5 / 42
【第一章:予兆の記録(2024年~2027年)】
第5話:資料No.004(工藤の取材メモ)2025年
しおりを挟む
【資料No.004】
資料種別:フリーペーパー『週刊ほくかんリビング』記者・工藤██の取材メモ(スキャンデータ)
記録年:2025年
(以下は、工藤氏の取材メモの続きである。前のめりな取材姿勢と、徐々に彼の思考が常識的なジャーナリズムの範疇から逸脱していく様子がうかがえる。日付が数ヶ月飛んでいるのは、彼がこの間、別の特集記事の担当に忙殺されていたためと思われる)
2025/02/20 (木)
件名:別件取材中の気づき(高齢者介護問題)
現在、次号の特集「忍び寄る老老介護の現実」の取材で、地域の介護施設やケアマネージャーへの聞き込みを継続中。△△台団地の件は、ヤマさんから「一旦保留。深入り禁止」の釘を刺されており、止まっている。
あの「泥の男」の記事と、被害者の奇妙な死。そして「違法土葬」の疑惑。頭の片隅で、ずっと引っかかっている。だが、今は目の前の仕事に集中するしかない。
取材対象: 〇〇市地域包括支援センター ケアマネージャー・高橋██氏(女性・30代後半)
取材主旨: 担当エリアにおける、在宅介護の現状と課題について
高橋氏への取材メモ(要約):
・担当は主に△△台団地とその周辺の一戸建てエリア。高齢化が著しく、独居老人や、老夫婦のみの世帯が急増している。
・「最近、本当に…おかしいんです」。高橋氏は、公式な取材が終わった後、雑談の形でそう切り出した。声のトーンが明らかに違う。これは、本音だ。
・「担当している高齢者の方で、原因不明の、すごく進行の早い認知症のような症状を訴える方が、この半年で、急に増えているんです」
・「普通のアルツハイマーとかとは、少し違う。初期症状として、まず感情が希薄になるんです。喜んだり、怒ったりしなくなる。ぼーっと宙を見つめている時間が増えて、呼びかけへの反応も鈍くなる。まるで、魂が少しずつ抜けていくみたいに…」
・医者に診せても、「加齢による認知機能の低下」以上の診断は出ない。MRIを撮っても、脳に明確な萎縮が見られるわけでもない。だが、症状は確実に、そして急速に悪化していく。
・「そして、一番異常なのが、夜間の徘徊なんです」
殴り書きメモ:
(徘徊? 認知症の典型的な症状では?)
・高橋氏は、俺の疑問を察したように、首を横に振った。
・「普通の徘徊じゃないんです。目的もなく歩き回るのとは、全く違う。皆さん、決まって同じ動きをするんです。特に、夜になると、突然むくりと起き上がって…」
・「くねくねと、踊るような…。本当になんて言ったらいいのか…。手足を、関節がないみたいに、ゆっくりと、奇妙な動きで揺らし続けるんです。歌うでもなく、何かを言うでもなく、ただただ、虚ろな目で、くねくね、くねくねと…。その姿は、もう…」
・高橋氏は、そこで言葉を切り、自分の腕をさすった。本当に恐ろしいものを見た、という表情だった。
・その「踊り」は、一度始まると数時間続くこともある。家族が止めようとしても、全く反応しない。そして、その動きを繰り返すようになってから、大体一ヶ月くらいで、急速に体が衰弱して、眠るように亡くなるケースが、既に数件報告されているという。
・「もちろん、こんなこと、公式な記録には残せません。『原因不明の老衰』や『心不全』として処理されています。でも、私達ケアマネの間では、あれは『踊り病』だって、陰で囁かれているんです。最初にあの踊りを始めたお爺さんも、△△台団地裏の雑木林の近くに住んでいた人でした…」
所感:
全身の血の気が引くのを感じた。
「くねくねと踊るような奇妙な動き」。
「約一ヶ月で死に至る」。
これは、偶然の一致か?
「泥の男」に襲われた被害者が、約一ヶ月後に急性肺炎で死亡したという、あのベタ記事。
そして、高橋氏が語る、認知症患者たちの、奇妙な「踊り」と、その後の死。
二つの現象は、全く異なる文脈で語られている。だが、「一ヶ月」という期間と、「死」という結末が、あまりにも不気味に符合する。
そして、何よりも俺の思考を凍りつかせたのは、「くねくね」という言葉だった。
殴り書きメモ(ノートの隅に、乱れた文字で):
(この「踊り」、まさか…)
(最近、学生や若者の間で噂になっている、あの都市伝説の「クネクネ」と、関係があるのか?)
思考の飛躍?/あるいは本質?
・SNSで拡散されている「#クネクネ見た」という目撃情報。
・深夜の公園や田んぼで、関節がおかしい方向に曲がった人間が、奇妙な踊りを続けているという、若者たちの間の怪異譚。
これまで、俺はそれを、自分の取材とは全く無関係な、若者文化が生んだ一過性のノイズだと、完全に無視していた。だが、もし、あれがノイズではないとしたら?
もし、若者たちが目撃している「クネクネ」と、高橋氏が語る高齢者たちの「踊り病」が、同じものの、異なる側面だとしたら?
一つは、都市伝説として消費される「外部」の怪異。
もう一つは、介護の現場で静かに進行する「内部」の病。
そして、その二つの現象の震源地が、共に、あの△△台団地周辺に集中しているとしたら?
頭の中で、これまで全く別の場所に置いていた、三つの点が、急速に引き寄せられていく。
点A:違法土葬の疑惑 (外国人コミュニティ)
点B:泥の男による傷害事件 (謎の死)
点C:原因不明の認知症と「踊り」 (クネクネ)
これらは、別々の事件などではないのかもしれない。
全ては、同じ一つの、巨大で、まだ輪郭すら掴めない「何か」が引き起こしている、異なる症状なのではないか。
ヤマさんにはまだ報告できない。一笑に付されるのがオチだ。
だが、俺の中で、バラバラだったパズルのピースが、おぞましい絵を描き始めようとしていた。
ToDo:
・「泥の男」被害者の遺族に、もう一度、慎重に接触を試みる。被害者が死に至るまでの詳細な経過を聞き出す必要がある。「踊り」の症状がなかったか、確認しなければ。
・SNS上の「#クネクネ見た」の投稿を、再度、徹底的に洗い直す。目撃場所、時間、そして目撃された「クネクネ」の具体的な動き。何か、共通点が見つかるかもしれない。
(このメモは、工藤氏が複数の独立した怪異譚の背後にある、一つの巨大な法則性に気づき始めた、決定的な転換点を記録している)
資料種別:フリーペーパー『週刊ほくかんリビング』記者・工藤██の取材メモ(スキャンデータ)
記録年:2025年
(以下は、工藤氏の取材メモの続きである。前のめりな取材姿勢と、徐々に彼の思考が常識的なジャーナリズムの範疇から逸脱していく様子がうかがえる。日付が数ヶ月飛んでいるのは、彼がこの間、別の特集記事の担当に忙殺されていたためと思われる)
2025/02/20 (木)
件名:別件取材中の気づき(高齢者介護問題)
現在、次号の特集「忍び寄る老老介護の現実」の取材で、地域の介護施設やケアマネージャーへの聞き込みを継続中。△△台団地の件は、ヤマさんから「一旦保留。深入り禁止」の釘を刺されており、止まっている。
あの「泥の男」の記事と、被害者の奇妙な死。そして「違法土葬」の疑惑。頭の片隅で、ずっと引っかかっている。だが、今は目の前の仕事に集中するしかない。
取材対象: 〇〇市地域包括支援センター ケアマネージャー・高橋██氏(女性・30代後半)
取材主旨: 担当エリアにおける、在宅介護の現状と課題について
高橋氏への取材メモ(要約):
・担当は主に△△台団地とその周辺の一戸建てエリア。高齢化が著しく、独居老人や、老夫婦のみの世帯が急増している。
・「最近、本当に…おかしいんです」。高橋氏は、公式な取材が終わった後、雑談の形でそう切り出した。声のトーンが明らかに違う。これは、本音だ。
・「担当している高齢者の方で、原因不明の、すごく進行の早い認知症のような症状を訴える方が、この半年で、急に増えているんです」
・「普通のアルツハイマーとかとは、少し違う。初期症状として、まず感情が希薄になるんです。喜んだり、怒ったりしなくなる。ぼーっと宙を見つめている時間が増えて、呼びかけへの反応も鈍くなる。まるで、魂が少しずつ抜けていくみたいに…」
・医者に診せても、「加齢による認知機能の低下」以上の診断は出ない。MRIを撮っても、脳に明確な萎縮が見られるわけでもない。だが、症状は確実に、そして急速に悪化していく。
・「そして、一番異常なのが、夜間の徘徊なんです」
殴り書きメモ:
(徘徊? 認知症の典型的な症状では?)
・高橋氏は、俺の疑問を察したように、首を横に振った。
・「普通の徘徊じゃないんです。目的もなく歩き回るのとは、全く違う。皆さん、決まって同じ動きをするんです。特に、夜になると、突然むくりと起き上がって…」
・「くねくねと、踊るような…。本当になんて言ったらいいのか…。手足を、関節がないみたいに、ゆっくりと、奇妙な動きで揺らし続けるんです。歌うでもなく、何かを言うでもなく、ただただ、虚ろな目で、くねくね、くねくねと…。その姿は、もう…」
・高橋氏は、そこで言葉を切り、自分の腕をさすった。本当に恐ろしいものを見た、という表情だった。
・その「踊り」は、一度始まると数時間続くこともある。家族が止めようとしても、全く反応しない。そして、その動きを繰り返すようになってから、大体一ヶ月くらいで、急速に体が衰弱して、眠るように亡くなるケースが、既に数件報告されているという。
・「もちろん、こんなこと、公式な記録には残せません。『原因不明の老衰』や『心不全』として処理されています。でも、私達ケアマネの間では、あれは『踊り病』だって、陰で囁かれているんです。最初にあの踊りを始めたお爺さんも、△△台団地裏の雑木林の近くに住んでいた人でした…」
所感:
全身の血の気が引くのを感じた。
「くねくねと踊るような奇妙な動き」。
「約一ヶ月で死に至る」。
これは、偶然の一致か?
「泥の男」に襲われた被害者が、約一ヶ月後に急性肺炎で死亡したという、あのベタ記事。
そして、高橋氏が語る、認知症患者たちの、奇妙な「踊り」と、その後の死。
二つの現象は、全く異なる文脈で語られている。だが、「一ヶ月」という期間と、「死」という結末が、あまりにも不気味に符合する。
そして、何よりも俺の思考を凍りつかせたのは、「くねくね」という言葉だった。
殴り書きメモ(ノートの隅に、乱れた文字で):
(この「踊り」、まさか…)
(最近、学生や若者の間で噂になっている、あの都市伝説の「クネクネ」と、関係があるのか?)
思考の飛躍?/あるいは本質?
・SNSで拡散されている「#クネクネ見た」という目撃情報。
・深夜の公園や田んぼで、関節がおかしい方向に曲がった人間が、奇妙な踊りを続けているという、若者たちの間の怪異譚。
これまで、俺はそれを、自分の取材とは全く無関係な、若者文化が生んだ一過性のノイズだと、完全に無視していた。だが、もし、あれがノイズではないとしたら?
もし、若者たちが目撃している「クネクネ」と、高橋氏が語る高齢者たちの「踊り病」が、同じものの、異なる側面だとしたら?
一つは、都市伝説として消費される「外部」の怪異。
もう一つは、介護の現場で静かに進行する「内部」の病。
そして、その二つの現象の震源地が、共に、あの△△台団地周辺に集中しているとしたら?
頭の中で、これまで全く別の場所に置いていた、三つの点が、急速に引き寄せられていく。
点A:違法土葬の疑惑 (外国人コミュニティ)
点B:泥の男による傷害事件 (謎の死)
点C:原因不明の認知症と「踊り」 (クネクネ)
これらは、別々の事件などではないのかもしれない。
全ては、同じ一つの、巨大で、まだ輪郭すら掴めない「何か」が引き起こしている、異なる症状なのではないか。
ヤマさんにはまだ報告できない。一笑に付されるのがオチだ。
だが、俺の中で、バラバラだったパズルのピースが、おぞましい絵を描き始めようとしていた。
ToDo:
・「泥の男」被害者の遺族に、もう一度、慎重に接触を試みる。被害者が死に至るまでの詳細な経過を聞き出す必要がある。「踊り」の症状がなかったか、確認しなければ。
・SNS上の「#クネクネ見た」の投稿を、再度、徹底的に洗い直す。目撃場所、時間、そして目撃された「クネクネ」の具体的な動き。何か、共通点が見つかるかもしれない。
(このメモは、工藤氏が複数の独立した怪異譚の背後にある、一つの巨大な法則性に気づき始めた、決定的な転換点を記録している)
30
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
隣人意識調査の結果について
三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」
隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。
一部、確認の必要な点がございます。
今後も引き続き、調査をお願いいたします。
伊佐鷺裏市役所 防犯推進課
※
・モキュメンタリー調を意識しています。
書体や口調が話によって異なる場合があります。
・この話は、別サイトでも公開しています。
※
【更新について】
既に完結済みのお話を、
・投稿初日は5話
・翌日から一週間毎日1話
・その後は二日に一回1話
の更新予定で進めていきます。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる