【完結】『謀反人の汚名を着た武田信玄 ~残された秘策と隠された忠義~』

月影 朔

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第三章:京洛の蜘蛛巣

第四十八話:古寺の攻防

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 おふうの機転と綾小路満子の覚悟によって、明智光秀は偽の歌集の情報を掴み、その目を欺くことに成功した。

 光秀の配下は、満子が告げた偽の場所へと急行し、京の都は一時的に小太郎たちの追跡から解放されたかに見えた。

 しかし、この束の間の平穏は、新たな戦いの前触れに過ぎなかった。

「満子様は、今頃どうしておられるだろうか……」

 小太郎は、隠れ家として身を潜めた古寺の片隅で、満子の身を案じていた。彼女が光秀の尋問に耐え、偽の情報を告げてくれたことに、小太郎は感謝の念と、そして深い責任を感じていた。

 千代女は、小太郎の不安を察し、静かに言った。
「満子様は、信玄公の御心に報いるため、己の身を賭されました。我々も、その覚悟に応えねばなりません」

 おふうもまた、真剣な眼差しで小太郎を見つめていた。彼女の祖父、土岐十蔵の無念を晴らすためにも、満子の犠牲を無駄にするわけにはいかない。

 光秀の目が偽の歌集に向かっている今こそが、満子を救い出す好機だと小太郎は判断した。小太郎たちは、満子が監禁されていると思われる場所を特定するため、京の地下に潜む千代女の諜報網を駆使した。

 すると、光秀の配下が、満子を京の郊外にある古寺に連行したという情報がもたらされた。

「古寺……。そこが、光秀の尋問の場か」
 小太郎は、即座に行動を起こすことを決意した。

 古寺は、かつての栄華を失い、廃墟と化したような場所だった。
苔むした石段が、鬱蒼とした木々に囲まれた本堂へと続く。あたりは静まり返り、風の音だけが、寂しげに響いていた。

 小太郎たちは、夜闇に紛れて古寺へと向かった。古寺の周囲には、光秀配下の忍びたちが厳重な警戒を敷いている。
彼らは、決して油断することなく、古寺のあらゆる方向から侵入者に目を光らせていた。

「警戒は厳重だが、数はそれほど多くない。光秀の主力が偽の歌集に向かっている証拠だ」

 千代女は、そう言って、忍びたちの配置を小太郎に伝えた。小太郎は、千代女の情報に基づき、侵入経路を決定した。

 小太郎たちは、音を立てぬよう、慎重に古寺の敷地内へと足を踏み入れた。小太郎は、まず、見張りの忍びを一人ずつ、確実に無力化していった。

 彼の動きは、闇に溶け込むように滑らかで、ほとんど気配を感じさせない。千代女は、小太郎の背後を固め、おふうは、万が一の事態に備え、薬草の煙玉を構えていた。

 古寺の本堂に近づくと、中からかすかな話し声が聞こえてきた。

 小太郎は、障子の隙間から中を覗いた。そこには、満子が縄で縛られ、座らされている。その前には、数名の忍びが満子を取り囲み、冷酷な目で尋問を続けていた。

「信玄の歌集は、どこにある!真実を申せ!」

 忍びの一人が、満子の顔に、嘲るような笑みを浮かべて迫る。満子の顔は、疲労困憊しているが、その瞳には、毅然とした光が宿っていた。

「わたくしは、存じ上げません……。歌集は、この古寺の裏手の竹林に隠されておりますゆえ……」

 満子は、苦しげに答えた。彼女は、おふうから教えられた偽の情報を、必死に告げているのだ。

 小太郎は、その隙を見計らい、本堂の入り口を蹴破った。
「満子様!お待たせいたしました!」

 突然の闖入者に、光秀配下の忍びたちは、驚きに目を見開いた。

 小太郎は、刀を抜き、一気に忍びたちに斬りかかった。千代女もおふうも、小太郎に続いて本堂へと飛び込み、応戦する。

 古寺の本堂は、瞬く間に激しい戦場と化した。小太郎は、信玄から教わった剣術と、これまでの旅で培ってきた実戦経験を活かし、忍びたちを次々と打ち倒していく。
彼の動きは、迅速かつ正確で、無駄がない。

 千代女は、くノ一としての卓越した技を駆使し、忍びたちを翻弄する。
彼女の身のこなしは、蝶のように舞い、その刃は、狙った獲物を確実に捉える。

 おふうもまた、薬草の知識を活かし、忍びたちの視界を奪う煙玉や、動きを鈍らせる痺れ薬を巧みに使い、小太郎と千代女を援護した。

 しかし、光秀配下の忍びたちは、数の上で優位に立っていた。彼らは、次々と増援を送り込み、小太郎たちを囲もうとする。

 小太郎は、満子を救い出すため、必死に戦い続けた。彼の身体は、次第に疲労で重くなり、動きが鈍り始める。

 その時、満子が、縛られた縄を自力で解き、小太郎のもとへと駆け寄った。彼女の手には、信玄の歌集が握られている。

「小太郎様!これをお渡しします!」

 満子は、そう言って、歌集を小太郎に差し出した。その瞳には、切なる願いが込められている。

「これは……」

 小太郎は、満子の手にある歌集に驚いた。それは、綾小路家の屋敷で、満子から託されたはずの、信玄の真筆の歌集だった。光秀が偽の歌集に踊らされている間に、満子は、真の歌集を隠し持っていたのだ。

「光秀殿は、わたくしが歌集を隠していると信じ込んでおりました。偽の歌集の場所を教えた後も、真の歌集を懐に隠し持っておりましたゆえ……」

 満子は、そう言って、かすかに微笑んだ。彼女は、光秀を欺き、真の歌集を守り通したのだ。

 小太郎は、歌集を手に取り、満子に感謝の言葉を述べた。しかし、その瞬間、背後から忍びの一人が斬りかかってきた。小太郎は、間一髪でその攻撃をかわし、刀で応戦した。

「小太郎様!脱出の道を!」

 千代女の叫びに、小太郎は頷いた。真の歌集を手に入れた今、これ以上ここに留まる意味はない。

 小太郎たちは、古寺の奥へと駆け出した。そこには、古びた裏門があり、その先には、鬱蒼とした竹林が広がっている。
小太郎は、刀で門の閂を叩き壊し、竹林の中へと飛び込んだ。千代女とおふう、そして満子も、小太郎に続いて竹林へと入った。

 竹林の中は、昼間でも薄暗く、複雑に入り組んだ道が続いている。小太郎たちは、竹林の地形を熟知しているかのように、迷うことなく奥へと進んだ。
光秀配下の忍びたちは、竹林の中での追跡に苦戦し、小太郎たちとの距離が次第に開いていった。

 小太郎は、満子から託された歌集を強く握りしめた。この歌集には、信玄の秘策の核心に繋がる暗号が隠されている。
そして、その暗号を解き明かすことが、満子を救い、光秀の罠を打ち破るための、唯一の道だった。

 古寺の攻防を乗り越え、真の歌集を手に入れた小太郎たち。しかし、光秀は、小太郎たちが真の歌集を手に入れたことを知れば、さらに執拗な追跡を仕掛けてくるだろう。

 京の都は、依然として信長の影が深く、そして光秀の策略が網の目のように張り巡らされている。

 小太郎の旅は、さらなる危険な局面へと突入していく。
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