【完結】『謀反人の汚名を着た武田信玄 ~残された秘策と隠された忠義~』

月影 朔

文字の大きさ
49 / 143
第三章:京洛の蜘蛛巣

第四十九話:歌集に隠された暗号

しおりを挟む
 明智光秀の厳重な警戒網を突破し、綾小路満子の機転によって真の歌集を手に入れた小太郎たちは、京の街から離れた山中の隠れ家へと身を潜めていた。

 古寺での激戦は、彼らの心身を疲弊させたが、信玄の秘策の核心に繋がる歌集が手元にあるという事実は、彼らに新たな希望を与えていた。

「満子様は、無事だろうか……」

 小太郎は、焚き火の炎を見つめながら、静かに呟いた。満子を危険に晒してしまったことへの責任感が、彼の胸を締め付けていた。

「心配ご無用。満子様は、光秀殿を欺くために、敢えて捕らわれたのです。光秀殿も、真の歌集のありかを知らぬまま、偽の歌集に踊らされていることでしょう」

 千代女は、小太郎の不安を察し、優しい声で言った。彼女の言葉は、小太郎の心を少しだけ安堵させた。

 おふうは、薬草を煎じながら、歌集を覗き込んでいた。
「この歌集に、信玄公の秘策の暗号が隠されているのですね……」

 小太郎は、満子から託された歌集を広げた。古びた紙の匂いが、信玄が生きた時代へと小太郎を誘う。
信玄の真筆で書かれた和歌は、一見すると美しい自然の描写や、人の心の機微を詠んだものに過ぎない。しかし、その奥には、信玄の深い思惑が隠されているはずだ。

 小太郎は、これまで培ってきた忍びの観察眼を総動員し、歌集の隅々まで目を凝らした。

 信玄が、歌に暗号を隠す際に用いるであろう、特定の言葉遣いや比喩表現、そして、かすかな墨の濃淡や筆圧の変化にまで注意を払った。

「信玄公は、常に歌に想いを託しておられたと、満子様は仰っていた。ならば、この歌集にも、信玄公の真の御心が込められているはず……」

 小太郎は、信玄が山本勘助から教わったという「星々の配置」の図を思い出した。

 各地の協力者たちを星に見立て、特定の配置で動かすことで、大きな力を生み出すという壮大な秘策。この歌集は、その「星々」を繋ぐための糸口となるのだろう。

 数刻が過ぎた。小太郎は、幾度も歌集を読み返し、その文字の奥に隠された意味を読み解こうと試みた。そして、ある和歌の行間に、これまで気づかなかった微細な墨の跡を発見した。それは、通常の文字とは異なる、極めて細い線で描かれた、複雑な記号だった。

「これだ……!」

 小太郎は、思わず声を上げた。その記号は、以前信玄が残した「印」の紋様と、どこか共通する部分があるように思えた。

 千代女とおふうも、小太郎の指差す記号に目を凝らした。

「これは、間違いありませぬ。信玄公が、歌集に隠した暗号です」

 千代女は、確信を持って言った。彼女の顔には、緊張と、そして期待の表情が浮かんでいる。

 小太郎は、その記号を、これまで手に入れてきた信玄の「印」と照らし合わせた。
すると、驚くべき事実が明らかになった。その記号は、信玄が「楔(くさび)」と呼んでいた、この国の各地に隠された重要な場所を示すものだったのだ。

「この記号は、場所を示している……。それも、この国の古い神社仏閣を……」

 小太郎は、そう呟いた。信玄が、なぜこの国の神社仏閣に「楔」を隠したのか、その真意はまだ明らかではない。しかし、それが信玄の秘策の核心に繋がる重要な要素であることは間違いない。

 千代女は、小太郎の隣に座り、歌集に隠された暗号の解読を手伝った。彼女は、古文書や暗号の知識に長けており、信玄が用いるであろう暗号の仕組みを推測した。

 おふうもまた、祖父から教わった古くからの言い伝えや、地方の伝承などを思い出し、暗号の解読に協力した。

 夜が明ける頃には、歌集に隠された暗号の多くが解読された。それは、日本各地の神社仏閣の名称と、そこに隠された「楔」の種類を示すものだった。

「比叡山延暦寺……伊勢神宮……熊野古道……。この国の、霊的な繋がりを持つ場所ばかりだ」

 小太郎は、驚きを隠せない。
信玄の秘策は、単なる武力による天下統一ではない。それは、この国の根源にある霊的な力を操り、戦乱の気を鎮めるための、壮大な計画なのだ。

 千代女は、深く息を吐きながら言った。
「信玄公は、戦乱の世を終わらせるために、この国の『魂』を救済しようとしておられるのです。かつて、この国は、自然の摂理と人の営みが調和し、霊的な力が満ちておりました。しかし、戦乱によってその繋がりが断ち切られ、人々の心も荒んでしまった」

 小太郎は、信玄の深い思惑に触れ、畏敬の念を抱いた。信玄が、自らの「死」を偽装し、あえて「謀反人」の汚名を甘んじたのは、この壮大な計画を、誰にも知られることなく進めるためだったのだ。

 おふうは、静かに言った。
「あたしの祖父が探していた『武田の闇』も、この『楔』と関係があるのかもしれません。祖父は、信玄公の真の志を信じていたはず……」

 おふうの言葉は、小太郎に、土岐十蔵の無念を晴らすための新たな道を示した。
武田家の「闇」が、この信玄の秘策とどう関わっているのか、その謎はまだ解明されていない。しかし、その答えが、この「楔」の中にあるのかもしれない。

 小太郎は、歌集に示された最初の「楔」の場所を確認した。それは、かつて信長によって焼き討ちされた、比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)の跡地だった。

「比叡山延暦寺……。信長様が、仏敵として焼き討ちした場所……」

 小太郎の胸に、複雑な感情が去来した。信長が、その革新的な思想で既存の秩序を破壊する一方で、信玄は、古き良き日本の霊的な繋がりを回復しようとしている。二人の天下人の思想が、まさにこの「楔」の場所で交錯しているのだ。

「比叡山へ向かいます。そこに、信玄公の真の願いが隠されているはず」

 小太郎は、固い決意を胸に、立ち上がった。千代女とおふうもまた、小太郎の決意に静かに頷いた。

 しかし、彼らの行く手には、新たな危険が待ち受けている。明智光秀は、小太郎たちが真の歌集を手に入れたことを知れば、比叡山へと先回りし、さらなる罠を仕掛けてくるだろう。京の都は、信長の影が深く、そして光秀の策略が網の目のように張り巡らされている。
小太郎の旅は、いよいよ信玄の秘策の核心へと迫っていく。

 この「楔」の先に、どのような真実が隠されているのか。戦国の都で繰り広げられる、知略の戦いは、さらに激しさを増していく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

九州のイチモツ 立花宗茂

三井 寿
歴史・時代
 豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。  義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。  下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。  大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。  女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。  だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。  その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。  島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。  その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。    

日本国破産?そんなことはない、財政拡大・ICTを駆使して再生プロジェクトだ!

黄昏人
SF
日本国政府の借金は1010兆円あり、GDP550兆円の約2倍でやばいと言いますね。でも所有している金融性の資産(固定資産控除)を除くとその借金は560兆円です。また、日本国の子会社である日銀が460兆円の国債、すなわち日本政府の借金を背負っています。まあ、言ってみれば奥さんに借りているようなもので、その国債の利子は結局日本政府に返ってきます。え、それなら別にやばくないじゃん、と思うでしょう。 でもやっぱりやばいのよね。政府の予算(2018年度)では98兆円の予算のうち収入は64兆円たらずで、34兆円がまた借金なのです。だから、今はあまりやばくないけど、このままいけばドボンになると思うな。 この物語は、このドツボに嵌まったような日本の財政をどうするか、中身のない頭で考えてみたものです。だから、異世界も超能力も出てきませんし、超天才も出現しません。でも、大変にボジティブなものにするつもりですので、楽しんで頂ければ幸いです。

処理中です...