貴方の隣で呼吸がしたい。

ハリエンジュ

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第三話『貴方はいい子よ』

その6 薄っぺらいとは言わないでほしい

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★貴方の隣で呼吸がしたい。 第三話『あなたはいい子よ』その6 薄っぺらいとは言わないでほしい

teller:京極千歳


 もう少しで、私はまたしても受け持ち生徒を容赦なく殴り飛ばすところだった。
 発砲癖のある問題児、タクト・マックスウェルくんが実銃を手入れしているのを見て、正直私の心は決して穏やかではなかった。
 子どもには、一般人には、どう見ても不似合いな武器。
 いっそ取り上げてしまうべきか。
 タクトくんに銃撃された時も何とか切り抜けられたから、まあ奪おうと思えば奪えるだろう。
 そのように、要注意人物としてタクトくんを教卓から観察していると。
 一人の女生徒が、タクトくんに歩み寄るのが視界に映った。
 オレンジの髪、糸目、ふにゃふにゃの猫を思わせる口、それから女子にしては規格外と言ってもいいくらいの長身。
 タクトくんと同じく、受け持ち生徒のシニユ・アルワンテさん。
 シニユさんは確か、不死鳥族、だっただろうか。
 赴任してきて日が浅いこと、私自身が生徒と積極的にコミュニケーションを取る教師じゃないこと。
 様々な要因が重なって、私はシニユさんについて然程詳しくない。
 けれど、シニユさんはどこまでもにこにこと飄々とした笑顔を浮かべてタクトくんに接していた。
 距離が年頃の男女にしては少し近いんじゃないか、とも思ったがタクトくんの心底鬱陶しそうな表情を見るに、二人がそんな一般で言うところの甘い関係ではないことくらい私にだってわかる。
 ……だけどタクトくんは、まったくの孤独、というわけではないのだな。
 そのことに、何故だか少しだけ安心している自分が居た。
 それはそうと、シニユさんに銃を向けたタクトくんは、近日中に殴っておかなければならないだろう。



「シニユさん」

 放課後、人もまばらになった教室で、のんびりと帰り支度を整えていたシニユさんを呼び止める。
 思えば、授業に関係すること以外でシニユさんに自発的に声をかけたのは初めてかもしれない。
 それでもシニユさんは一切の警戒も見せず、にま、と私に笑いかけてきた。
 一瞬、シニユさんと正反対に、目が合っただけで警戒の表情を浮かべ身を強張らせる小夜さんを思い出し、胸が痛くなった。

「んー? どうかしましたかね、ちぃ先生」

 ちぃ先生。
 テラくんがふざけて呼び始めた愛称は、知らず知らずのうちにクラス中に浸透しているのかもしれない。
 あまり良い気分ではないが、生徒が私のような教師に親しげに接してくれることは、喜ぶべきことなのかもしれない。
 などと言ったが、そもそもは私を人前で『ちぃ!』と呼び続けた聖くんが原因だ。
 帰ったら殴っておこう。
 少々思考が脱線したので、私はシニユさんの細い糸目をじっと見て、本題を告げた。

「今日、タクトくんに声をかけていましたね」

「んあ、見てたのかい。にゃふふ」

 掴みどころのない笑顔、気が抜けるような笑い声。
 シニユさんは私が今まで出会ったことのないタイプの女性だと思う。
 性別の括りさえなくせば聖くんに近いものがあるかもしれないが、これが女性となるだけで、コミュニケーションの最適解がいまいち良くわからなくなる。
 まあ、いつまでもシニユさんの態度に振り回されているわけにもいかないので、率直な疑問をぶつけた。

「タクトくんと、仲が良いんですか」

「んー? いんや、仲が良いってわけじゃないですよ。シニユさんはタクトくんと仲良くなりたいけど、タクトくんはシニユさんのこと大っ嫌いですからねー」

 少し。
 少しだけ、既視感を感じた。
 大嫌いとまで思われているのかはわからないが、小夜さんと近付きたい私と、私を警戒する小夜さんの関係性に、ほんの少しばかり共通点があるような気がしたのだ。
 本当に私の世界は小夜さんを中心に回り過ぎていて笑いたくなったが、それは虚しさくるから訪れる笑いだったし、笑ったところで余計辛くなるだけだともわかっていたので、私はいつも通りの無表情を決め込む。

「……自分のことが嫌いかもしれない相手に、何故あそこまで親しげに声をかけられるのですか?」

 これは、シニユさんへの興味と言うわけではなく――私が小夜さんと距離を詰めるにおいて、知りたい事柄だったから訊ねたに過ぎない、のだと思う。
 小夜さんとその他の生徒を明確に線引きしている私は、教師失格なのだろうな。
 でも、今は、シニユさんの答えに救われたいと思ってしまった。
 小夜さんを愛しても良いのだと、間接的にでも良いから、誰かに許されたかったのだと、思う。
 なんて、愚かなのだろう。
 シニユさんがへらりと笑う。
 相変わらず掴みどころのない笑顔だったが、僅かに眉が下がってた気がした。

「なーんか、ほっとけないんだよねえ」

「ほっとけない?」

「だってタクトくんが一人じゃ、かわいそーじゃん。要は薄っぺらいんですよ、シニユさんは」

 そう言って、シニユさんがけらけらと声を上げたが。
 何故か、ちくりと針で胸を刺されたかのような感覚が私を襲った。
 それはつまり、シニユさんはタクトくんに同情しているのだろうか。
 本当に、それだけなのだろうか。
 一人。
 一人と言えば、聖くんは、もしかしたら一人だったのかもしれない。
 だから世話を焼いたし、傍に居た。
 私の聖くんへの感情は、シニユさんが言うところの薄っぺらい同情だったのだろうか。

 ――そうは、思いたくない。
 咄嗟に、強くそんなことを意識した。
 聖くんだけじゃない、私は小夜さんとも近付きたいと思っている。
 それはまあ、転生がどうの、他人に言おうが信じてもらえる筈がない問題が絡んでくるのだが。
 だけど私が小夜さんの傍に居たい一番の理由は、彼女を愛しているからだ、世界で一番、どこの誰よりも。
 親しげに声をかける勇気すらないくせに、私は小夜さんの隣に居たいと思ってしまう。
 小夜さんが私を嫌おうが、疎もうが、果ては憎もうが、小夜さんを愛し続けたい、だなんて願ってしまう。
 ――私の愛は、ひどく自分勝手だ。

「シニユさん」

「んー?」

「……貴方がタクトくんの傍に居たいと思う気持ちは、決して薄っぺらくなどないと思います」

 はっきりとそう告げると、シニユさんは糸目はそのままに、僅かに口を開けた。
 私は、シニユさんの姿を正面からはっきりと見据え、告げる。

「誰かと親しくなりたいという気持ちは、悪いことではありません。その感情の価値なんて――どんな神様だって、定められる筈がない」

 神様、私の一番近くで言うとすれば聖くん。
 聖くんなら、本当に聖くんが神様だとしたら。
 友情であれ恋愛であれ、他者を想う感情を独断と偏見と上から目線で順位付けなんてしない気がした。
 ……聖くんにそんなことをしてほしくない、という親心も、まあ、含まれてはいるのだろうが。
 シニユさんが、黙り込んでしまう。
 やはり、お節介だっただろうか、下手に介入するべきではなかっただろうか。
 新任でもないくせに、年頃の少年少女の感情の機微に寄り添う能力を持たない私は、本当に教師と言う肩書きを持っていていいのだろうか。
 少し謝ろうと口を開いた瞬間。

「……あはは。シニユさんにそんな優しいこと言ってくれるの、ちぃ先生くらいですよー」

 優しい?
 私が思いっ切り眉を顰めると、『変な顔』、とシニユさんが吹き出した。
 少し腹が立ったので、強めに額を指で弾く。
 でも、笑い出す前、恐らく私の言葉を脳内で処理していた時のシニユさんは。
 見ている方がむず痒くなるくらい、穏やかな表情を浮かべていた気がしたのだ。
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