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第二章:絡み合う糸、深まる謎
第二十七話:退魔師・竜胆
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古井戸の底で、玄庵が過去に救えなかった水の精霊を解き放ったことで、おみつは彼の「癒やされぬ傷」の具体的な一端に触れた。
人間が犯した過ちと、それによって生まれた穢れ。そして、その過去を償おうとする玄庵の真摯な姿。彼の過去は、おみつの想像以上に深く、この世界の理に関わっていることを示唆していた。
しかし、その癒やしきれない過去の悲しみに、新たな波紋を投げかける人物が現れる。
古井戸の一件が落着し、診療所にはいつもの静寂が戻っていた。
おみつは、あの悲しき水の精霊の記憶と、それを救えなかった玄庵の姿を思い返し、胸の奥が締め付けられるようだった。
玄庵は、普段と変わらず黙々と薬草の調合を続けていたが、その横顔には、以前にも増して深い影が落ちているように見えた。
その日の午後、診療所の木戸が勢いよく開け放たれた。そこに立っていたのは、見慣れない男だった。
男は、引き締まった体躯に道着のような装束を纏い、背には長刀を背負っている。
その顔つきは精悍で、特にその眼光は鋭く、まるで獲物を射抜くかのような力強さを放っていた。何よりも、その男から発せられる気配は、これまでおみつが出会ったどの人間とも異なり、どこか厳しく、そして有無を言わせぬ強い力を宿しているように感じられた。
男は、診療所の奥にいる玄庵を一瞥すると、何の迷いもなくまっすぐに進んできた。
「やはり貴様か、玄庵」
男の声は低く、しかし凛とした響きを持っていた。
玄庵は、男の言葉に、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、一瞬にして警戒の色が宿ったようにおみつには見えた。
「何の用だ、竜胆(りんどう)」
玄庵が発したその名に、おみつは驚いた。
玄庵が誰かの名を呼ぶことは珍しいが、その呼び方には、どこか旧知の相手に対するような、しかし同時に緊張感を伴う響きがあった。
竜胆と呼ばれた男は、玄庵の前に立つと、冷たい視線を向けた。
「井戸の底に潜むものが、消滅したと聞いた。貴様が関わったのだろう」
竜胆の言葉に、おみつはハッとした。
彼は、古井戸の件を知っているのか。そして、その様子から、決して友好的な態度ではないことが窺えた。
「そうだ。そこに封じられていた穢れを、私が鎮めた」
玄庵は淡々と答えた。しかし、竜胆は玄庵の言葉に、フンと鼻を鳴らした。
「鎮めた? 貴様はいつもそうだ。排除すべきものを、愚かにも生かす。それでは、穢れは根絶されぬ」
竜胆の言葉は、玄庵の医術に対する明確な批判だった。
おみつは、その言葉に思わず身構えた。竜胆は、妖怪を容赦なく「排除」しようとする存在なのだろうか。
「あの水の精霊は、人間に裏切られ、井戸の底に封じられていた。そこに穢れが生じたのは、人間の業によるものだ。その悲しみを理解せず、ただ消し去ることが、正義と呼べるのか」
玄庵の言葉は、静かでありながら、確固たる信念に満ちていた。しかし、竜胆は玄庵の言葉に耳を貸す様子はなかった。
「妖怪は妖怪だ。人の世に害をなすのであれば、問答無用で調伏する。それが、退魔師たる私の役目だ」
竜胆はそう言い放つと、背中の長刀に手をかけた。その動きは、隙がなく、いつでも玄庵に斬りかかれるかのような構えだった。
おみつは、その場に張り詰めた空気に、息をすることも忘れるほどだった。
「貴様は、かつての『鬼』と恐れられた頃から、何も変わっておらぬな。相変わらず、人間に甘く、妖怪にも情けをかける」
竜胆の言葉は、まるで玄庵の過去を知り尽くしているかのようだった。
おみつは、竜胆の言葉に、以前夜叉丸が口にした「鬼」という言葉を思い出した。
この退魔師もまた、玄庵の過去に関わる人物なのだろうか。
玄庵は、竜胆の言葉にも動じることなく、静かに立ち上がった。
「私のやり方に、貴様が口を挟む権利はない。そして、貴様がこの診療所で、不必要な暴力を振るうことは許さない」
玄庵の言葉は、静かでありながら、有無を言わせぬ強い力を持っていた。
二人の間に、目に見えない火花が散るような緊張感が走った。
「フン。ならば、いつか貴様のその甘さが、貴様自身を滅ぼすことになろう。その時、私が止めを刺してやる」
竜胆はそう言い残し、玄庵に背を向けた。
そして、おみつを一瞥することもなく、診療所を去っていった。その足音は、潔く、そして強い決意を物語っていた。
竜胆が去った後も、診療所には重苦しい空気が残っていた。
おみつは、その場に立ち尽くしたまま、全身から力が抜けていくのを感じていた。
玄庵の過去を知る者が、また一人現れた。そして、その者は、玄庵とは異なる「正義」を掲げている。
玄庵は、静かに目を閉じ、そして深く息を吐いた。その顔には、普段は決して見せない、深い疲労の色が浮かんでいた。
おみつは、この竜胆という退魔師の来訪が、玄庵の過去に新たな光を当てると同時に、今後の物語に大きな波乱をもたらすことを予感していた。
玄庵の抱える「癒やされぬ傷」の全貌は、まだ明らかではない。
しかし、その傷を巡って、様々な人間や妖怪、そして異なる信念を持つ者たちが、絡み合い始めていた。
人間が犯した過ちと、それによって生まれた穢れ。そして、その過去を償おうとする玄庵の真摯な姿。彼の過去は、おみつの想像以上に深く、この世界の理に関わっていることを示唆していた。
しかし、その癒やしきれない過去の悲しみに、新たな波紋を投げかける人物が現れる。
古井戸の一件が落着し、診療所にはいつもの静寂が戻っていた。
おみつは、あの悲しき水の精霊の記憶と、それを救えなかった玄庵の姿を思い返し、胸の奥が締め付けられるようだった。
玄庵は、普段と変わらず黙々と薬草の調合を続けていたが、その横顔には、以前にも増して深い影が落ちているように見えた。
その日の午後、診療所の木戸が勢いよく開け放たれた。そこに立っていたのは、見慣れない男だった。
男は、引き締まった体躯に道着のような装束を纏い、背には長刀を背負っている。
その顔つきは精悍で、特にその眼光は鋭く、まるで獲物を射抜くかのような力強さを放っていた。何よりも、その男から発せられる気配は、これまでおみつが出会ったどの人間とも異なり、どこか厳しく、そして有無を言わせぬ強い力を宿しているように感じられた。
男は、診療所の奥にいる玄庵を一瞥すると、何の迷いもなくまっすぐに進んできた。
「やはり貴様か、玄庵」
男の声は低く、しかし凛とした響きを持っていた。
玄庵は、男の言葉に、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、一瞬にして警戒の色が宿ったようにおみつには見えた。
「何の用だ、竜胆(りんどう)」
玄庵が発したその名に、おみつは驚いた。
玄庵が誰かの名を呼ぶことは珍しいが、その呼び方には、どこか旧知の相手に対するような、しかし同時に緊張感を伴う響きがあった。
竜胆と呼ばれた男は、玄庵の前に立つと、冷たい視線を向けた。
「井戸の底に潜むものが、消滅したと聞いた。貴様が関わったのだろう」
竜胆の言葉に、おみつはハッとした。
彼は、古井戸の件を知っているのか。そして、その様子から、決して友好的な態度ではないことが窺えた。
「そうだ。そこに封じられていた穢れを、私が鎮めた」
玄庵は淡々と答えた。しかし、竜胆は玄庵の言葉に、フンと鼻を鳴らした。
「鎮めた? 貴様はいつもそうだ。排除すべきものを、愚かにも生かす。それでは、穢れは根絶されぬ」
竜胆の言葉は、玄庵の医術に対する明確な批判だった。
おみつは、その言葉に思わず身構えた。竜胆は、妖怪を容赦なく「排除」しようとする存在なのだろうか。
「あの水の精霊は、人間に裏切られ、井戸の底に封じられていた。そこに穢れが生じたのは、人間の業によるものだ。その悲しみを理解せず、ただ消し去ることが、正義と呼べるのか」
玄庵の言葉は、静かでありながら、確固たる信念に満ちていた。しかし、竜胆は玄庵の言葉に耳を貸す様子はなかった。
「妖怪は妖怪だ。人の世に害をなすのであれば、問答無用で調伏する。それが、退魔師たる私の役目だ」
竜胆はそう言い放つと、背中の長刀に手をかけた。その動きは、隙がなく、いつでも玄庵に斬りかかれるかのような構えだった。
おみつは、その場に張り詰めた空気に、息をすることも忘れるほどだった。
「貴様は、かつての『鬼』と恐れられた頃から、何も変わっておらぬな。相変わらず、人間に甘く、妖怪にも情けをかける」
竜胆の言葉は、まるで玄庵の過去を知り尽くしているかのようだった。
おみつは、竜胆の言葉に、以前夜叉丸が口にした「鬼」という言葉を思い出した。
この退魔師もまた、玄庵の過去に関わる人物なのだろうか。
玄庵は、竜胆の言葉にも動じることなく、静かに立ち上がった。
「私のやり方に、貴様が口を挟む権利はない。そして、貴様がこの診療所で、不必要な暴力を振るうことは許さない」
玄庵の言葉は、静かでありながら、有無を言わせぬ強い力を持っていた。
二人の間に、目に見えない火花が散るような緊張感が走った。
「フン。ならば、いつか貴様のその甘さが、貴様自身を滅ぼすことになろう。その時、私が止めを刺してやる」
竜胆はそう言い残し、玄庵に背を向けた。
そして、おみつを一瞥することもなく、診療所を去っていった。その足音は、潔く、そして強い決意を物語っていた。
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