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第一章:鬼灯横丁の怪医者
第十七話:簪(かんざし)の記憶
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楓の危機を救ったものの、簪に宿る妖怪の悲しい記憶を解き放つ必要があった。
おみつは幼馴染のために、そして玄庵の医術の真髄を学ぶために、その記憶と向き合う覚悟を決めた。
楓の容体は安定したものの、まだ完全に意識が戻ったわけではなかった。玄庵は診療所に戻ると、あの簪を丁寧に診察台の上に置いた。簪からは、まだ微かながら、悲しみの気配が漂っている。
「この簪には、かつての持ち主の強い情念が宿っている。それは、恨みでも怒りでもない。ただひたすらに、伝えられなかった思い、そして叶わなかった願いだ」
玄庵はそう言って、おみつに簪を見つめるように促した。おみつは、簪から伝わるその悲しみの感情に、胸が締め付けられるようだった。
「おみつ、あなたがこの簪に宿る記憶を視(み)てください。あなたの『見える』力は、人の心だけでなく、物に宿る念をも感じ取ることができるはずだ」
玄庵の言葉に、おみつは息を呑んだ。これまで、自分の「見える」力は、漠然とした気配を感じ取る程度だったが、玄庵はそれ以上のことを求めている。不安を感じながらも、おみつは楓を救いたい一心で、簪にそっと手を伸ばした。
簪に触れた瞬間、おみつの脳裏に、まるで走馬灯のように、様々な情景が流れ込んできた。
それは、遠い昔、この簪の持ち主だったと思われる一人の若い娘の記憶だった。娘は、身分の低い出ながら、とある武家の若君と秘かに恋仲にあった。二人は身分違いの恋に悩みながらも、互いを深く愛し合っていた。この簪は、若君が娘に贈った、唯一の形見のようなものだった。
しかし、二人の関係は、やがて武家の当主に露見してしまう。娘は、若君を守るため、そして自らの身を案じ、離縁を強いられる。若君は必死に抵抗するが、家のために娘との別れを受け入れざるを得なかった。
娘は、若君との再会を夢見て、毎日この簪を身につけ、彼の無事を祈り続けた。しかし、彼女の願いは届かず、若君は遠い戦場で命を落としてしまう。娘は、若君の死を知り、深い悲しみと絶望の中で、この簪を握りしめ、そのまま息を引き取った。
その娘の最期の願いは、「せめてもう一度、若君に会いたい」「彼の安寧を願う」という、ひたすら純粋な、そして叶わなかった恋の思いだった。その強い未練が、簪に宿り、やがて妖怪と化したのだ。そして、その未練は、簪を身につけた楓に憑き、彼女の生命力を吸い取っていた。
おみつは、簪から手を離すと、全身から力が抜け、その場にへたり込んだ。目の前で見た、あまりにも切ない記憶に、おみつの目からは大粒の涙が溢れ落ちた。
「先生……この簪は、悲しい恋の、形見だったのですね……」
おみつが震える声で言うと、玄庵は静かに頷いた。
「ええ。その悲しみと未練が、楓さんを苦しめていた。しかし、あなたは、その記憶を視た。それは、あなたが簪に宿る妖怪の心に、真正面から向き合った証拠です」
玄庵はそう言うと、簪にそっと手をかざした。すると、簪から漂っていた悲しみの気配が、徐々に和らいでいくのが感じられた。玄庵の掌から放たれる温かい光が、簪に宿る妖怪の心を包み込み、ゆっくりと癒やしていく。
「貴方は、永きにわたり、悲しみの中で彷徨ってきた。しかし、もう大丈夫。あなたの思いは、確かに届いた。そして、あなた自身も、自由になる時です」
玄庵の言葉は、簪に宿る妖怪の心に、直接語りかけているかのようだった。やがて、簪から、半透明の小さな光の粒がフワリと舞い上がり、静かに空へと昇っていった。それは、簪に宿っていた妖怪が、ようやく悲しみから解放され、成仏していく姿だった。
妖怪が消え去ると、簪はただの古びた装飾品に戻っていた。しかし、その輝きは、以前よりもどこか清らかさを増しているように見えた。
診療所に戻ったおみつは、眠っている楓の元へと駆け寄った。楓の顔色は、以前よりもずっと良くなり、穏やかな寝息を立てている。やがて、楓はゆっくりと目を開けた。
「おみつ……」
楓は、おみつの顔を見て、にっこりと微笑んだ。完全に回復したのだ。
「楓……よかった……!」
おみつは楓を抱きしめ、喜びの涙を流した。
この一件を通じて、おみつは玄庵への信頼をさらに深めた。玄庵の医術は、単なる体の治療ではなく、魂の救済であり、そして過去の悲しみを癒やすことでもある。
おみつは、自分の「見える」力が、玄庵の治療にとって不可欠なものであることを実感し、助手としての役割に、より一層の責任と誇りを感じるようになった。
そして、人間と妖怪、そして物に残された感情の奥深さを知ったおみつは、玄庵の謎めいた存在そのものに、これまで以上の興味を抱くようになっていた。
おみつは幼馴染のために、そして玄庵の医術の真髄を学ぶために、その記憶と向き合う覚悟を決めた。
楓の容体は安定したものの、まだ完全に意識が戻ったわけではなかった。玄庵は診療所に戻ると、あの簪を丁寧に診察台の上に置いた。簪からは、まだ微かながら、悲しみの気配が漂っている。
「この簪には、かつての持ち主の強い情念が宿っている。それは、恨みでも怒りでもない。ただひたすらに、伝えられなかった思い、そして叶わなかった願いだ」
玄庵はそう言って、おみつに簪を見つめるように促した。おみつは、簪から伝わるその悲しみの感情に、胸が締め付けられるようだった。
「おみつ、あなたがこの簪に宿る記憶を視(み)てください。あなたの『見える』力は、人の心だけでなく、物に宿る念をも感じ取ることができるはずだ」
玄庵の言葉に、おみつは息を呑んだ。これまで、自分の「見える」力は、漠然とした気配を感じ取る程度だったが、玄庵はそれ以上のことを求めている。不安を感じながらも、おみつは楓を救いたい一心で、簪にそっと手を伸ばした。
簪に触れた瞬間、おみつの脳裏に、まるで走馬灯のように、様々な情景が流れ込んできた。
それは、遠い昔、この簪の持ち主だったと思われる一人の若い娘の記憶だった。娘は、身分の低い出ながら、とある武家の若君と秘かに恋仲にあった。二人は身分違いの恋に悩みながらも、互いを深く愛し合っていた。この簪は、若君が娘に贈った、唯一の形見のようなものだった。
しかし、二人の関係は、やがて武家の当主に露見してしまう。娘は、若君を守るため、そして自らの身を案じ、離縁を強いられる。若君は必死に抵抗するが、家のために娘との別れを受け入れざるを得なかった。
娘は、若君との再会を夢見て、毎日この簪を身につけ、彼の無事を祈り続けた。しかし、彼女の願いは届かず、若君は遠い戦場で命を落としてしまう。娘は、若君の死を知り、深い悲しみと絶望の中で、この簪を握りしめ、そのまま息を引き取った。
その娘の最期の願いは、「せめてもう一度、若君に会いたい」「彼の安寧を願う」という、ひたすら純粋な、そして叶わなかった恋の思いだった。その強い未練が、簪に宿り、やがて妖怪と化したのだ。そして、その未練は、簪を身につけた楓に憑き、彼女の生命力を吸い取っていた。
おみつは、簪から手を離すと、全身から力が抜け、その場にへたり込んだ。目の前で見た、あまりにも切ない記憶に、おみつの目からは大粒の涙が溢れ落ちた。
「先生……この簪は、悲しい恋の、形見だったのですね……」
おみつが震える声で言うと、玄庵は静かに頷いた。
「ええ。その悲しみと未練が、楓さんを苦しめていた。しかし、あなたは、その記憶を視た。それは、あなたが簪に宿る妖怪の心に、真正面から向き合った証拠です」
玄庵はそう言うと、簪にそっと手をかざした。すると、簪から漂っていた悲しみの気配が、徐々に和らいでいくのが感じられた。玄庵の掌から放たれる温かい光が、簪に宿る妖怪の心を包み込み、ゆっくりと癒やしていく。
「貴方は、永きにわたり、悲しみの中で彷徨ってきた。しかし、もう大丈夫。あなたの思いは、確かに届いた。そして、あなた自身も、自由になる時です」
玄庵の言葉は、簪に宿る妖怪の心に、直接語りかけているかのようだった。やがて、簪から、半透明の小さな光の粒がフワリと舞い上がり、静かに空へと昇っていった。それは、簪に宿っていた妖怪が、ようやく悲しみから解放され、成仏していく姿だった。
妖怪が消え去ると、簪はただの古びた装飾品に戻っていた。しかし、その輝きは、以前よりもどこか清らかさを増しているように見えた。
診療所に戻ったおみつは、眠っている楓の元へと駆け寄った。楓の顔色は、以前よりもずっと良くなり、穏やかな寝息を立てている。やがて、楓はゆっくりと目を開けた。
「おみつ……」
楓は、おみつの顔を見て、にっこりと微笑んだ。完全に回復したのだ。
「楓……よかった……!」
おみつは楓を抱きしめ、喜びの涙を流した。
この一件を通じて、おみつは玄庵への信頼をさらに深めた。玄庵の医術は、単なる体の治療ではなく、魂の救済であり、そして過去の悲しみを癒やすことでもある。
おみつは、自分の「見える」力が、玄庵の治療にとって不可欠なものであることを実感し、助手としての役割に、より一層の責任と誇りを感じるようになった。
そして、人間と妖怪、そして物に残された感情の奥深さを知ったおみつは、玄庵の謎めいた存在そのものに、これまで以上の興味を抱くようになっていた。
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