純白のニーハイソックスには、その純白を覆い尽くすが如くぐるぐると弾帯ベルトじみた仰々しい装備が巻き付けられている。

 私は相手側の意識がこの武器の存在を処理する隙すら与えず、膝上に設置したトリガーを一気に引っ張る。
 たたたたた、とタイプライターを思わせるような銃撃音と共に私の片脚に巻き付けられた仕込み武器から発射されたのは銃弾ではなく無数の針だった。

 針は私の至近距離、目の前に居たリーダー格の男に容赦なく次々と突き刺さる。
 血が溢れるわけではない。殺傷能力が高いわけでもない。
 だが、それでも男はふっと糸が切れたようにその場に倒れた。

 何しろこの針には、かなり強い睡眠薬と痺れ薬が塗り込まれているので。
 彼が意識をまともに取り戻すのは、早くて明後日の昼頃だろう。

 リーダー格が倒れたことで、彼の後ろに居た男が狙いやすくなった。

 私のようなメイドに仲間がほぼほぼ瞬殺のように倒されている状況に唖然としている男に片手で銃を向ける。

 一丁なら、100%私は外さない。
 私は未だに捲れたロングスカートを直すこともせずただ引き金を引いた。
 たん、たん、と男の両足を一発ずつ撃つと、自由を奪われた男は膝をつき、声にならない声を上げ悶えることしかできなくなる。

 ――これで、四人。
 相手にしていたのは五人の筈。
 あと一人はどこだ、と集中力を切らさず辺りを見回そうとしたつもりだったけど。

 どす、と嫌な音が聴こえた。
 同時に、横っ腹に重くて熱い衝撃。
 ああ、これは、痛みだ。

 残りの一人が、自棄になったような、それでいてこちらを出し抜いたような優越感すらも感じさせる歪んだ笑みを浮かべながら私の腹にナイフを突き刺していた。

 そういえば、先程弾いたナイフを放置していた。
 そりゃあ、敵にはその武器を有効活用されてしまうだろう。

 最後の一人が私を突き飛ばす。
 私は壁に背中を思い切りぶつけ、そのままずるずると壁に寄り掛かり、腹の傷口から血を流したまま息をつく。

 先程の戦闘で激しい動きをしたからか、それとも突き飛ばされた勢いが強かったからか。
 今朝ワタルさんに結ってもらった三つ編みはゆるゆると解けていて、私の長い銀髪は無様に広がり、風に強く吹かれたカーテンのように壁に張り付いていた。

『フリーになった武器を放置すんなって、散々教えてやっただろ?』

 にやにやと、こんな無様な私を嘲笑う声が聴こえた。

 ……本当に、趣味が悪い。最っ低。

 私を刺した賊が、高揚しすぎたような声で私をどうこうしようと品性ゼロの台詞を高らかに叫んでいた気がしたけど、全くもってどうでも良かった。

 ただただ、ワタルさんにじとりと不満だけで構成された意識が向く。
 ワタルさんは、いつもと違い私の怪我を即座に治そうとしない。

「……ワタルさん、自由に動けるんだから最後の一人くらい何とかするなり、せめて攻撃を事前に教えてくれたりしても良かったじゃないですか」

『あー? 何言ってんだ。派手にバトってるウェンディの乳揺れ眺める以上に大事なことなんざあるか?』

「…………こんなに自分に罵倒の語彙がもっと欲しいと思ったのは久しぶりですよ」

『はっ、未熟者だねえ。俺の宿主サマは』

 ワタルさんが、私の銀髪を一房掬い、片手に先程私が払われたもう一丁の拳銃を握らせる。

 ああ、こっちもフリーにしてたんだ。
 やっぱり私はまだまだ未熟者らしい。
 人間性だけならワタルさんに完全に勝っている自信はあるのに。

 ワタルさんは、私に銃を渡した後も私の手を離そうとしない。
 見えないけれど、やっぱり今日も私の一番傍に彼は居るし、私に触れている。

 ワタルさん。私の家族。私の師匠。
 ――私の、守護霊。

『俺をそっちのけで全部解決されても、それはそれで寂しいんだよなァ』

「……私、刺されて今結構辛いんですけど」

『いいじゃねえか、すぐ治してやるよ』

「……ああもう、最低」

 溜息をつくことすら、面倒だ。
 というか傷のこともあって今は呼吸を控えたい。
 さっさと、終わらせなきゃ。

 ワタルさんの手の握り方が少し変わる。
 まるでワルツに誘う紳士のような、彼にだけは絶対似合わない仕草。

 何とかしなきゃいけない賊の男の声は、本当にもうどうでもいい。
 だって、こうなったらすぐに済むから。

 窓辺からちらりと見える月明かりが、私たちを見守っている。
 ワタルさんと契約を交わした、あの日のように。

 そして、私たちはいつもの合図を、誓いの言葉を口にした。

『――“月が、綺麗だな”』

「……“死んでも、いいですよ”」

 ――ばん、と激しい音を立てて、私の心臓が、『私』が、紅く紅く燃えがった。





 ――ウェンディは俺をロリコンだのすけべだの散々好き勝手に軽蔑してくれやがるが。
 どうして俺がウェンディに惚れているのか、その理由については不思議と今まで一度たりとも向こうから訊ねて来たことがない。

 昔ウェンディに話した通り、俺はずっと流れの傭兵として生きてきた。
 ウェンディが求めるような教養や誠実さとは程遠い生まれで、それでも戦いの才はあって、戦場を転々とし続けた――そんな、人生だった。

 ガキの頃からずっとそんな感じだったもんだから、今さら正しい倫理観やらなんやら説かれても俺は鼻で笑うことしかできない。

 殺して、死にかけて、生き延びて、殺して、死にかけて、生き延びて。
 その繰り返しだった気がする。

 自分でも、意味の無い人生だってことは薄々気付いていたし、そんな生き方をしていても何かに執着することなんて俺は無かった。
 自分の命にすら、俺はまったく執着していなかった。

 そんな俺の生が長続きするわけもなく。
 小規模の紛争ではあったが、その焼け野原で致命傷を負い、いよいよ俺に終わりの時が来た。

 最後の戦いの中で、燃え盛る戦場に身を置いたせいで全身にひどい火傷を負った。
 肌は痛覚を飛び越えるくらいにボロボロだったろうし、喉もやられたのか、声が上手く出なかった。
 しゃがれた醜い声しか発することができなかった。

 それでも俺に、後悔は無かった。
 走馬灯なんてものも、全く無かった。
 だって俺には、俺なんかの人生には、最期のその瞬間まで抱き締めたくなる思い出が一つもなかったんだから。

 それで良いとも思った。
 何も意味が無い人生だったけど、恐怖や苦しみ、負の感情に囚われず終われるのなら、それが一番楽だと思ったから。

「……? おにいさん、ケガ、してるんですか?」

 なのに、さて眠ろうと目を閉じた時。

 声が、聴こえた。
 俺のものじゃない声。ガキの声。

 なんだようるせえな、と思って渋々目を開けるとそこにはちっこすぎるガキんちょが一人。
 木の実でいっぱいの籠を持った、背中をたっぷり覆い隠すくらいに長い銀色の髪を持つ女のガキ。
 そいつは、俺を心配そうに見つめていた。

 ……ああくそ、面倒だな。
 見たところ、こいつは幼すぎる。
 俺がもう助からない状態だなんてこと、このガキは汲み取っちゃくれないだろう。

 適当に誤魔化そうと、痛む喉を酷使して声を上げる。

「……別に。疲れたから、ちょっと、寝ようとしてるだけだ……ほっとけ……」

 それでもガキんちょは無垢な顔のまんま首を傾げてくる。

 どうやら俺は死に場所を間違えたらしい。
 おとなしくあの戦場でさっさと諦めて倒れて死んどきゃ良かった。

 多分このガキは、身なりから察するに近くの教会に拾われた孤児の一人ってとこか。
 満身創痍の身体を中途半端に引きずったせいで、最期の瞬間を静かに安らかに過ごせなくなっちまった。

「でも、おにいさん……かお、痛そう……それに、血も……」

「元からだ、元から……あんま、他人の外見に、どうこう、言うんじゃねえ……失礼、だっての……」

「え、あ……す、すみません……!」

 嘘だけどよ。
 ガキんちょはあっさり信じて、慌て始める。

 悪いと思ってんならとっととこの場から消えて欲しい。
 こっちはもう喋んのも辛いんだ。喉痛えんだよ。

「おにいさん、眠いんですか……?」

 だからそう言ってんだろうが。
 あれこれ質問してくるくせにこっちの話聞いてねえのかよこいつ。
 いい加減怠くて、俺はもう声も出さずに一つ頷くだけにした、のだが。

 そのガキんちょは――まるで俺を寝かしつけるように、俺の頭を小さな手でよしよしと撫でてきた。
 その行為に、俺がどう感じたのか、詳細には思い出せない。

 遠くから、年老いた女の声が聴こえた。
 ガキんちょがはっとした反応をしたから、多分教会のシスターだろう。

 ガキんちょは俺から離れ、代わりに俺の傍に籠を置いた。
 こいつが必死に集めたであろう、木の実がごっそりと詰まった籠。

「あの、起きたらこれ、食べてくださいね……! おにいさん、顔色悪そうだから、いっぱい食べて、元気出してください……!」

 そう言って、名前も知らないガキんちょは俺にぺこりと頭を下げて、籠を俺の傍に置いたままぱたぱたと去って行った。

 ……ああ。
 ああ、くそ。馬鹿野郎、ちくしょう、ふざけんな。

 俺が次目覚めることなんて無いのに。
 顔色悪いのは、火傷で肌が変色してっからなのに。

 あのガキ、ふざけんなよ。
 無知なガキを気遣いつつ色々教えてやることなんて、死にかけの俺にはできねえよ。
 こんな木の実押し付けられても無意味なんだよ。もう動けねえよ。食う元気ねえよ。
 そもそも木の実なんて別に好きじゃねえよ。
 どうせ最後なら、肉とか食いてえよ。

 ……ああ、ほんと、ふざけんな。
 これで良かったのに、何一つ心残りなんてなかったのに。

 あいつに頭を撫でられた温もりが、自分の分の食糧をあっさりと俺に渡すあいつの愚かさが、頭から離れない。

 ふざけんなよ。
 とっくに、終わる覚悟ができた段階だったのに。

 最後に、あんなにあれこれ話したら、期待もしてなかった優しさを向けられたら。


 ――もっと生きたいって、思っちまうじゃねえか。


 それがきっと、俺の生前の、最期の強い感情。強烈な感情。

 死後の俺がどこにも行けず、ガキんちょの、ウェンディの傍を望んだのは、俺がウェンディに執着してしまったからなんだろう。
 ウェンディが俺を守護霊じゃなく悪霊扱いするのは、あながち間違っちゃいないのかもしれない。
 もしウェンディに俺がウェンディに惚れた理由を訊かれたら、『全部お前のせいだ責任取れ』くらいは言ってやるつもりだったのだが。
 以前、ウェンディに俺の好意の理由が気にならないのかと逆に訊ねたところ。

『――そこにどんなに崇高な理由があろうと、ワタルさんが変態な事実は変わりないので、聞いても意味が無いです』

 と、何とも可愛くねー答えが返ってきた。
 ったく、生意気に育ちやがって。

 まあ、俺のせいか。
 それならなかなか、気分は良い。

 だから、夢見がちなウェンディが望む理想の恋愛や愛情表現はなかなか叶えてやれねえが。
 あの日の誓いくらいはちゃんと守ってやる。

 俺はこれからも、ウェンディと何度だって一緒に生きて、何度だって一緒に死んでやる。
 俺たちは共に在る。ずっと、一緒だ。

 あんな後悔だらけの終わりは、もう二度と来ない。

 ――俺は、ずっと、ウェンディと蘇り続けるんだ。





 私の心臓が、燃えていた。

 いつもとは違う。
 傷を癒す為だけに、蘇る為だけに燃えているんじゃない。

 心臓が、燃え盛り続けている。
 私の身体に生きろと喝を入れるように、沸騰するような感情で私の脳を活性化させるように。

 全身に響く熱さ。全身を覆う熱さ。
 ちらり、と視界に私の長い髪が映る。
 生まれつき白に近い銀色の筈の髪は、今は真紅に染まり切っていた。

 心臓が燃え、苛烈なまでの熱が全身に伝わっていくせいでメイド服はところどころ焼け焦げていく。

 ああもう、一応先程の戦闘では服には傷は付かなかった筈なのに、呆気なくボロボロだ。
 ワタルさんお気に入りの胸も脚も完全に際どい状態で晒されてしまっているが、この状況で恥じらいだのなんだの言っている場合じゃない。

 私と対峙していた賊の男が、私の姿を見てたじろぐ。

 全身が炎で燃え、しかし肌に傷はなく、髪の色が変色した私。
 刺された傷はとっくに癒えており、ナイフは規格外の熱さの炎によりどろりと溶け原型を失っていた。

「な……なんだ!? なんだ、お前、傷が……!? ば、バケモンじゃねえか……!!」

 否定はしない。
 私は、ワタルさんと契約を交わしたあの日から不死の身で。
 お互い炎に縁があったおかげで、契約のおこぼれ、のような形で、私はいざとなったらワタルさんの力をこういう風に借りることができる。

 ワタルさんが契約の際に求めた対価は、私の心身。そして私が彼の伴侶になること。

 ワタルさんと取り決めた誓いの言葉をお互い口に出すと、それを合図に私は彼が求める対価を一時的に、一部を差し出す状態になる。

 そうすることで、私は不死体質が強化され、このように炎を自由に操る能力を得る。

 今の私は、きっと人間とは言えない。
 私がかつて憧れた鳥の仲間ではあるけど、私が逆恨みをしてしまっている存在――不死鳥の如き生き物として、私は今、ワタルさんと共に在り、蘇り続けている。

『おいおい、人の嫁にバケモノたあ、随分な言い草じゃねえか。チンピラくんよォ』

 ワタルさんの声が聴こえる。
 いつものように聴覚として私に届くのではない、私の脳内に響いてくる。

 この状態になると、私とワタルさんはほぼ一体化しているようなもので、その時間が長引けば長引くほど私が大事にしている思考をワタルさんに覗かれかねないので、私としては手早く済ませたい。
 貴方の嫁になったつもりはない、と抗議する時間すら惜しい。

 ――お掃除を、終わらせよう。ついでにゴミの焼却も。

 私は二丁拳銃の銃口を目の前の男に向ける。
 一度は賊に払いのけられてしまったけれど、ワタルさんが拾ってくれたおかげでいつもの戦闘スタイルだ。

 引き金を引くと、銃弾ではなく炎が銃口から勢い良く噴き出した。

 ただの炎じゃない。
 私とワタルさんが自由自在に操る、私たちだけの炎。

 男が慌てて逃げ出そうとするが、一度撃ち出した炎は決して逃がすものかと男を追いかける。

 ワタルさんの力を借りているこの時、私の二丁拳銃はもはや火炎放射器と言ってもいい武器に変貌を遂げる。

 私はトゲを仕込んだブーツを駆使し、壁から壁へと跳ねるように飛び移り、半ば宙を舞ったまま、これで終わりとばかりに引き金を引いた。
 安定していない体勢だろうけど、外さない。外すわけがない。
 この炎は、ワタルさんの意思が宿っているようなものだ。

 ――ワタルさんの気持ち悪いくらいの執念深さは、私が一番理解している。身をもって。
 勢い良く放たれた炎は、男の衣服を焦がし、その衝撃で意識を失わせる。
 命までは奪わないのは、この炎には私の意思も宿っているからだろう。

「……ワタルさん、終わりましたか?」

『おう、今日のところはもう終いだ。全員お縄にしちまおうぜ。お疲れさん、ウェンディ』

 その言葉に、私はほっと息をつく。

 ……しかし、まあ。
 私は銃を下ろし、辺りを見回す。
 完全にのびた賊の男たち。
 炎には私が必死が念じてコントロールしたので、屋敷を焼いたり煤けさせたりなどの影響は無い、が。

 床は血で汚れてるし、私の戦闘スタイルがまだ未熟なせいで、ブーツで踏み台にした壁には穴が。あと所々に弾痕が。

 ……お掃除しなきゃ。修繕もしなきゃ。
 朝までに間に合うだろうか……。

 それに、何より私の服装がひどい。
 焼け焦げ過ぎたメイド服。今の私はボロ布を軽く身に纏っているようなものだ。
 露出が多すぎる。これでは痴女だ。最悪。

『……ハッ、やっぱ、毎度毎度イイもん見れるな』

「もう黙っててください、このすけべ」

 ……ああもう、ほんっと、最悪。





 ささっとストックのメイド服に着替え、賊を捕縛し、御屋敷の清掃に一人取り掛かる。
 気付けば日付はとっくに変わっていたし朝も近い。
 旦那様と奥様が起きたら、きちんと説明をしなければ。
 メイド長には、またやりすぎだと叱られてしまうかもしれない。

『はっ、ひっでー顔。さすがに目のクマやべーな。女捨てた顔してやがる』

 ワタルさんはワタルさんで手伝おうともせずにさっきから饒舌に私をからかってきて心底鬱陶しい。
 その女を捨てた顔をしている小娘に日々迫っている変態は貴方じゃないか。

『なあウェンディ。お前ってなんで淑女なんか目指してんだよ。お前割と血の気多いだろ』

「私に血の気が多いのはワタルさんの教育のせいですからね!? 保護者の影響を色濃く受けたせいですからね!? 責任取ってくださいよ、まったく……」

『責任ねえ、結婚か?』

「切腹とかそういう類の責任の取り方をしてほしいですね。ワタルさんの身体じゃ無理でしょうけど! ……ああもう、そうじゃなくて」

 私は、水に浸した雑巾を絞りながら言う。
 子どもの頃に畏れを感じる程の炎を見た時、あれだけ求めた水が今はいつでも得られる状況が、何だか不思議だ。

「昔お世話になったシスターも、今お世話になってる奥様も、穏やかな人ですからね。ああいう母性のある淑やかな女性に憧れてるんですよ」

『母性……ああ、俺の子を産みてえってか』

「何ですぐそういう話になるんですか、すけべ。バケツの水ぶっかけますよ。って、え、守護霊との間に子どもってできるんですか……? あの、ねえ、意味深に黙らないでくださいよ、怖いですよワタルさん!?」

 昨日が終わって、今日になり、やがて明日が訪れるように。
 昨日の私もまた焼け死んで、今日の私として生きて、明日に備えて死ぬのだろう。

 そうやって私はこれからも、何度だって蘇り続ける。
 ワタルさんと、共に。

 私はウェンディ。
 不死鳥のように生きるメイド。
 不死の炎の中から生まれて死んで蘇る存在。
 さて、今日も私に質問を。

 ――炎は、お好きですか?

 やっぱり、どちらとも言えない。

 だって炎は、私自身。
 自分に対する好悪の感情なんて、曖昧なものじゃないか。

 そして炎は、私にとってはワタルさんの存在そのものでもある。
 それでも、好きかどうかなんて、やっぱりどちらとも言えない。

 だって、ワタルさんは。
 ――私にとっては、とっくに命も魂も人生も全部捧げてしまった相手なんだから、好きか嫌いかいちいち確認するなんて、その感情がどれくらいか推し量ろうとするなんて、なんだか今更野暮だろう。

 そんな雑な考えの私が淑女を目指すなんて馬鹿らしいと彼は笑うだろうし、こういう雑かつ複雑な乙女心を彼に知られるのは普通に嫌なので、やっぱり私は、私の思考だけは守り抜きたい。

 今日の私に淑女を期待し、それでも駄目なら明日の私に淑女を期待し、私はワタルさんと共に生きて死んで蘇り、一日一日を精一杯生きていく。

 いつか私が淑女に近付けたその日。
 私の炎への好意を、欲望優先のワタルさんとは反対に、文句の付けようがないくらいの綺麗な言葉としてきちんと言語化し口にできるその時を夢見て。

 ――私はずっとずっと、ワタルさんと共に、しぶとくしぶとく生き続けるのだ。




『メイド・イン・フェニックス』



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