【完結】『謀反人の汚名を着た武田信玄 ~残された秘策と隠された忠義~』

月影 朔

文字の大きさ
47 / 143
第三章:京洛の蜘蛛巣

第四十七話:おふうの機転

しおりを挟む
 明智光秀の周到な罠を辛くも逃れた小太郎たちは、京の街を奔走していた。

 長屋から脱出したものの、光秀配下の忍びたちが網の目のように張り巡らされた都で、身を隠す場所を見つけるのは容易ではない。

 綾小路満子から託された信玄の歌集は、秘策の核心に迫る重要な手掛かりだが、それが故に光秀もまた、血眼になって小太郎たちを追っている。

「光秀め……まさか、これほどまでに執拗に追ってくるとは」

 小太郎は、路地裏に身を潜めながら、悔しげに呟いた。京の都は、信長の支配が強く、光秀の権力が隅々まで及んでいることを改めて実感させられた。

 千代女は、冷静な声で言った。
「光秀殿は、信玄公の生存を確信しているのでしょう。そして、その秘策が、信長様にとって脅威となることを察している。だからこそ、これほどまでに警戒を強めているのです」

 おふうは、息を整えながら、警戒の目を周囲に向けていた。彼女の祖父、土岐十蔵の無念を晴らすという使命が、彼女を奮い立たせていた。

「このままでは、埒が明きません。光秀の目を欺き、満子様を救う策を練る必要があります」

 小太郎は、そう言って、頭を悩ませた。しかし、光秀の罠は巧妙だ。正面からぶつかっても、勝機は見えない。

 その時、おふうが、何かを思いついたように、顔を上げた。

「小太郎様、千代女様!あたしに、一つ考えがございます!」

 おふうの言葉に、小太郎と千代女は顔を見合わせた。おふうは、これまで小太郎たちの危機を救ってきた、機転の利く娘だ。彼女の言葉には、不思議な説得力があった。

「満子様は、今、綾小路家の屋敷で、光秀の手の者に監視されているはず。光秀は、満子様を餌にして、小太郎様たちをおびき出そうとしているのでしょう」

 おふうは、そう言って、慎重に言葉を選んだ。

「ならば、その餌を逆手に取るのです。光秀が用意した『偽の歌集』を利用して、光秀の目を欺くのです」

 おふうの言葉に、小太郎と千代女はハッとした。光秀が、偽の歌集を用意して、小太郎たちを誘い出そうとしていたという千代女の推測を、おふうは逆手に取ろうとしているのだ。

「どういうことだ、おふう?」

 小太郎が問いかけると、おふうは、その瞳を輝かせながら、自身の考えを述べ始めた。

「光秀は、小太郎様が綾小路満子様から歌集を受け取ったと信じております。ですが、もし、その歌集が偽物であったとすれば……そして、真の歌集は、別の場所に隠されていると光秀に思わせることができれば……」

 おふうの言葉に、小太郎と千代女の顔に、驚きと、そして納得の表情が浮かんだ。

「なるほど……。我々が偽の歌集を手に入れたと光秀に思わせ、真の歌集を別の場所に移したと誤認させる。そして、その偽の歌集をわざと奪わせることで、光秀の追跡の目を逸らすか!」

 小太郎は、そう言って、おふうの機転に感嘆した。これは、信玄の「水鏡の計」にも通じる、敵の心に映る己の姿を利用する、巧妙な策だ。

 千代女は、おふうの策をさらに具体化した。

「光秀殿は、必ずや満子様を尋問し、歌集のありかを探るでしょう。そこで、満子様に、偽の歌集がある場所を偽って告げさせるのです」

「だが、満子様が、そのような危険な役目を引き受けてくださるだろうか……」

 小太郎は、満子の身を案じた。彼女は、戦とは無縁の公家の姫君だ。このような危険な謀略に巻き込むことには、気が引けた。

 おふうは、小太郎の不安を察し、静かに言った。

「満子様は、信玄公の真の御心を信じておられます。あたしが、満子様にこの策を伝え、協力を仰ぎましょう。あたしには、満子様の心の奥底に、祖父君への深い思いが隠されているのが見えます。きっと、協力を惜しまないはずです」

 おふうの言葉には、確かな自信が込められていた。彼女は、薬草の知識だけでなく、人の心の機微を読み解く力にも長けているのだ。

 その夜、小太郎たちは、おふうを綾小路家の屋敷へと送り込んだ。屋敷の周囲には、光秀配下の忍びたちが厳重な警戒を敷いている。しかし、おふうは、薬草の知識を活かし、忍びたちを惑わすための煙玉を用意していた。

 おふうは、闇に紛れて屋敷に忍び込み、満子と接触した。おふうは、満子に、信玄の秘策の真の意味、そして、光秀の罠について説明した。そして、偽の歌集の場所を偽って告げるという、危険な役目を懇願した。

 満子は、最初は躊躇したが、おふうの言葉に、祖父の信玄への思いが蘇った。そして、信玄が、この乱世に真の平和をもたらそうとしているという、小太郎の言葉を思い出した。彼女は、決意を固めた。

「わかりました。この満子、信玄公の御心に報いるため、そしてこの国の未来のため、この身を賭して、おふう殿に協力いたしましょう」

 満子の言葉に、おふうは深く頭を下げた。

 翌朝、綾小路家の屋敷から、一人の女性が連行されていく姿が、京の都の片隅で目撃された。それは、綾小路満子だった。彼女は、光秀配下の忍びたちに囲まれ、その顔には、怯えの色が浮かんでいた。

 しかし、その瞳の奥には、確固たる意志の光が宿っているのを、小太郎は遠くから見て取った。

 光秀は、満子を捕らえ、信玄の歌集のありかを尋問するだろう。そして、満子が告げる「偽の歌集」の場所へと、光秀の手の者が向かうはずだ。

「よし……これで、光秀の目を欺くことができる」

 小太郎は、そう呟いた。彼の顔には、安堵と、そして次の行動への決意が浮かんでいた。

 千代女は、京の地下に張り巡らされた自身の諜報網を駆使し、光秀の動きを逐一監視した。光秀は、満子から得た偽の情報に踊らされ、京の各地を奔走するだろう。

 その隙に、小太郎たちは、満子を救出し、信玄の歌集に隠された暗号の真の意味を解き明かし、信玄の秘策を成就させなければならない。

 京の都は、信長の影が深く、そして光秀の策略が網の目のように張り巡らされている。しかし、小太郎には、千代女とおふうという、心強い仲間がいる。

 彼らは、互いの知恵と力を合わせ、光秀の罠を潜り抜け、信玄の秘策を成就させることができるだろうか。

 戦国の都で繰り広げられる、知略の戦いは、いよいよ佳境へと入っていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

九州のイチモツ 立花宗茂

三井 寿
歴史・時代
 豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。  義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。  下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。  大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。  女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。  だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。  その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。  島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。  その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。    

異聞坊ノ岬沖海戦      此れは特攻作戦に非ず

みにみ
歴史・時代
1945年4月 米軍が沖縄へと上陸 日吉台は菊水一号作戦発令 第一航空戦隊旗艦大和率いる第二艦隊は全兵力をもって これを迎撃せんとす 基地航空隊との協力を持ってこれを撃滅せよ

処理中です...