【完結】『からくり長屋の事件帖 ~変わり発明家甚兵衛と江戸人情お助け娘お絹~』

月影 朔

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第四部:大団円 ~からくりと人情が結ぶ未来~

第四十六話:大店(おおだな)の闇

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 信号傍受からくりが示した場所…川沿いの古びた大店の建物前に、甚兵衛とお絹は身を潜めていた。夜の闇が辺りを覆い、通りを行き交う人も少ない。大店は、昼間は商いを営んでいるだろうが、今はひっそりと静まり返っている。しかし、あの信号は、この建物から発信されていた。ここが、「影」の新たな拠点だ。

「あの信号は、氷雨様の指示に関わるものだったようですい。ここに…氷雨様が?」

 お絹が、緊張した声で囁いた。甚兵衛は頷く。あの地下工房に代わる、新たな指揮所か。あるいは、辰五郎が囚われている場所か。

 二人は、向かいの建物の二階の一室を借り受けていた。ここなら、大店の建物を真正面から監視できる。窓から、改良した遠見からくりを構える。

 遠見からくりを通して見えたのは、大店の建物の内部…ではない。外周だ。複数の出入り口(正面、裏口、そして川に面した水門のような場所)に、見張りが立っているのが見えた。彼らは、単なる夜番ではない。「影」の者たちだ。武装し、周囲を警戒している。警備は厳重だ。

 集音からくりで、微かな外の音を探る。見張り同士の短い符丁のような会話。川面を行く船の音に、一瞬警戒を強める様子。彼らが、水路からの接近も警戒していることが分かる。

 長時間にわたる監視が始まった。何も動きがない時間もあれば、内部から人が出入りする時もある。出てくるのは、「影」の者たちだ。彼らは、周囲を念入りに警戒しながら、馬に乗るか、小舟に乗り込み、闇の中へ消えていく。指示を受けた運び屋か、あるいは別の場所に移動する者たちだろう。

「この場所が、複数の活動拠点や残党を結ぶ、新たな連絡拠点になっているようですいね」

 お絹が、監視の状況から推測した。単なる隠れ家ではない。氷雨が指揮を執る、あるいは指示を出すための、重要な場所なのだ。

 監視を続け、彼らが特に注意深く見守っている一角があることに気づいた。大店の建物の裏手、川に面した部分の一室だ。窓には鉄格子が嵌まっているようにも見える。そして、その部屋の周囲の警備が、他の場所よりも厚い。

「あの部屋だ…」

 甚兵衛は、遠見からくりでその部屋に焦点を合わせた。僅かに光が漏れている。内部の様子を探る。

 そして、見た。部屋の中に、人影がある。鉄格子の向こう側だ。見張りらしき者がいる。そして…その部屋の中に、痩せ衰えているが、見間違えるはずのない顔立ちの男がいた。

「…辰五郎さん…!」

 お絹が、声にならない叫びを上げた。甚兵衛もまた、衝撃に身体を硬くする。間違いない。辰五郎だ。彼は生きていた。あの地下迷宮の奥ではなく、この大店に囚われていたのだ。顔色は悪いが、大きな外傷は見えない。

 辰五郎を見つけた…! 長屋での安堵、残党隠れ家の監視…全ての努力は、この瞬間のためだった。希望が、胸に満ちる。

 さらに監視を続ける。辰五郎は、部屋の中で何かを考えているようにも見える。時折、見張りと短い会話を交わしているようだが、内容は分からない。

 氷雨の姿は、まだ見えない。この大店のどこかにいるのだろうか。それとも、ここから離れた場所で、別の拠点から指示を出しているのか。

 監視は続く。辰五郎の無事を確認できたことは大きい。だが、ここがどれほど厳重に警備されているかも明らかになった。そして、氷雨の正確な居場所は、まだ掴めていない。

 甚兵衛は、写し取りからくりを使い、辰五郎のいる部屋、その周囲の警備の配置、そして大店の建物の外観、出入りする「影」の者たちの顔を、慎重に記録していく。これらは、辰五郎を救出し、将来「影」を追及するための、決定的な証拠となる。

 夜が明け始め、町のざわめきが戻ってくる。長時間の監視で、二人の身体は冷え切っていた。しかし、心は熱い。辰五郎を見つけたのだ。

「引き上げよう。これ以上は危険だ」

 甚兵衛が判断した。彼らは、見張りや、早朝の人々に見つからないよう、静かに部屋から立ち去った。

 大店の監視は、大きな成果をもたらした。辰五郎の無事と居場所を特定したのだ。しかし、同時に、ここが氷雨の新たな指揮所であり、厳重な警備が敷かれていることも明らかになった。大団円へ向けた物語は、ついに辰五郎救出という、新たな、そして最も危険な段階へと進む。
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