【完結】『からくり長屋の事件帖 ~変わり発明家甚兵衛と江戸人情お助け娘お絹~』

月影 朔

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第四部:大団円 ~からくりと人情が結ぶ未来~

第六十話:回復と計画

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 長屋に辰五郎を連れ帰ってからの数日間は、静かな回復の時間だった。夜明け前の混乱の後、長屋はいつもの日常に戻ったが、その中心には、地下の闇から救い出された辰五郎の存在があった。おかみさんをはじめ、長屋の人々は、何も言わず、しかし手厚く辰五郎の世話を焼いた。温かい粥、 綺麗な寝具、優しい言葉…それは、からくりでは決して生み出せない、「人情」そのものだった。

 辰五郎は、驚くべき速さで回復していった。栄養失調と心労は酷かったが、地下の過酷な環境から解放され、何よりも信頼できる友人たち、そして温かい人々に囲まれた安心感が、彼を癒やしていったのだろう。数日後には、自分で起き上がり、僅かだが食事も取れるようになった。

「…本当に…世話をかけるな…」

 彼は、弱々しく、しかし感謝を込めて言った。甚兵衛とお絹は、彼の傍らに座り、その回復を喜び合った。

 体力が少し戻ると、辰五郎は、囚われていた間の出来事を語り始めた。地下工房のこと、そこで見た巨大なからくり「鍵」のこと、氷雨のこと、そして…彼が聞いた「影」の組織の断片。彼の話は、甚兵衛とお絹が潜入や偵察で得た情報と、見事に符合した。

「俺は…最初、あの地下にいた。あのからくりが…どれだけ恐ろしいものか…奴らは、俺の知識を使って…」

 辰五郎の言葉は、彼が体験した恐怖と、利用されたことへの悔しさに満ちていた。彼は、あの「鍵」の構造や、その起動方法について、彼自身の知識がどのように使われたかを知っていた。

「その知識は…今はもう使えないはずですい。あのからくりは、我々が破壊しましたいから」

 お絹が、誇りを持って言った。辰五郎は、驚きと、そして深い安堵の表情を見せた。彼が恐れていた、自身の知識が悪用されるという最悪の事態は、避けられたのだ。

 甚兵衛とお絹も、長屋の人々の治療を受け、少しずつ体力を回復させていった。夜通しの逃走、そして地下や屋根上での激闘で受けた身体の痛みも和らいでいく。

 休息を取りながら、甚兵衛はこれまでに得た全ての情報を整理した。地下拠点の場所(もう使えないだろうが)、残党の隠れ家(第44話)、そして辰五郎を救出した大店(第46話)。通信信号のパターン。そして、写し取りからくりで記録した、「影」の者たちの顔、大店の警備状況、辰五郎の部屋の様子。

「これが…奴らの尻尾だ」

 甚兵衛は、写し取りからくりの結果…紙に写された画像…を広げた。そこに映っているのは、地下工房では見えなかった、「影」の構成員たちの顔だ。大店の警備兵の顔。残党の隠れ家で見た顔。そして、氷雨の冷たい顔。
「これらの情報と…辰五郎さんの証言があれば…」

 お絹が言った。そうだ。これまでの彼らの話は、あまりにも非現実的で、役人には信じてもらえなかっただろう。しかし、辰五郎という被害者本人の証言。そして、これらの具体的な顔写真や場所を示す証拠があれば…

「役所に持っていく。だが…やり方がある」

 甚兵衛は慎重だった。役所の中に「影」と繋がっている者がいないとも限らない。それに、まだ氷雨は捕らえていない。奴が、どのような手段で報復してくるか分からない。

 長屋の安全も、常に頭から離れない。長屋の入り口には、以前造った簡単な警報からくりが再び設置された。住人たちも、何とはなしに、以前よりも用心深くなっている。

 辰五郎が、少し回復すると、彼も計画に加わった。彼は、自分が知っている「影」の組織の断片的な情報や、彼らの行動パターンについて話した。彼の証言は、パズルの欠けていたピースを埋めていく。

 最終計画が固まった。それは、これまでに得た全ての情報と証拠をまとめ、最も信頼できると思われる役人のところへ持ち込むこと。そして、もし役所が動かない場合、あるいは動いた際に「影」が反撃に出た場合、どのように対応するか…氷雨をどう追い詰めるか…
「氷雨は…必ず、尻尾を出す。奴は、自身の計画を潰されたことを、決して許さないだろう」

 甚兵衛の目は、厳しい光を宿していた。氷雨との因縁は、まだ終わっていない。

 辰五郎の回復。長屋という「人情」の場での再起。そして、「影」という陰謀を終わらせるための最終計画。物語は、大団円へ向け、最後の局面へと進む準備を整える。
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