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第五章:風前の灯火
第九十一話:最後の砦へ
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千代女と望月衆の登場は、小太郎にとって、まさに絶望の中の光であった。
窮地を救われた安堵と、再会の喜びが入り混じり、彼の心に新たな活力が漲った。
祠の中では、黒百合組に捕らえられていた武田の隠密たちが、千代女たちの手によって次々と解放されていた。
彼らは皆、傷つき疲弊していたが、千代女の姿を見て、希望の光が宿った。
「小太郎様、おふう殿は?」
千代女が、解放された隠密たちを望月衆に任せ、小太郎に尋ねた。
彼女は、小太郎の傍らにフロイスの姿がないことに気づいていたのだ。
小太郎は、苦渋の表情で、おふうを寺に預けたこと、そして彼女の容態が悪化していることを千代女に告げた。千代女の顔に、一瞬だけ悲しみの色がよぎったが、すぐにプロのくノ一の顔に戻った。
「承知いたしました。今は、信玄公の御許に辿り着くことが最優先。おふう殿のことは、私が必ずや手立てを尽くしましょう」
千代女の言葉に、小太郎は深く頷いた。彼女の言葉は、小太郎の心に、わずかながらも安心を与えた。
解放された隠密たちから、信玄が現在身を寄せている場所についての情報が得られた。それは、甲斐の奥深く、人里離れた山中に築かれた、わずかな者しか知らぬ「隠れ庵」と呼ばれる場所だった。信玄は、そこで自身の病を癒し、来るべき時に備えていたのだ。
「隠れ庵……。信玄公は、そこにおられたのか」
小太郎は、そう呟いた。信玄が、病身ながらも、この乱世の行く末を見据え、虎視眈々と好機を伺っていたことに、改めて敬意を抱いた。
同時に、裏切り者である穴山梅雪が、その隠れ庵の存在を知っていたのかどうかが気になった。もし知っていたとすれば、信玄は二重三重の警戒を敷いているはずだ。
「しかし、隠れ庵への道は、険しい山岳地帯を越えねばなりませぬ。しかも、すでに織田軍の斥候が、甲斐の奥深くまで入り込んでおります」
望月衆の一人が、報告した。
長篠の戦いで武田軍を壊滅させた信長は、もはや武田を完全に滅ぼすべく、全力を挙げていた。信玄の隠れ庵は、まさに風前の灯火、最後の砦と化していたのだ。
「構わぬ。信玄公の御許へ、必ずや辿り着いてみせる」
小太郎の瞳には、強い決意の光が宿っていた。彼は、信玄から託された使命を果たすため、そして、おふうの願いを叶えるため、決して諦めるわけにはいかなかった。
小太郎、千代女、そして望月衆の精鋭たちは、祠を後にし、隠れ庵を目指してさらに山奥へと進んだ。道は次第に険しくなり、岩肌が剥き出しになった崖や、深い谷が彼らの行く手を阻む。しかし、望月衆は、くノ一としての卓越した身体能力と、山岳地を熟知した知識で、難なく進んでいく。
小太郎もまた、これまで培ってきた体力と精神力で、彼女たちに食らいついた。
道中、彼らは、幾度か織田の斥候と遭遇した。しかし、望月衆の巧みな隠密行動と、千代女の指揮のもと、彼らは敵に気づかれることなくやり過ごしたり、あるいは音もなく排除したりした。
黒百合組の刺客も、依然として彼らの後を追っている気配があったが、望月衆の警戒網を破ることはできなかった。
日が傾き、夜の帳が降り始める頃、彼らは、深い森の中にひっそりと佇む一軒の庵を見つけた。周囲は自然の要塞となっており、容易には近づけないようになっている。ここが、信玄の最後の砦、隠れ庵だった。
「信玄公……」
小太郎は、庵を見上げ、胸にこみ上げてくるものを抑えきれなかった。ようやく、ここまで辿り着いた。
千代女が、庵の入り口に近づき、独特の合図を送った。しばらくすると、扉がわずかに開き、中から一人の老武者が顔を覗かせた。彼は、信玄に長年仕える近習であり、小太郎の顔を見ると、安堵と驚きの表情を浮かべた。
「小太郎殿!まさか、この地まで……」
老武者は、小太郎たちを中に招き入れた。庵の中は、質素ながらも清潔に保たれており、ほのかな香が漂っていた。奥の部屋から、かすかな咳払いが聞こえてくる。
「信玄公にお目通りが叶いますか?」
小太郎は、老武者に尋ねた。
「うむ。信玄公は、お主の到着を、心待ちにしておられましたぞ」
老武者は、そう言って、奥の部屋の襖を開けた。小太郎は、深く息を吸い込み、その部屋へと足を踏み入れた。
そこにいたのは、予想以上に痩せ細った信玄の姿であった。しかし、その瞳には、かつてと変わらぬ、いや、それ以上に強い光が宿っていた。
信玄は、小太郎の姿を見ると、静かに、そして力強く頷いた。
「小太郎……よくぞ、ここまで辿り着いた」
信玄の声は、病によってかすれていたが、その言葉には、武田の魂を背負う者としての重みが感じられた。小太郎は、信玄の前にひざまずき、深く頭を下げた。
「信玄公……!この小太郎、お命に背き、ここに参上いたしました!」
小太郎の心には、おふうの願い、高坂昌信の犠牲、そして穴山梅雪の裏切りという、これまでの旅で背負ってきた全てが去来した。信玄は、小太郎の顔をじっと見つめ、その目に宿る成長と覚悟を見定めていた。
信玄の「秘策」を伝える時が、今、まさに訪れようとしていた。
窮地を救われた安堵と、再会の喜びが入り混じり、彼の心に新たな活力が漲った。
祠の中では、黒百合組に捕らえられていた武田の隠密たちが、千代女たちの手によって次々と解放されていた。
彼らは皆、傷つき疲弊していたが、千代女の姿を見て、希望の光が宿った。
「小太郎様、おふう殿は?」
千代女が、解放された隠密たちを望月衆に任せ、小太郎に尋ねた。
彼女は、小太郎の傍らにフロイスの姿がないことに気づいていたのだ。
小太郎は、苦渋の表情で、おふうを寺に預けたこと、そして彼女の容態が悪化していることを千代女に告げた。千代女の顔に、一瞬だけ悲しみの色がよぎったが、すぐにプロのくノ一の顔に戻った。
「承知いたしました。今は、信玄公の御許に辿り着くことが最優先。おふう殿のことは、私が必ずや手立てを尽くしましょう」
千代女の言葉に、小太郎は深く頷いた。彼女の言葉は、小太郎の心に、わずかながらも安心を与えた。
解放された隠密たちから、信玄が現在身を寄せている場所についての情報が得られた。それは、甲斐の奥深く、人里離れた山中に築かれた、わずかな者しか知らぬ「隠れ庵」と呼ばれる場所だった。信玄は、そこで自身の病を癒し、来るべき時に備えていたのだ。
「隠れ庵……。信玄公は、そこにおられたのか」
小太郎は、そう呟いた。信玄が、病身ながらも、この乱世の行く末を見据え、虎視眈々と好機を伺っていたことに、改めて敬意を抱いた。
同時に、裏切り者である穴山梅雪が、その隠れ庵の存在を知っていたのかどうかが気になった。もし知っていたとすれば、信玄は二重三重の警戒を敷いているはずだ。
「しかし、隠れ庵への道は、険しい山岳地帯を越えねばなりませぬ。しかも、すでに織田軍の斥候が、甲斐の奥深くまで入り込んでおります」
望月衆の一人が、報告した。
長篠の戦いで武田軍を壊滅させた信長は、もはや武田を完全に滅ぼすべく、全力を挙げていた。信玄の隠れ庵は、まさに風前の灯火、最後の砦と化していたのだ。
「構わぬ。信玄公の御許へ、必ずや辿り着いてみせる」
小太郎の瞳には、強い決意の光が宿っていた。彼は、信玄から託された使命を果たすため、そして、おふうの願いを叶えるため、決して諦めるわけにはいかなかった。
小太郎、千代女、そして望月衆の精鋭たちは、祠を後にし、隠れ庵を目指してさらに山奥へと進んだ。道は次第に険しくなり、岩肌が剥き出しになった崖や、深い谷が彼らの行く手を阻む。しかし、望月衆は、くノ一としての卓越した身体能力と、山岳地を熟知した知識で、難なく進んでいく。
小太郎もまた、これまで培ってきた体力と精神力で、彼女たちに食らいついた。
道中、彼らは、幾度か織田の斥候と遭遇した。しかし、望月衆の巧みな隠密行動と、千代女の指揮のもと、彼らは敵に気づかれることなくやり過ごしたり、あるいは音もなく排除したりした。
黒百合組の刺客も、依然として彼らの後を追っている気配があったが、望月衆の警戒網を破ることはできなかった。
日が傾き、夜の帳が降り始める頃、彼らは、深い森の中にひっそりと佇む一軒の庵を見つけた。周囲は自然の要塞となっており、容易には近づけないようになっている。ここが、信玄の最後の砦、隠れ庵だった。
「信玄公……」
小太郎は、庵を見上げ、胸にこみ上げてくるものを抑えきれなかった。ようやく、ここまで辿り着いた。
千代女が、庵の入り口に近づき、独特の合図を送った。しばらくすると、扉がわずかに開き、中から一人の老武者が顔を覗かせた。彼は、信玄に長年仕える近習であり、小太郎の顔を見ると、安堵と驚きの表情を浮かべた。
「小太郎殿!まさか、この地まで……」
老武者は、小太郎たちを中に招き入れた。庵の中は、質素ながらも清潔に保たれており、ほのかな香が漂っていた。奥の部屋から、かすかな咳払いが聞こえてくる。
「信玄公にお目通りが叶いますか?」
小太郎は、老武者に尋ねた。
「うむ。信玄公は、お主の到着を、心待ちにしておられましたぞ」
老武者は、そう言って、奥の部屋の襖を開けた。小太郎は、深く息を吸い込み、その部屋へと足を踏み入れた。
そこにいたのは、予想以上に痩せ細った信玄の姿であった。しかし、その瞳には、かつてと変わらぬ、いや、それ以上に強い光が宿っていた。
信玄は、小太郎の姿を見ると、静かに、そして力強く頷いた。
「小太郎……よくぞ、ここまで辿り着いた」
信玄の声は、病によってかすれていたが、その言葉には、武田の魂を背負う者としての重みが感じられた。小太郎は、信玄の前にひざまずき、深く頭を下げた。
「信玄公……!この小太郎、お命に背き、ここに参上いたしました!」
小太郎の心には、おふうの願い、高坂昌信の犠牲、そして穴山梅雪の裏切りという、これまでの旅で背負ってきた全てが去来した。信玄は、小太郎の顔をじっと見つめ、その目に宿る成長と覚悟を見定めていた。
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