異世界転生と『天賦(ギフト)』で最強になったが親友に裏切られ追放されたので、銀狼少女と『双星』として成り上がる!

月影 朔

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第12章:記憶の美術館と影の暗殺者

​第68話:予期せぬ庇護者

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 この光と影のチェスは、まだ終わってはいない。
最終ラウンドの舞台は、あの記憶の美術館だ。

 俺たちは、雨に濡れた体をものともせず、ノクスが逃げ込んだ美術館へと、静かに、だが確かな足取りで向かい始めた。

◇ ◇ ◇

 俺たちが美術館の前にたどり着くと、エルゴがその手に持つ古びた傘を静かに下ろした。

 彼の天賦ギフトが解け、今まで降り続いていた豪雨と暴風が嘘のように止む。

 後に残されたのは、雨に濡れた石畳いしだたみと、不気味なほどの静寂せいじゃくだけだった。

 美術館の重厚なかしの扉は、わずかに開いていた。
そこから、一筋の血の跡が内部へと続いている。
ノクスのものだろう。

「……行くぞ」

 俺の短い言葉に、仲間たちが静かに頷く。
俺たちは、息を殺して館内へと足を踏み入れた。

 中は、ひどくほこりっぽかった。
外観の壮麗そうれいさとは裏腹に、手入れがされている様子は全くない。

 二つの月明かりが、高い位置にあるステンドグラスを通して差し込み、床に落ちたガラスの破片や、無造作にシートをかけられた彫刻のシルエットをぼんやりと照らし出している。

 ここは、美術館というよりは忘れ去られた物語たちの墓場のようだった。

「……血の跡は、奥へと続いているな」
ジンが、暗殺者としての鋭い目でささやく。

 彼の視線の先、大理石の床に点々と続く黒い染みを、俺たちは慎重に追った。

 やがて、俺たちはこの美術館で最も大きなホールであろう、中央の展示室へとたどり着いた。

 天井はドーム状になっており、かつては壮麗そうれいだったであろう巨大な天使の壁画が描かれている。
だが、その壁画も今や色あせ、所々が剥落はくらくしていた。

 その、天使の壁画の下。
巨大な柱にその身を預けるようにして、一人の男が座り込んでいた。

 全身を黒い装束で覆った、無口な暗殺者ノクス。
その脇腹には、ルナが突き立てた短剣による傷が深く、そこから流れる血が彼の黒い服をさらに濃く染めている。

「……見つけたぞ」

 ルナが、低い声で唸った。
その手には、すでに黒曜石の短剣が握られている。

ノクスは、俺たちの存在に気づくと、傷の痛みに顔をゆがめながらもゆっくりと立ち上がった。

 そして、懐から短剣を抜き放ち、俺たちを迎え撃とうとする。
その瞳には、感情はない。
ただ、任務を遂行するためだけの機械の光が宿っている。

 俺たちが、一斉に飛びかかろうとした、その時だった。

「――やめてください!」

 凛とした、だが悲痛な響きを帯びた女性の声が、ホールに響き渡った。
声の主は、今まで柱の影に隠れてノクスの手当てをしていたのであろう、一人の若い女だった。

 彼女は、ノクスの前に立ちはだかり、まるで傷ついた雛を守る親鳥のように両腕を広げた。

「……お願いです!
もう、この人を傷つけないで!」

 その必死な形相に、俺たちは思わず動きを止めた。

 年の頃は、俺たちと同じくらいだろうか。
帝国の上質な生地で作られたであろう服は汚れ、その顔はひどくやつれている。
だが、その大きな瞳の奥には、芯の強い光が宿っていた。

「……なんだ、てめえは」

 ルナが、いぶかしげに問いかける。

「そいつの、仲間か?」

「仲間……そうです。
彼は、私の……たった一人の……」

 女は、そこまで言うと言葉を詰まらせた。

(……おかしい)
俺の中で、警鐘が鳴り響く。

 この街で起きていた、記憶喪失事件。
そして、帝国からの追手である暗殺者ノクス。

 俺は、その二つがリュウガの仕掛けた破壊工作として繋がっているのだと、そう思っていた。

 だが、目の前の光景は、その仮説を根底からくつがえす。
この女は、ノクスを心の底からかばっている。

 そして、彼女の魂から放たれる気配は、帝国のそれとは全く違う。
もっと純粋で、そしてどうしようもなく悲しい物語の色をしていた。

 俺は、確かめなければならなかった。
このいびつな物語の、本当の真実を。

(お前は、誰だ。その魂に刻まれた物語は、一体……!)

物語の観測者ストーリー・ウォッチャー》――発動!

 俺の意識は、女の魂の奥深くへと潜っていく。

 彼女の魂は、ルナのように固く閉ざされてはいなかった。
ただ、深い悲しみのヴェールに覆われているだけだ。

 俺の意識は、そのヴェールをそっとめくり上げるように、彼女の物語を観測した。
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