【完結】『謀反人の汚名を着た武田信玄 ~残された秘策と隠された忠義~』

月影 朔

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第一章:死化粧の虎

第十四話:おふうとの出会い

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 国境の砦での激戦を終え、小太郎は傷ついた身体を引きずりながら、遠山景行の砦へと戻る山道を歩いていた。

 黒脛巾組の介入、そして武田家内部に潜む裏切り者の影。信玄の秘策が、いかに多くの敵によって狙われているかを痛感し、彼の心は重く沈んでいた。疲労と焦りが、彼の足を鈍らせる。

 その時、山の小道で、小太郎は奇妙な光景を目にした。道の脇に、小さな薬草籠を背負った娘が、座り込んでいた。

その顔は青ざめ、額には汗が滲んでいる。どうやら、熱を出しているようだった。彼女の傍らには、摘み取られたばかりの薬草が、散らばっている。

 小太郎は、彼女に気づかれないよう、一度身を隠した。しかし、彼女の苦しそうな息遣いが、風に乗って耳に届く。

 彼は、忍びとしての警戒心と、人としての情の間で葛藤した。信玄の秘策を追う身として、不必要な接触は避けるべきだ。だが、このまま見過ごすことも、彼にはできなかった。

 彼は意を決して、娘に近づいた。

「大丈夫か」

 小太郎の声に、娘はびくりと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。その目は、恐怖に怯えている。しかし、小太郎の顔に敵意がないことを悟ると、彼女は安心したように、力なく首を振った。

「旅の者かい。こんな山奥で……あたしは大丈夫だから、気にするこたぁないよ」

 娘の声は、かすれていて、その言葉の端々には、無理をしているような響きがあった。小太郎は、彼女の額にそっと手を当てた。熱い。これは、ただの風邪ではない。

「無理をするな。熱が高い。このままでは、さらに悪化する」

 小太郎は、娘の傍らに座り込んだ。彼女の薬草籠の中には、様々な薬草が詰め込まれていた。その中には、小太郎も知る解熱効果のある薬草も含まれていた。

「あたしは、おふう。薬草を摘みに来たんだ。でも、途中で具合が悪くなっちまって……」

 娘は、おふうと名乗った。彼女の顔は、苦痛に歪んでいるが、その瞳には、諦めと、そしてわずかな希望の光が宿っていた。

 小太郎は、手早く薬草籠からいくつかの薬草を選び出し、それを石で潰し始めた。彼の指は、薬草を扱うことに慣れている。

「これに、水を加えて煎じる。飲めば、少しは楽になるだろう」

 小太郎は、そう言いながら、手際よく薬草を整えていった。おふうは、小太郎の行動に驚いたように、目を丸くしていた。

「あんた、薬師かい?」

「いや、ただの旅の者だ」

 小太郎は、そう答えながら、火を熾すための枯れ枝を集め始めた。彼は、忍びとして、野外での生活術も身につけていた。火を起こし、薬草を煎じる。その手つきは、迷いがなく、的確だった。

 やがて、薬草の独特の香りが、あたりに漂い始めた。小太郎は、煎じた薬湯を、おふうの口元に運んだ。おふうは、躊躇いながらも、それをゆっくりと飲み干した。苦い薬湯が、彼女の喉を通り過ぎていく。

 薬湯を飲んだ後、おふうはぐったりと小太郎の肩に凭れかかった。彼女の熱い吐息が、小太郎の首筋にかかる。小太郎は、彼女の小さな体を支えながら、静かに夜が更けるのを待った。

 夜半になり、おふうの熱は、少しずつ下がり始めた。彼女は、深い眠りについていた。小太郎は、静かに彼女の傍らを離れ、周囲の警戒にあたった。

 翌朝、おふうは、顔色も随分と良くなり、熱も下がっていた。彼女は、小太郎に深々と頭を下げた。

「あんたのおかげで、助かったよ。本当にありがとう」

 おふうの笑顔は、まるで春の陽光のように、明るく、そして気丈だった。小太郎は、その笑顔に、心の奥底に沈んでいた疲労が、少しだけ癒されるのを感じた。

「礼など、いらぬ。それにしても、お主のような若い娘が、一人でこんな山奥まで、薬草を摘みに来るとは、珍しいな」

 小太郎が問うと、おふうは、少しだけ顔を曇らせた。

「あたしの親は、病で早くに死んじまった。だから、あたしが薬草を摘んで、町で売って暮らしてるんだ。それに、この山には、珍しい薬草がたくさんあるからね」

 おふうの言葉に、小太郎は胸が締め付けられる思いだった。彼女もまた、この乱世の犠牲者の一人なのだ。しかし、その過酷な境遇にもかかわらず、彼女は決して諦めず、前向きに生きようとしている。その姿は、小太郎に勇気を与えた。

「あんたは、どこへ行くんだい?」

 おふうが問うと、小太郎は答えるべきか迷った。しかし、おふうの純粋な眼差しを見て、彼は、少しだけ正直に話すことにした。

「この国の未来を、変えるための旅をしている」

 小太郎の言葉に、おふうは目を丸くした。
「へえ、すごいね!あたしには、そんな大きなことはできないけど、せめて、みんなが健康に暮らせるように、いい薬草を見つけたいな」

 おふうの言葉は、小太郎の心に温かく響いた。信玄の秘策は、まさに「みんなが健康に暮らせる」未来を築くためのものだ。
おふうの純粋な願いは、信玄の秘策の根幹に通じるものがあった。

「お主のような娘に出会えたこと、わしは幸運であった」

 小太郎は、心からそう言った。おふうは、その言葉に照れたように笑った。

 別れの時が来た。小太郎は、おふうに別れを告げ、再び景行の砦へと向かう道に足を踏み入れた。おふうは、小さな手を振って、小太郎を見送った。

 小太郎の旅は、国境の攻防で受けた傷と、心の重みに包まれていた。しかし、おふうとの出会いは、彼の心に一筋の光明を灯した。彼女の明るさと、気丈な性格は、小太郎の心の支えとなるだろう。

 そして、おふうが持つ薬草の知識が、いつか、信玄の秘策を巡る旅の中で、重要な役割を果たすことになることを、小太郎はまだ知らなかった。
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