【完結】『謀反人の汚名を着た武田信玄 ~残された秘策と隠された忠義~』

月影 朔

文字の大きさ
116 / 143
第七章:本能寺炎上と虎の遺志

第百十六話:鳴海伊賀衆の服部半蔵

しおりを挟む
 信玄の死を悼み、その遺志を胸に刻んだ小太郎が、家康の前に控えていた。

 その隣には、顔を黒い布で覆い、忍び装束に身を包んだ、もう一人の男が静かに立っている。
その男こそ、天下の逆臣として歴史に名を刻むことになった、明智光秀その人であった。彼は今、服部半蔵と名を変え、新たな生を歩み始める。

 家康は、光秀にゆっくりと視線を向けた。信玄から託された計画の、最も重要な駒の一つが、今ここにいる。家康の表情は、冷静そのものだったが、その瞳の奥には、信玄の深謀遠慮に対する畏敬の念が宿っていた。

 家康は、光秀がここにいる意味を、信玄との対面で既に理解していた。信玄は、光秀を「服部半蔵」として家康に引き合わせ、その才を新たな世のために活かすよう説いていたのだ。

「面を上げよ、服部半蔵」

 家康の声は、かつての主君である信長を討った男に対する、いかなる感情も含まない、静かな響きを持っていた。光秀は、深く頭を下げた。

「は、家康様。これよりは、服部半蔵と名乗り、家康様にお仕えいたしまする」

 光秀の声は、わずかに震えていた。長年仕えた主君を討ち、自らの名を捨て、新たな人生を歩む。その覚悟は並大抵のものではなかった。しかし、信玄の「和の世」という大義、そして家康の器量を信じ、彼はこの道を選んだのだ。

 家康は、満足そうに頷いた。
「信玄様より、そなたの才覚と覚悟について、詳しく伺っておる。そなたには、鳴海伊賀衆の頭領を任じる。彼らを率い、わしの天下取りを支え、そしてその後の泰平の世の礎を築くことに、力を尽くしてもらいたい」

 家康の言葉に、光秀の顔にわずかな動揺が走った。鳴海伊賀衆は、小太郎が長年率いてきた精鋭の忍び衆である。その頭領を自分が拝命するとは。しかし、それこそが信玄の定めた筋書きであり、光秀がその役割を担うべき理由があった。

 その時、小太郎が前に進み出た。

「家康様。信玄様の遺命に従い、この小太郎、長年率いてまいりました鳴海伊賀衆の頭領の座を、服部半蔵殿にお引き継ぎいたしまする。これより鳴海伊賀衆は、半蔵殿を新たな頭領とし、その指揮の下、家康様にお仕えいたします」

 小太郎は、深々と頭を下げた。鳴海伊賀衆との関係が変わることへの寂しさはあったが、信玄様の命は絶対だった。信玄様が家康に託した未来を、自分たち全員で支えていくための、不可欠な道筋なのだ。

 家康は、小太郎の覚悟に満ちた表情を見て、静かに頷いた。

「小太郎、そなたには、引き続き鳴海伊賀衆の一員として、半蔵を助け、わし直属の忍びとして、わが徳川家の未来を、そして信玄様が目指した泰平の世を見届ける役目を命じる。そなたの才と、経験は、これから先の道において、不可欠なものとなるであろう」

 小太郎は、感涙にむせびそうになるのをこらえ、家康の言葉を心に刻んだ。信玄様が最後に命じた「家康の国づくりを最後まで支えて見届ける」という大命を果たすため、小太郎は新たな役割を受け入れた。

 こうして、歴史の表舞台から姿を消した明智光秀は、服部半蔵として徳川家康の影となり、鳴海伊賀衆を率いて、新たな時代を築くための裏方に徹することとなった。

 小太郎は、鳴海伊賀衆の一員として、その半蔵(光秀)を支え、家康の最も信頼できる腹心として、新しい世の動向を見守ることになる。

 徳川家康の足元に、信玄の残した二つの大きな柱が据えられた瞬間であった。一つは、服部半蔵(光秀)が新たな頭領となった鳴海伊賀衆という、天下を裏から動かす強大な情報網と実行部隊。
もう一つは、小太郎という、信玄の遺志を最も深く理解し、家康の国づくりを支え、泰平の世を見届ける者。

 歴史は、今、信長の死という大きな転換点を経て、信玄が描いた壮大な物語の、新たな章へと突入していく。

 そして、その全ては、二百年続く泰平の世、すなわち江戸幕府の礎となるのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

九州のイチモツ 立花宗茂

三井 寿
歴史・時代
 豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。  義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。  下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。  大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。  女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。  だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。  その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。  島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。  その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。    

異聞坊ノ岬沖海戦      此れは特攻作戦に非ず

みにみ
歴史・時代
1945年4月 米軍が沖縄へと上陸 日吉台は菊水一号作戦発令 第一航空戦隊旗艦大和率いる第二艦隊は全兵力をもって これを迎撃せんとす 基地航空隊との協力を持ってこれを撃滅せよ

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

処理中です...