【完結】『大江戸妖怪診療所~奇病を治すは鬼の医者~』

月影 朔

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第一章:鬼灯横丁の怪医者

第十八話:鬼灯横丁の夜祭り

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 簪(かんざし)に宿る妖怪の悲しい記憶を解き放ち、楓を救ったことで、おみつは玄庵の医術が魂の救済にまで及ぶことを改めて知った。

 人間と妖怪、そして物に残された感情の奥深さを理解し始めたおみつの目に、この世界はより一層、複雑で、しかし神秘的な輝きを放ち始めた。

 そんなある日、鬼灯横丁で年に一度の賑やかな祭りが催されることになった。

「おみつ、明日は鬼灯(ほおずき)横丁の夜祭りだ。診療所は一日休みにする」

 ある日の夕食時、玄庵が珍しくそう告げた。玄庵診療所は年中無休が当たり前だと思っていたおみつは、思わず目を丸くした。

「夜祭り、ですか? 鬼灯横丁に、そんなお祭りがあるなんて……」

 おみつは、幼い頃から鬼灯横丁の不気味な噂を聞いて育った。まさか、そんな場所で祭りが開かれるとは、想像もしていなかった。

「ええ。この横丁は、人間と妖怪の境界に位置する場所。年に一度、この日だけは、互いの存在を認め、共に祝う。それが、この地の古き習わしだ」

 玄庵の言葉に、おみつは胸が高鳴った。
妖怪たちが、人間と共に祭りを祝う? それは、おみつの想像を遥かに超える、奇妙で魅力的な響きだった。

「わ、私も、行っていいんですか!?」

 おみつが興奮して尋ねると、玄庵は静かに頷いた。

「もちろんだ。しかし、決して騒ぎを起こしてはならない。彼らの世界に、敬意を払うように」

 玄庵の言葉を胸に刻み、おみつは胸を躍らせた。これまで診療所で出会ってきた妖怪たちも、きっとこの祭りに参加するのだろうか。

 祭りの当日、日が暮れて提灯の明かりが灯され始める頃、鬼灯横丁は、昼間とは全く違う顔を見せていた。

 横丁の入り口には、色鮮やかな提灯が連なり、普段はひっそりとしている路地も、屋台の明かりで賑やかに照らされている。
どこからともなく、笛や太鼓の音が聞こえてきて、人々が楽しげに行き交っている。

「へっへっへ、お嬢さん、おめかしして、どこへ行くのかと思えば、お祭りですかぃ?」

 診療所の前で待っていると、古尾がひょっこり姿を現した。彼はいつもの商人風の着物ではなく、どこか洒落た羽織を身につけていた。その顔も、心なしか上機嫌に見える。

「古尾さんも、お祭りに行くんですか?」

 おみつが尋ねると、古尾は得意げに胸を張った。

「当たり前でしょうが! この祭りの情報は、わたくしがどこよりも早く仕入れてるんですぜ! さあ、先生も、行きますぜ!」

 古尾の言葉に、玄庵が静かに診療所から出てきた。玄庵もまた、いつもより少しだけ改まった様子の着物を着ていた。

 三人が横丁の奥へ進むにつれて、祭りの熱気は増していった。
屋台からは、甘い飴細工や香ばしい団子の匂いが漂い、子供たちの楽しげな声が響き渡る。
そして、その中に、奇妙な姿をした者たちの姿が、当たり前のように溶け込んでいた。

 猫耳を生やした娘が狐のお面を被った男と談笑していたり、小柄な鬼が力比べに興じていたり、提灯の光の下で、ゆらゆらと揺れる幽霊のような影が通り過ぎたり。

 おみつがこれまで恐れていた妖怪たちが、ここでは皆、人間と共に、ただ祭りを心から楽しんでいるように見えた。

「まあ! あの子、もしかして、以前診療所にいた座敷童子さんかな!?」

 おみつは、屋台の陰から饅頭を頬張る小さな子供の姿を見つけ、思わず声を上げた。座敷童子は、おみつに気づくと、嬉しそうに手を振った。

 古尾は、そんなおみつの様子を見て、フッと笑った。

「へっへっへ、お嬢さん、すっかり妖怪慣れしたもんだねぇ。この祭りでは、人間も妖怪も関係ない。ただ、このひとときを、共に楽しむだけなんだぜ」

 玄庵は、賑やかな祭りの喧騒の中で、静かに周囲を見渡していた。
その表情は、いつもの冷静さの中に、どこか遠い過去を懐かしむような、微かな憂いを帯びているように見えた。

 おみつは、玄庵の横顔を見つめながら、彼の過去にも、このような祭りの記憶があるのだろうか、と考えた。

 おみつは、古尾に勧められるまま、りんご飴を頬張り、射的で遊んだ。
初めて足を踏み入れた妖怪たちの世界は、恐ろしいばかりではない。むしろ、人間と同じように、笑い、楽しみ、そして共に生きていることを、おみつは肌で感じることができた。

 祭りの喧騒の中、玄庵は多くを語らなかったが、その表情は心なしか穏やかに見えた。

 人間と妖怪が共存するこの鬼灯横丁の祭りは、おみつにとって、新たな世界の扉を開く、忘れられない夜となった。
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