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第五章:暁光~明日の灯火(ともしび)~
第九十四話:竜胆の変化と、土地の声
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蝕組との戦いを終え、江戸の町には穏やかな日常が戻りつつあったが、その裏側では新たな兆候が芽生え始めていた。
玄庵診療所では、戦いの傷跡を癒やす日々が続き、玄庵とおみつは人々と妖怪たちの心身の回復に尽力していた。そんな中、退魔師である竜胆の心にも、大きな変化が訪れていた。
竜胆は、蝕組の本拠地の封鎖作業を終え、以前にも増して精力的に江戸の町を巡回していた。
しかし、彼の巡回の目的は、もはや穢れの残党を追うことだけではなかった。
彼は、この町が、そしてそこに生きる人々や妖怪たちが、真に平穏を取り戻せるよう、自らの目で確かめ、できる限りの協力をしようとしていた。
「おい、竜胆さん。また見回りかい? あんたも物好きだねぇ」
町の路地裏で、穢れの瘴気に苦しんでいた子供を助けた帰り道、竜胆は、顔なじみの豆腐屋の親父に声をかけられた。親父は、竜胆に感謝の眼差しを向ける。
「いや、これも仕事なんでな。それより、そちらは、どうです?」
竜胆は、豆腐屋の親父が、かつて穢れの影響で体調を崩していたことを覚えており、気遣うように尋ねた。
「ああ、おかげさまで、すっかり良くなったよ。玄庵先生のとこの薬湯が効いたんだねぇ。それに、あんたも、前よりは、ずいぶん話しやすくなったもんだ」
親父は、そう言って、にこやかに笑った。竜胆は、その言葉に、少し照れくさそうに頬を掻いた。
(話しやすくなった、か……)
竜胆は、心の中で呟いた。
以前の自分であれば、人間との会話など、必要最低限しか行わなかっただろう。妖怪など論外。しかし、玄庵との出会い、そして共に戦った日々は、竜胆の凝り固まった妖怪への認識を、大きく変えていた。
彼は、玄庵が妖怪であるにもかかわらず、人々を救うために奔走する姿を見てきた。
また、古尾や玉藻、そして玄庵に救われた多くの妖怪たちが、人間と協力し、共に穢れと戦う姿を目の当たりにしてきた。
彼らは、竜胆がこれまで信じてきた「妖怪は人間に害をなす存在」という固定観念を、根底から覆した。
「……玄庵のやり方も、あながち間違ってはいないのかもしれんな……」
竜胆は、誰もいない路地裏で、ぽつりと呟いた。彼は、玄庵の「人間と妖怪が手を取り合う」という理想を、今では少しずつだが、認められるようになっていた。そして、自身もまた、その理想の実現に向けて、何かできることはないかと考えるようになっていた。
彼の巡回は、単なる見回り以上の意味を持つようになっていた。彼は、町の人々との交流を深め、彼らが抱えるささやかな困り事にも耳を傾けるようになった。
そんなある日、竜胆は、町の外れにある、普段は豊かなはずの井戸が枯れているのを目にした。
「あれ? おかしいな……この井戸は、いつもは水が豊富だったはずだが……」
竜胆は、井戸の底を覗き込んだ。乾ききった井戸の底には、泥と枯葉が堆積しているだけだった。
近所の農民たちが、顔をしかめながら、井戸の枯渇について話し合っていた。
「今年は、どうにも雨が降らねぇ。これじゃあ、作物も育たねぇや」
「まったくだ。畑の土も、カチカチに硬くなっちまって……」
農民たちは、口々に天候不順のせいだと語っていた。
しかし、竜胆は、どこか不自然さを感じた。確かに、ここ最近、雨は少なかったが、ここまで井戸が枯れ果てるのは、ただの天候不順とは思えなかった。
竜胆は、さらに巡回を続ける中で、別の異変にも気づいた。町のあちこちで、作物の生育がおかしいという声が聞こえてくるのだ。
畑の作物は、根が腐っていたり、葉が枯れていたり、あるいは、妙にひょろひょろと伸びていたりする。
「これは……ただの天候不順では、なさそうだ……」
竜胆は、顔をしかめた。彼の退魔師としての直感が、この異変の背後に、何か不穏な気配を感じ取っていた。
しかし、それが穢れによるものではないことも、同時に感じていた。穢れの瘴気は、完全に消え去っている。
竜胆は、枯れた井戸の傍らにしゃがみ込み、掌を土につけた。
すると、土から、微かな「声」が聞こえてくるような気がした。それは、言葉にはならない、土地そのものの悲鳴のようなものだった。枯渇する井戸、病む作物、そして、その土地に生きる人々の不安。
(これは……一体、何が起きているんだ……?)
竜胆は、その異変の正体を掴めずにいた。彼の知る「穢れ」とは異なる、新たな脅威が、静かに、しかし確実に、この江戸の町を蝕み始めているのかもしれない。
彼は、この異変について、玄庵に相談すべきだと直感した。玄庵ならば、この奇妙な現象の背後に隠された真実に、辿り着けるかもしれない。
竜胆の妖怪に対する考え方は、戦いを通して大きく変化した。彼は、もはや妖怪を一方的に退治する存在としてではなく、時には協力し、時には共に生きる仲間として捉え始めていた。
そして、その変化は、彼が新たな脅威に立ち向かう上で、重要な意味を持つことになるだろう。
土地の異変は、彼に、より深い世界との繋がりを、そして、その声に耳を傾けることの重要性を教えていた。
玄庵診療所では、戦いの傷跡を癒やす日々が続き、玄庵とおみつは人々と妖怪たちの心身の回復に尽力していた。そんな中、退魔師である竜胆の心にも、大きな変化が訪れていた。
竜胆は、蝕組の本拠地の封鎖作業を終え、以前にも増して精力的に江戸の町を巡回していた。
しかし、彼の巡回の目的は、もはや穢れの残党を追うことだけではなかった。
彼は、この町が、そしてそこに生きる人々や妖怪たちが、真に平穏を取り戻せるよう、自らの目で確かめ、できる限りの協力をしようとしていた。
「おい、竜胆さん。また見回りかい? あんたも物好きだねぇ」
町の路地裏で、穢れの瘴気に苦しんでいた子供を助けた帰り道、竜胆は、顔なじみの豆腐屋の親父に声をかけられた。親父は、竜胆に感謝の眼差しを向ける。
「いや、これも仕事なんでな。それより、そちらは、どうです?」
竜胆は、豆腐屋の親父が、かつて穢れの影響で体調を崩していたことを覚えており、気遣うように尋ねた。
「ああ、おかげさまで、すっかり良くなったよ。玄庵先生のとこの薬湯が効いたんだねぇ。それに、あんたも、前よりは、ずいぶん話しやすくなったもんだ」
親父は、そう言って、にこやかに笑った。竜胆は、その言葉に、少し照れくさそうに頬を掻いた。
(話しやすくなった、か……)
竜胆は、心の中で呟いた。
以前の自分であれば、人間との会話など、必要最低限しか行わなかっただろう。妖怪など論外。しかし、玄庵との出会い、そして共に戦った日々は、竜胆の凝り固まった妖怪への認識を、大きく変えていた。
彼は、玄庵が妖怪であるにもかかわらず、人々を救うために奔走する姿を見てきた。
また、古尾や玉藻、そして玄庵に救われた多くの妖怪たちが、人間と協力し、共に穢れと戦う姿を目の当たりにしてきた。
彼らは、竜胆がこれまで信じてきた「妖怪は人間に害をなす存在」という固定観念を、根底から覆した。
「……玄庵のやり方も、あながち間違ってはいないのかもしれんな……」
竜胆は、誰もいない路地裏で、ぽつりと呟いた。彼は、玄庵の「人間と妖怪が手を取り合う」という理想を、今では少しずつだが、認められるようになっていた。そして、自身もまた、その理想の実現に向けて、何かできることはないかと考えるようになっていた。
彼の巡回は、単なる見回り以上の意味を持つようになっていた。彼は、町の人々との交流を深め、彼らが抱えるささやかな困り事にも耳を傾けるようになった。
そんなある日、竜胆は、町の外れにある、普段は豊かなはずの井戸が枯れているのを目にした。
「あれ? おかしいな……この井戸は、いつもは水が豊富だったはずだが……」
竜胆は、井戸の底を覗き込んだ。乾ききった井戸の底には、泥と枯葉が堆積しているだけだった。
近所の農民たちが、顔をしかめながら、井戸の枯渇について話し合っていた。
「今年は、どうにも雨が降らねぇ。これじゃあ、作物も育たねぇや」
「まったくだ。畑の土も、カチカチに硬くなっちまって……」
農民たちは、口々に天候不順のせいだと語っていた。
しかし、竜胆は、どこか不自然さを感じた。確かに、ここ最近、雨は少なかったが、ここまで井戸が枯れ果てるのは、ただの天候不順とは思えなかった。
竜胆は、さらに巡回を続ける中で、別の異変にも気づいた。町のあちこちで、作物の生育がおかしいという声が聞こえてくるのだ。
畑の作物は、根が腐っていたり、葉が枯れていたり、あるいは、妙にひょろひょろと伸びていたりする。
「これは……ただの天候不順では、なさそうだ……」
竜胆は、顔をしかめた。彼の退魔師としての直感が、この異変の背後に、何か不穏な気配を感じ取っていた。
しかし、それが穢れによるものではないことも、同時に感じていた。穢れの瘴気は、完全に消え去っている。
竜胆は、枯れた井戸の傍らにしゃがみ込み、掌を土につけた。
すると、土から、微かな「声」が聞こえてくるような気がした。それは、言葉にはならない、土地そのものの悲鳴のようなものだった。枯渇する井戸、病む作物、そして、その土地に生きる人々の不安。
(これは……一体、何が起きているんだ……?)
竜胆は、その異変の正体を掴めずにいた。彼の知る「穢れ」とは異なる、新たな脅威が、静かに、しかし確実に、この江戸の町を蝕み始めているのかもしれない。
彼は、この異変について、玄庵に相談すべきだと直感した。玄庵ならば、この奇妙な現象の背後に隠された真実に、辿り着けるかもしれない。
竜胆の妖怪に対する考え方は、戦いを通して大きく変化した。彼は、もはや妖怪を一方的に退治する存在としてではなく、時には協力し、時には共に生きる仲間として捉え始めていた。
そして、その変化は、彼が新たな脅威に立ち向かう上で、重要な意味を持つことになるだろう。
土地の異変は、彼に、より深い世界との繋がりを、そして、その声に耳を傾けることの重要性を教えていた。
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