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第二章:蠢く者たち
第二十六話:密書と偽情報
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小太郎は、夜陰に紛れて直江景綱の屋敷へと潜入した。
越後の雪は、彼の足音を吸い込み、隠密行動を助ける。しかし、屋敷を取り巻く警戒は厳重で、反武田派の家臣たちの目がいかに光っているかを肌で感じた。千代女は、屋敷の裏手で待機し、万が一の事態に備えていた。
屋敷の奥深く、景綱の書斎らしき部屋の明かりが漏れている。小太郎は、障子の隙間から中の様子を窺った。
景綱は、文机に向かい、何事かを思案しているようだった。その顔には、上杉家内部の対立と、迫り来る織田の脅威に苦悩する色が浮かんでいた。
小太郎は、意を決して音もなく書斎へと忍び込んだ。景綱は、突然の闖入者に驚き、身構えた。しかし、小太郎が忍びの装束を解き、顔を見せると、景綱の表情にわずかな動揺が走った。
「貴殿は……武田の忍びか」
景綱は、警戒しながらも、冷静に問いかけた。小太郎は、懐から信玄と謙信の血判が押された密約の巻物を取り出し、景綱の前に差し出した。
「私は、武田信玄公の密命を受けた者。この巻物には、信玄公と謙信公の、この国の未来を憂う真の思いが込められております」
小太郎の言葉に、景綱の目は見開かれた。彼は、巻物を手に取り、その内容を読み始めた。読み進めるにつれて、景綱の顔に驚きと、そして深い感動の色が浮かんでいった。
巻物には、互いに敵対しながらも、国の安寧を願い、密かに手を結んだ二人の盟主の真情が記されていたのだ。
「まさか……信玄公が、生きておられたとは……」
景綱は、震える声で呟いた。そして、小太郎に視線を戻した。
「そなたの言葉を信じよう。だが、この密約の存在は、上杉家中でも、ごく一部の者しか知らぬ。そして、それを信じぬ者も多い。この巻物だけでは、彼らを動かすには至らぬかもしれぬ」
景綱の言葉に、小太郎は深く頷いた。信玄も、そのことは承知していたはずだ。この密約は、あくまでも布石。信玄の秘策は、さらに深いところに隠されている。
その時、景綱は、一つの古びた文箱を小太郎に差し出した。
「これは、謙信公が、信玄公との密約を結んだ際に、もしもの時に備えて残されたものだ。信玄公が、この世を去ったと見せかけた時、この文箱を武田の忍びが持ち去るよう、私が手引きした。中には、信玄公の秘策の続きを示す、重要な手がかりが隠されていると聞いている。しかし、この数年間、我々もその真の意味を掴めずにいた」
小太郎は、文箱を受け取った。それは、信玄が小太郎に託した和歌の押し花が入っていたものと、同じ意匠の文箱だった。
まさか、この越後の地に、同じものが存在していたとは。信玄と謙信の深い繋がりが、そこには隠されていたのだ。
小太郎は、文箱を開けた。
中には、信玄の直筆と思しき手紙と、一枚の絵図が入っていた。手紙には、この絵図が、信玄の秘策の次なる段階を示すものであることが記されていた。
小太郎は、絵図を広げた。そこには、越後、そして奥州の山々が描かれ、いくつかの場所に奇妙な印が記されていた。
「この絵図は……何を示しているのだ」
小太郎は、景綱に問いかけた。景綱もまた、首を傾げるばかりだ。その絵図は、あまりにも抽象的で、具体的な意味を読み取ることはできなかった。
その時、書斎の外から、かすかな物音が聞こえた。小太郎と景綱は、顔を見合わせた。
「誰かいるのか……?」
景綱は、声を潜めて呟いた。小太郎は、素早く障子に近づき、外の様子を窺った。そこには、人影はない。しかし、彼の忍びとしての鋭敏な感覚が、確かに何者かの気配を捉えていた。
「この絵図は、本物ではない……」
小太郎は、ふと、直感的にそう感じた。信玄が、これほど抽象的な手がかりを残すとは考えにくい。そして、このタイミングでの物音。これは、何者かが、彼らの動きを監視している証拠だ。
その瞬間、書斎の扉が音を立てて開いた。中に飛び込んできたのは、上杉家臣の一人、甘粕景持(あまかすかげもち)だった。
彼は、反武田派の急先鋒であり、常に直江景綱の動きを警戒していた。景持の背後には、数名の兵士が控えている。
「景綱殿!何をしておられる!武田の忍びを屋敷に入れるとは、どういうことだ!」
景持は、怒りに満ちた声で叫んだ。彼の視線は、小太郎の手にある絵図へと向けられている。
「これは罠だ……!」
小太郎は、咄嗟に絵図を懐にしまい、景綱の前に立ち塞がった。景持は、小太郎の姿を見ると、嘲りの笑みを浮かべた。
「やはり貴様か、武田の回し者め!その絵図には、信玄が越後に残した隠し金山の場所が記されていると聞いたぞ!貴様らの企みは、全てお見通しだ!」
景持の言葉に、小太郎は内心で舌打ちした。隠し金山。まさか、この絵図が、そのような偽情報として流されていたとは。これは、明智光秀が放った間者の仕業に違いない。信玄生存の噂を流し、その裏で、彼らが何を企んでいるのかを探るための、巧妙な罠なのだ。
「景持殿、早まるな!これは、信玄公と謙信公の……」
景綱が、説明しようとするが、景持は聞く耳を持たない。
「言い訳は無用!貴様ら武田の残党は、この越後を混乱させ、信長様に反旗を翻させようとしているに違いない!捕らえよ!」
景持の命令に、兵士たちが一斉に小太郎に襲い掛かってきた。小太郎は、刀を抜き、応戦した。書斎の中は、瞬く間に激しい戦場と化した。
小太郎は、景綱を守りながら、兵士たちを退けていく。しかし、景持もまた、手練れの武士だ。その剣は、鋭く、小太郎を追い詰めていく。
「くそっ……こんなところで、捕まるわけにはいかない!」
小太郎は、巻物と絵図を抱え、書斎の窓から飛び出した。千代女が待機しているはずだ。彼は、闇の中を駆け抜け、千代女との合流を急いだ。
小太郎の背後から、景持と兵士たちの追撃が迫る。そして、その追撃のさらに背後には、明智光秀の放った間者たちが、静かに小太郎の動きを観察している。偽情報に踊らされた小太郎の姿を見て、彼らは満足げに報告書を記していた。
小太郎は、知らず知らずのうちに、明智光秀の巧妙な罠にはまり、その手のひらで踊らされている。
しかし、彼はまだ、そのことに気づいていなかった。越後の風は、新たな試練を小太郎にもたらし、信玄の秘策を巡る戦いは、より複雑な様相を呈していく。
越後の雪は、彼の足音を吸い込み、隠密行動を助ける。しかし、屋敷を取り巻く警戒は厳重で、反武田派の家臣たちの目がいかに光っているかを肌で感じた。千代女は、屋敷の裏手で待機し、万が一の事態に備えていた。
屋敷の奥深く、景綱の書斎らしき部屋の明かりが漏れている。小太郎は、障子の隙間から中の様子を窺った。
景綱は、文机に向かい、何事かを思案しているようだった。その顔には、上杉家内部の対立と、迫り来る織田の脅威に苦悩する色が浮かんでいた。
小太郎は、意を決して音もなく書斎へと忍び込んだ。景綱は、突然の闖入者に驚き、身構えた。しかし、小太郎が忍びの装束を解き、顔を見せると、景綱の表情にわずかな動揺が走った。
「貴殿は……武田の忍びか」
景綱は、警戒しながらも、冷静に問いかけた。小太郎は、懐から信玄と謙信の血判が押された密約の巻物を取り出し、景綱の前に差し出した。
「私は、武田信玄公の密命を受けた者。この巻物には、信玄公と謙信公の、この国の未来を憂う真の思いが込められております」
小太郎の言葉に、景綱の目は見開かれた。彼は、巻物を手に取り、その内容を読み始めた。読み進めるにつれて、景綱の顔に驚きと、そして深い感動の色が浮かんでいった。
巻物には、互いに敵対しながらも、国の安寧を願い、密かに手を結んだ二人の盟主の真情が記されていたのだ。
「まさか……信玄公が、生きておられたとは……」
景綱は、震える声で呟いた。そして、小太郎に視線を戻した。
「そなたの言葉を信じよう。だが、この密約の存在は、上杉家中でも、ごく一部の者しか知らぬ。そして、それを信じぬ者も多い。この巻物だけでは、彼らを動かすには至らぬかもしれぬ」
景綱の言葉に、小太郎は深く頷いた。信玄も、そのことは承知していたはずだ。この密約は、あくまでも布石。信玄の秘策は、さらに深いところに隠されている。
その時、景綱は、一つの古びた文箱を小太郎に差し出した。
「これは、謙信公が、信玄公との密約を結んだ際に、もしもの時に備えて残されたものだ。信玄公が、この世を去ったと見せかけた時、この文箱を武田の忍びが持ち去るよう、私が手引きした。中には、信玄公の秘策の続きを示す、重要な手がかりが隠されていると聞いている。しかし、この数年間、我々もその真の意味を掴めずにいた」
小太郎は、文箱を受け取った。それは、信玄が小太郎に託した和歌の押し花が入っていたものと、同じ意匠の文箱だった。
まさか、この越後の地に、同じものが存在していたとは。信玄と謙信の深い繋がりが、そこには隠されていたのだ。
小太郎は、文箱を開けた。
中には、信玄の直筆と思しき手紙と、一枚の絵図が入っていた。手紙には、この絵図が、信玄の秘策の次なる段階を示すものであることが記されていた。
小太郎は、絵図を広げた。そこには、越後、そして奥州の山々が描かれ、いくつかの場所に奇妙な印が記されていた。
「この絵図は……何を示しているのだ」
小太郎は、景綱に問いかけた。景綱もまた、首を傾げるばかりだ。その絵図は、あまりにも抽象的で、具体的な意味を読み取ることはできなかった。
その時、書斎の外から、かすかな物音が聞こえた。小太郎と景綱は、顔を見合わせた。
「誰かいるのか……?」
景綱は、声を潜めて呟いた。小太郎は、素早く障子に近づき、外の様子を窺った。そこには、人影はない。しかし、彼の忍びとしての鋭敏な感覚が、確かに何者かの気配を捉えていた。
「この絵図は、本物ではない……」
小太郎は、ふと、直感的にそう感じた。信玄が、これほど抽象的な手がかりを残すとは考えにくい。そして、このタイミングでの物音。これは、何者かが、彼らの動きを監視している証拠だ。
その瞬間、書斎の扉が音を立てて開いた。中に飛び込んできたのは、上杉家臣の一人、甘粕景持(あまかすかげもち)だった。
彼は、反武田派の急先鋒であり、常に直江景綱の動きを警戒していた。景持の背後には、数名の兵士が控えている。
「景綱殿!何をしておられる!武田の忍びを屋敷に入れるとは、どういうことだ!」
景持は、怒りに満ちた声で叫んだ。彼の視線は、小太郎の手にある絵図へと向けられている。
「これは罠だ……!」
小太郎は、咄嗟に絵図を懐にしまい、景綱の前に立ち塞がった。景持は、小太郎の姿を見ると、嘲りの笑みを浮かべた。
「やはり貴様か、武田の回し者め!その絵図には、信玄が越後に残した隠し金山の場所が記されていると聞いたぞ!貴様らの企みは、全てお見通しだ!」
景持の言葉に、小太郎は内心で舌打ちした。隠し金山。まさか、この絵図が、そのような偽情報として流されていたとは。これは、明智光秀が放った間者の仕業に違いない。信玄生存の噂を流し、その裏で、彼らが何を企んでいるのかを探るための、巧妙な罠なのだ。
「景持殿、早まるな!これは、信玄公と謙信公の……」
景綱が、説明しようとするが、景持は聞く耳を持たない。
「言い訳は無用!貴様ら武田の残党は、この越後を混乱させ、信長様に反旗を翻させようとしているに違いない!捕らえよ!」
景持の命令に、兵士たちが一斉に小太郎に襲い掛かってきた。小太郎は、刀を抜き、応戦した。書斎の中は、瞬く間に激しい戦場と化した。
小太郎は、景綱を守りながら、兵士たちを退けていく。しかし、景持もまた、手練れの武士だ。その剣は、鋭く、小太郎を追い詰めていく。
「くそっ……こんなところで、捕まるわけにはいかない!」
小太郎は、巻物と絵図を抱え、書斎の窓から飛び出した。千代女が待機しているはずだ。彼は、闇の中を駆け抜け、千代女との合流を急いだ。
小太郎の背後から、景持と兵士たちの追撃が迫る。そして、その追撃のさらに背後には、明智光秀の放った間者たちが、静かに小太郎の動きを観察している。偽情報に踊らされた小太郎の姿を見て、彼らは満足げに報告書を記していた。
小太郎は、知らず知らずのうちに、明智光秀の巧妙な罠にはまり、その手のひらで踊らされている。
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