天蓋村の不可解な求人広告について

月影 朔

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第二部:ポッドキャスト『深淵アーカイヴ:映画『天蓋村』は現実を映したか?』

第5話:解体される求人広告(戦前〜高度成長期)

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カイト: では倉田さん、早速ですが、ウェブサイト『天蓋村に関する報告』に掲載されていた、最も古い記録から見ていきましょう。リスナーの皆さん、今スタジオのモニターには、昭和15年、1940年の地方新聞の縮刷版が映し出されています。

[効果音:マイクロフィルムを操作するような、カタカタという音]


カイト: 天蓋村役場が募集しているのは、「吏員」、つまり役場の職員ですね。業務内容は「測量図面及ビ各種申請書類ノ筆耕」、書類の清書です。そして、その応募資格が…「泳ギノ得意ナル者、ゲンキナ者」 。倉田さん、求人の専門家として、これはどう読み解きますか?


倉田: [きっぱりと] まず、当時の労働市場や社会通念を考慮しても、この条件はあり得ません。戦時色が強まる中で、役場の事務職に求められるのは、言うまでもなく筆跡の正確さや、何よりお国のために尽くすという忠誠心です。泳ぎの技術など、全く必要ないどころか、意味不明としか言いようがない。

カイト: ですよね。

倉田: ええ。これは、もはや通常の採用活動ではありません。業務内容とは無関係の、特定の身体能力を持つ人間をリストアップするための「スクリーニング」…つまり、ふるい分けです。書類筆耕という職種は、あくまで応募者を集めるための、無害なカモフラージュに過ぎません。

カイト: なるほど…。では長谷部先生、民俗学的な観点からはいかがでしょう?「泳ぎが得意」という条件に、何か思い当たる節は?

長谷部: ううむ…。古い山村の信仰において、水、特に川や湖は、現世と常世、つまり、この世とあの世を分ける「境界」の象徴とされることが少なくありません。また、水は穢れを洗い流す神聖なものでもあります。もし天蓋村に水にまつわる儀式…例えば、湖の底に何かを捧げたり、あるいは川で禊をしたりするような風習があったとすれば、その役目を担う人間には、当然、水への高い適性が求められたでしょうな。


カイト: [息を呑む音] …儀式の担い手、ですか。では、次の資料を見てみましょう。時代は少し進んで、戦時中の昭和18年、1943年。村の回覧板に掲載された、「村有温室」での農作物管理の募集です 。応募資格は、「夜目が利ク者、歓迎」「寒サニ強キ者、優遇」 。



倉田: これはさらに悪質ですね。1940年の広告は業務内容との乖離でしたが、これは労働環境そのものを偽装しています。温室とは、本来、光と暖かさに満ちているはずの場所。そこでなぜ、暗闇と寒さに強い人間が必要になるのか。これは募集主が、実際の勤務地が「光の無い、極寒の場所」であることを自覚している、何よりの証拠です。

長谷部: [興奮した口調で] 夜警ですよ、カイトさん!村の古い伝承に出てくる、夜の山を見張り、異界からの侵入者や、山の神の使いを見つけ出す「夜番(よばん)」、あるいは「見張り役」という役割です!彼らは、月明かりだけを頼りに、一晩中山中を歩き回ったという。まさに「夜目が利き」「寒さに強い」ことが必須の役目じゃ。


カイト: そして、さらに時代は進み、高度経済成長期の昭和35年、1960年。県の公報に載っていた天蓋村の「電話交換手」の募集 。これに付随する条件が、「長距離ヲ歩ケル者」「足ニ豆ノ出来ニクイ者」 。



倉田: [呆れたように] もはや笑止千万ですね。一日中、交換台の前に座っている仕事に、最も不要な資質です。募集主は、応募者を馬鹿にしているとしか思えない。

長谷部: これもまた、古い役目を想起させますな。山の麓から山頂のお堂まで、あるいは村から村へとお告げや供物を運ぶ「使い走り」や「運び手」。彼らには、何よりもまず健脚であることが求められた。いわば、神様の斥候のような存在です。

カイト: [少し整理するように] なるほど…。つまり、これまで見てきた戦前から高度経済成長期にかけての求人広告は、表向きの職種とは全く無関係に、山岳信仰における「水の儀式の担い手」や「夜警」、「斥候」といった、神聖な役目を担う人間を、その資質によって選別していた…。そういうことですか。

倉田: ええ。しかしカイトさん、ここまでは、まだこのシステムの“序の口”に過ぎません。この狂気が、本当の意味でその牙を剥き出しにするのは、1970年代に入ってからです。特に、あの観光ロッジが出した募集広告は…もはや理屈で説明できる領域を、完全に超えています。

[BGM:これまで静かだった不穏なアンビエント音が、ゆっくりと心音のように脈打ち始める]
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