【完結】『謀反人の汚名を着た武田信玄 ~残された秘策と隠された忠義~』

月影 朔

文字の大きさ
137 / 143
第九章:風林火山、泰平の礎

第百三十七話:服部半蔵(光秀)の戦後

しおりを挟む
 関ヶ原の戦いが徳川家康の歴史的な大勝利に終わり、戦場の混乱が収束へと向かう中、家康は本陣で今後の天下の統治と、論功行賞(ろんこうこうしょう)について、重臣たちと議論を重ねていた。
その場には、小太郎と共に、服部半蔵(光秀)の姿もあった。

 半蔵は、戦場では鳴海伊賀衆を率いて、西軍の補給路の攪乱や、敵の背後への奇襲など、遊軍として多大な功績を上げていた。

 特に、小早川秀秋が寝返った際、彼が松尾山の地形を熟知していたことが、東軍の攻勢をより効果的にする上で役立った。
かつて明智光秀として培った、軍事的な知識と、戦場全体を見渡す広い視野は、服部半蔵としての彼を、家康にとって不可欠な存在にしていた。

「半蔵、そなたの働き、見事であった。伊賀衆の功績も計り知れない」

 家康は、半蔵に静かに語りかけた。
その言葉には、偽りのない称賛の念が込められていた。家康は、半蔵の過去を知りながらも、その能力と忠誠心に深く信頼を置いていた。

「もったいないお言葉にございます、殿。これも偏に、殿の御威光と、信玄公の深謀あってこそにございます」

 半蔵は、深々と頭を下げた。彼の声は、常に冷静であり、感情を表に出すことは少なかった。しかし、その内心では、深い感慨が渦巻いていた。

 彼の脳裏には、かつて明智光秀として、織田信長を討ったあの日が鮮明に蘇っていた。あの時、彼は「新しい世」を夢見て、天下を掴もうとした。しかし、その夢は儚く散り、彼は「明智光秀」という名を捨て、闇の中で生きることを選んだ。

 その後、服部半蔵として徳川家康に仕え、信玄の遺志を継ぐ家康の「天下統一」という大願に寄り添ってきた。それは、かつての自分には想像もできなかった道であった。

 だが、信玄が目指した「泰平の世」という理想は、光秀自身が求めていた「民が安んじて暮らせる世」と、本質的に同じであったことに気付かされたのだ。

「半蔵、そなたには今後も、この徳川の世を守るために、その才を尽くしてもらいたい。特に、裏の仕事、情報の収集、そして国を揺るがす動きを見張る役目は、そなた以外には任せられぬ」

 家康は、半蔵に新たな役目を与えた。それは、表舞台に立つことはなくとも、徳川の世の安定を根底から支える、極めて重要な役割であった。

「ははっ。この半蔵、殿の命とあらば、いかなる困難も乗り越え、忠勤に励む所存にございます」

 半蔵の答えには、揺るぎない覚悟が込められていた。彼は、過去を胸に秘めながらも、新たな主君のもとで泰平の世の実現に尽力することを誓ったのだ。

 彼の顔には、かつての苦悩の影は消え、代わりに、未来を見据える静かな決意が浮かんでいた。

 光秀としての知識や人脈は、これからも彼の強みとなるだろう。
秀吉政権下で培った情報収集の術、そしてかつて築き上げた人脈は、徳川の世の情報網を強化し、潜在的な脅威から国を守る上で、計り知れない価値を持つはずであった。

 その夜、半蔵は、人知れず関ヶ原の戦場を訪れた。
まだ残る血の匂いと、無数の屍。その光景は、戦乱の時代の終焉を物語っていた。彼は静かに目を閉じ、そして、かつて「明智光秀」として生きた自分に別れを告げた。

「信長様、そして秀吉殿。あなた方が築こうとした世は、力と権力による統一の世であった。しかし、信玄公が目指した、そして家康公が実現せんとする世は、民の安寧を第一とする泰平の世。この道のほうが、遥かに長く続くであろう」

 彼は、心の中で静かに呟いた。
光秀としての業は、確かに存在した。しかし、その業は、泰平の世へと続く道を切り開くための、避けられぬものであったのだと、半蔵は今、信じることができた。

 服部半蔵としての新たな人生が、ここ関ヶ原で、本格的に始まった。
彼は、影の存在として、徳川の世を裏から支え、信玄が夢見た「戦乱のない世」の実現に尽力していくことを、自らに誓った。

 彼の瞳は、闇の中でも、静かに、そして力強く光っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

日本国破産?そんなことはない、財政拡大・ICTを駆使して再生プロジェクトだ!

黄昏人
SF
日本国政府の借金は1010兆円あり、GDP550兆円の約2倍でやばいと言いますね。でも所有している金融性の資産(固定資産控除)を除くとその借金は560兆円です。また、日本国の子会社である日銀が460兆円の国債、すなわち日本政府の借金を背負っています。まあ、言ってみれば奥さんに借りているようなもので、その国債の利子は結局日本政府に返ってきます。え、それなら別にやばくないじゃん、と思うでしょう。 でもやっぱりやばいのよね。政府の予算(2018年度)では98兆円の予算のうち収入は64兆円たらずで、34兆円がまた借金なのです。だから、今はあまりやばくないけど、このままいけばドボンになると思うな。 この物語は、このドツボに嵌まったような日本の財政をどうするか、中身のない頭で考えてみたものです。だから、異世界も超能力も出てきませんし、超天才も出現しません。でも、大変にボジティブなものにするつもりですので、楽しんで頂ければ幸いです。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
ファンタジー
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

処理中です...