みんな善いことだと思ってた

【第一章：予兆の記録（2024年～2027年）】

第8話：資料No.007（工藤の調査メモ：地図）2026年

【資料No.007】
資料種別：フリーペーパー『週刊ほくかんリビング』記者・工藤██の調査メモ（地図および付随メモのスキャンデータ）
記録年：2026年

(以下は、工藤氏が調査に使用していたと思われる、〇〇市△△台周辺の国土地理院発行1/25000地形図のスキャンデータと、その余白および裏面にびっしりと書き込まれたメモを、編纂者が再構成したものである。この一枚の地図が、彼の調査における決定的な転換点（ターニングポイント）となったことは明らかである)

1. 地図情報

地図名： 国土地理院発行 1/25000地形図「〇〇」
図郭： 北緯XX度XX分～、東経XXX度XX分～

(地図のスキャンデータには、油性ペンによる複数の書き込みとマーキングが確認できる。以下にその内容を記述する)

マーキングポイント：
地図上には、赤、青、黄、緑の四色の油性ペンで、複数の地点に×印や円が書き込まれている。

赤色の×印 (計1箇所):
△△台団地の南側に広がる雑木林の中央付近に、大きな×印が一つだけ記されている。
凡例には「①違法土葬？（タレコミ地点）」とある。

青色の×印 (計3箇所):
一点は団地内の路上、一点は△△台中央公園、最後の一点は××川の河川敷に記されている。
凡例には「②泥男・傷害事件」とある。

黄色の円 (計5箇所):
△△台団地裏の雑木林に隣接する一戸建て住宅や、団地内の複数の棟が、震源地を示すように円で囲まれている。
凡例には「③原因不明認知症（踊り病）クラスター」とある。

緑色の点 (多数):
上記の赤・青・黄のマーキングが集中するエリアを中心に、緑色の小さな点が無数に打たれている。
凡例には「④熊・目撃/被害情報（2025年）」とある。

同心円の書き込み：
地図の中央、赤色の×印「①違法土葬？」の地点を中心として、コンパスで描かれたと思われる、黒いインクの円が三重に書き込まれている。最も外側の円は、半径約2kmほどの範囲を示している。

2. 地図の余白および裏面のメモ

(地図の余白部分には、工藤氏のものと思われる、興奮と焦燥が入り混じった筆跡の殴り書きが残されている)

2026/03/15

件名：地理的収斂（しゅうれん）の発見

ヤマさんには内緒で、休日を使って調査を再開。
これまで集めてきた、一見無関係に見えた四つの事象――「違法土葬」「泥の男」「踊り病」「熊被害」――の発生地点を、一枚の地図上にプロットしてみた。

そして、愕然とした。

全ての点が、あまりにも近すぎる。

タレコミがあった「違法土葬」の雑木林。
「泥の男」が出現した三つの地点。
ケアマネの高橋さんが証言した「踊り病」の発生クラスター。

これら全ての異常事態が、半径わずか2kmという、極めて狭い範囲に、まるで呪われた磁場に引き寄せられるかのように、異常な密度で集中している。

これは、偶然ではあり得ない。
断じて違う。
これらの事件は、全て繋がっている。同じ一つの、まだ見えない震源から発せられた、異なる周波数の「揺れ」なのだ。

俺の仮説は、正しかった。
ヤマさんに笑われようと、オカルトだと罵られようと、構わない。
俺は、この地域で起きている、巨大な「何か」の輪郭を、確かに掴み始めている。

(地図の裏面には、より詳細で分析的なメモが、冷静な筆致で記されている)

考察：熊の目撃情報の異常な集中について

今回のマッピングで、最も衝撃的だったのは、熊の目撃情報（緑色の点）の分布だ。

〇〇市が公開している鳥獣被害マップのデータと、県警の出動記録を照合した結果、2025年に市内で報告された熊の目撃・被害情報のうち、実に7割以上が、この半径2kmの円内に集中していることが判明した。

これは、統計的に見て、異常としか言いようがない。

専門家は「異常気象による餌不足」を原因に挙げていた。だが、もしそれが唯一の原因ならば、目撃情報は、市の山間部全域にもっと均等に分布するはずだ。
なぜ、これほどまでに、この△△台団地周辺の、たった一つのエリアにだけ、熊たちが引き寄せられるように集まってくるのか。

ニュースサイトの記事にあった、あの不可解な一文が蘇る。
「まるで、そこが安全な餌場だと、あらかじめ知っていたかのようです」

餌場。
そうだ。熊たちは、この場所に「餌」があると知っているのだ。
山の実りとは比較にならないほど、栄養価が高く、そして労せずして手に入る、極上の「餌」が。

仮説の統合：

起点（震源地）： △△台団地裏の雑木林。ここで、何か異常な事態が起きていることは間違いない。タレコミの「違法土葬」が、全ての始まりである可能性が極めて高い。

第一の波紋（動物）： 熊が、この雑木林に異常なほど執着している。彼らを引き寄せる何かが、そこにはある。それは、通常の餌ではない。ニュース記事にあったように、まるで「餌付け」されているかのような、異常な行動パターン。

第二の波紋（人間・直接被害）： 「泥の男」による傷害事件。これもまた、この雑木林を中心としたエリアで発生している。犯人像は不明だが、その異様な特徴（全身が泥、言葉を発しない）は、単なる異常者とは考えにくい。被害者が約一ヶ月後に死亡している事実が、この事件の異常性を際立たせる。

第三の波紋（人間・間接被害？）： 「踊り病」と呼ばれる、原因不明の認知症クラスター。これも、震源地である雑木林の周辺住民に集中して発生している。直接的な事件性はないが、地理的な偏在は明らか。

結論：
これらは、別々の事件などではない。
△△台団地裏の雑木林を「震源」として、同心円状に、異なる形の災厄が広がっている。
動物、人間、そして病。
全てが、この一点で繋がっている。

俺は、とんでもないものに首を突っ込んでしまった。
これはもう、フリーペーパーの記事にできるような話ではない。
だが、もう引き返せない。

ToDo:
・外国人コミュニティへの接触。危険だが、もはや避けては通れない。彼らが何を埋めているのか、なぜ土葬に固執するのか。その核心を聞き出す必要がある。まずは、彼らのコミュニティと繋がりが深いとされる、NPO法人か、あるいは教会関係者からアプローチしてみるか。
・警察内部の情報。県警の同期に、もう一度、今度は単なる事件記録ではなく、「泥の男」の被害者から採取された「泥」の成分分析結果が出ていないか、探りを入れる。

(この地図の作成と考察を境に、工藤氏の調査は、もはやジャーナリズムではなく、自らの命を危険に晒す、個人的な闘争へとその様相を変えていく。彼は、この時、自分が巨大な悪夢の、まさに中心点に立っていることには、まだ気づいていなかった)