【完結】『大江戸妖怪診療所~奇病を治すは鬼の医者~』

月影 朔

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第四章:穢れの源流、交錯する運命

第八十三話:おみつの支え

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 穢れの真の源流へと足を踏み入れた玄庵は、その最深部で、穢れの核と対峙していた。

 彼の心の奥底には、かつて里を滅ぼした悲劇の記憶が深く刻まれ、穢れの瘴気は、そのトラウマを呼び起こし、彼を絶望の淵に突き落とそうとしていた。

「くっ……!」

 玄庵は、激しい頭痛に襲われ、その場に膝をついた。彼の脳裏には、穢れに飲まれ、苦しみ喘ぐ里人たちの幻影が、幾度となく蘇る。自身の無力さ、大切なものを守れなかった後悔が、鉛のように彼の心を重くする。

 彼の妖気は乱れ、全身を蝕む穢れによって、その力は弱まりつつあった。

「玄庵! その程度か! お前は、所詮その程度の男だ! あの時のように、また全てを失い、絶望に打ちひしがれるがいい!」

 影の声が、嘲笑うように響き渡った。彼の身体から、さらに強力な穢れが噴き出し、玄庵を追い詰める。

「先生! 負けないで!」

 おみつは、玄庵の異変に気づき、その傍らに駆け寄った。
彼女の浄化の光が、穢れの瘴気を押し返し、玄庵の苦痛を和らげようとする。

 しかし、穢れの核から放たれる絶望の力は、あまりにも強大で、おみつもまた、その影響を受けて、身体が震え始めた。

「先生……! 目を覚まして!」

 おみつは、玄庵の顔を両手で包み込み、その瞳をまっすぐに見つめた。彼女の瞳には、悲しみと不安が入り混じっていたが、その奥には、決して諦めない強い光が宿っていた。

「先生が、どれだけ苦しんできたか、私にはわかります……。先生は、ずっと一人で、この過去を背負ってきたんですね……」

 おみつの言葉は、玄庵の心の最も深い部分に触れた。彼は、誰にも理解されない孤独を抱え、ただ一人、過去の悲劇に囚われて生きてきた。
しかし、今、おみつは、その孤独に寄り添い、彼の痛みを共有しようとしてくれていた。

「でも……でも、先生は、一人じゃない! 私がいます! 古尾さんも、玉藻も、竜胆さんも、そして、玄庵先生に救われたたくさんの人や妖怪たちがいます!」

 おみつの言葉は、玄庵の心に、温かい光を灯した。彼女は、玄庵が紡いできた絆の力を、一つ一つ数え上げるように語りかけた。

 江戸で竜胆と戦う妖怪たち、そして、玄庵の不在にもかかわらず懸命に楓を看病するおみつの家族の姿が、玄庵の脳裏に浮かんだ。

「先生は、私に、諦めない心を教えてくれました。どんなに苦しくても、希望を捨てずに、前に進むことを教えてくれました!」

 おみつは、涙を流しながらも、力強く言葉を続けた。彼女の声は、穢れの闇の中で、確かな響きを持ち、玄庵の心を震わせた。

「だから、今度は、私が先生を支えます! 先生の『枷』となって、先生が過去に囚われないように、私が先生を人間として繋ぎ止めます!」

 おみつは、そう言うと、自身の身体から、最大限の浄化の光を放った。
それは、玄庵の「鬼」の妖気と混じり合い、穢れの核から放たれる絶望の力を押し返していく。彼女の光は、穢れを物理的に破壊する力ではない。

 しかし、それは、穢れの根源である「絶望」を癒やし、希望を呼び覚ます、魂の力だった。

 玄庵は、おみつの言葉と、その温かい光に包まれ、ゆっくりと目を開けた。
彼の瞳の赤い光は、悲しみの色ではなく、確かな決意と、おみつへの感謝に満ちた輝きとなっていた。

(おみつ……君が、私を救ってくれたのだな……)

 玄庵は、おみつの存在が、自分にとってどれほど大きな意味を持つのかを、改めて痛感した。
彼女は、彼の「鬼」の力を恐れることなく受け入れ、そして、彼の心の闇を照らしてくれる、唯一無二の存在だった。

「ありがとう……おみつ……」

 玄庵は、かすれた声で呟くと、おみつの手を強く握りしめた。彼の身体に、新たな力が漲っていくのを感じた。
それは、純粋な妖力だけでなく、おみつの祈りにも似た浄化の力が合わさった、新たな力だった。

「影……貴様は、私から大切なものを奪った。そして、私を絶望の淵に突き落とした。だが、私は、もう二度と、大切なものを失わない!」

 玄庵は、そう叫ぶと、おみつと共に立ち上がった。彼の全身から放たれる妖気は、もはや濁りのない、清らかな光となって、穢れの核に立ち向かっていく。

 おみつの浄化の光もまた、玄庵の妖気に呼応するように輝きを増し、穢れの核を包み込もうとしていた。

 影は、玄庵の変貌に驚きを隠せない。
「馬鹿な……なぜ、その程度の力で……!」

 影は、さらに穢れを増幅させようとするが、玄庵とおみつの二つの力が合わさることで、穢れの核から放たれる絶望の力が、徐々に弱まっていくのを感じた。

 玄庵は、過去のトラウマを乗り越え、真に覚醒しようとしていた。そして、その覚醒の鍵は、おみつの献身的な支えと、彼女が持つ「浄化」の力にあった。彼女の存在が、玄庵の心の闇を照らし、彼に再び立ち上がる力を与えたのだ。

 この戦いは、玄庵一人の戦いではない。
それは、おみつ、古尾、玉藻、竜胆、そして玄庵に救われた多くの人々や妖怪たちの思いが一つになった、未来を切り開くための戦いだった。

 穢れの源を守る最後の結界が、彼らの前に立ちはだかる。
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