みんな善いことだと思ってた

月影 朔

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【第一章:予兆の記録(2024年~2027年)】

第9話:資料No.008(インタビュー音声書き起こし)2026年

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【資料No.008】
資料種別:ICレコーダー音声記録の書き起こし
記録年:2026年

(以下は、工藤氏が失踪後、彼の遺品の中から発見されたマイクロSDカードに保存されていた、音声ファイル群の一つ「260412_B氏.mp3」を、編纂者が書き起こしたものである。音声は、周囲の雑音から、安価なファミリーレストランの深夜の時間帯に録音されたものと推察される。対話相手のB氏は、東南アジアB国出身で、〇〇市内の食品加工工場に勤務していた、チャン・ソティア氏の元同僚、ブン・██氏(当時28歳)と同定された。ソティア氏は、2025年12月に「一身上の都合」で工場を退職後、行方不明となっている)

録音開始:2026年4月12日 23:10

(周囲の雑音。食器のぶつかる音。店内の有線放送と思われる、音質の悪いポップスが微かに流れている)

工藤: …お忙しいところ、すみません。ブンさん。こんな夜分に。

B氏: ……いえ。クドウさん、記者の人、でしたか。

工藤: ええ、まあ…。フリーで、小さな記事を書いています。

B氏: ソティアのこと、聞きたいって…。もう、警察にも、会社にも、全部話しました。俺、もう、何も知らないです。

(B氏の声は硬く、警戒している様子がうかがえる。日本語は流暢だが、独特のアクセントがある)

工藤: 警察や会社に話せないこともあるかと思って。友人として、あなたの口から直接、ソティアさんのことを少しだけ、聞かせてほしかったんです。決して、ご迷惑はおかけしませんから。

B氏: ……。

(長い沈黙。B氏が、水の入ったグラスを呷る音)

B氏: …あいつは、良い奴でした。仕事も真面目。故郷にいる、家族のために、毎日、誰よりも長く働いてた。日本のことも、好きだって言ってました。でも、すごく…真面目すぎるところがあった。

工藤: 真面目すぎる?

B氏: はい。特に、故郷の…国の、昔からの教えとか、風習とか。そういうのを、すごく大事にする男だった。俺たちみたいに、日本に来て、日本のやり方に合わせるのが、少し…苦手だったかもしれない。

工藤: 故郷の風習、ですか。例えば、どんな?

B氏: 色々です。食事の前の祈りとか、満月の夜にはお供え物をするとか…。俺は、もう全然やらないですけど、あいつは、アパートの部屋に小さな祭壇みたいなの作って、毎日、欠かさずやってました。

工藤: なるほど…。失礼ですが、お葬式のやり方なども、やはり故郷の風習を大事にされるような?

(工藤の質問に、B氏が息を呑む気配がする。食器が、カチャリと小さな音を立てる)

B氏: ……なんの話ですか。

工藤: いえ、以前、△△台団地にお住まいだった方から、少しだけお話を伺う機会がありまして。外国人の方たちが、夜に、雑木林で何か…儀式のようなことをしている、と。

B氏: ……それは、ただの噂です。俺たちを、よく思わない人たちが、勝手に言ってるだけ。

工藤: もちろん、そうだと思います。ただ、ソティアさんの同僚だった方で、確か…一昨年、急に病気で亡くなられた方がいると聞きました。チャットさん、でしたか。

(B氏が、再び沈黙する。前のめりになる工藤の、衣擦れの音が記録されている)

工藤: チャットさんも、ソティアさんと同じ工場で…。聞いています。彼が、奇妙な病気で亡くなったことも。急に体がおかしくなって、夜中に、まるで踊るように徘徊して…。

B氏: やめてください。

工藤: ブンさん。俺は、あなたたちのコミュニティを、責めたいわけじゃないんです。ただ、真実が知りたい。チャットさんが亡くなった後、彼を…どうされたんですか? 日本の法律では、火葬をしなければならない。でも、あなたたちの故郷では、違うと聞きました。

B氏: ……。

工藤: ソティアさんは、真面目な人だった、とあなたはおっしゃった。故郷の教えを、誰よりも大事にする人だった、と。そんな彼が、大事な仲間だったチャットさんを、日本のやり方で、火葬することに、納得できたんでしょうか。

(決定的な沈黙。数秒間、店内のBGMだけが響く。やがて、B氏が、絞り出すような、諦めたような声で、ぽつりと呟くのが聞こえる)

B氏: …あいつは…。ソティアは、言ってたんです。

工藤: なんと?

B氏: 「チャットが可哀想だ」って…。
「日本のやり方は、冷たい」って…。
「魂が、煙になって、空に消えてしまう」
「故郷の土に還してあげないと、チャットの魂は、いつまでもこの国を彷徨うことになる」
「それは、俺たちの神様が、一番、嫌うことだ」って…。

(B氏の声は、震えていた)

B氏: 俺も、他の仲間も、みんな反対したんです。そんなことしたら、俺たちが日本にいられなくなるって。でも、あいつは聞かなかった。「これは、俺がやらなくちゃいけない、大事な“お役目”なんだ」って、そればっかりで…。

工藤: …お役目…。

B氏: はい。病気で死んだ仲間を、故郷のやり方で、土に還してあげる。それが、先に日本に来た俺たちの、大事な「お役目」なんだって…。

工藤: …それで、彼を…チャットさんを、あの雑木林に?

B氏: 俺は、手伝ってないです! 本当です! でも…ソティアと、何人かが、夜中に工場からスコップを持ち出してたのは…知ってます…。あいつらが、夜中に、あの森に入っていくのも…アパートの窓から、見ました…。

(B氏の声は、次第に嗚咽に近くなっていく)

B氏: 次の年の夏に、また一人、同じ病気で死んだ。その時も、ソティアが…。
そして、去年の冬…。ソティア自身が、あの病気になったんです。
夜中に、あの、奇妙な踊りを…。
あいつ、分かってたんだと思う。もうすぐ自分も死ぬって。だから、俺に言ったんです。「俺が死んだら、頼む。お前が、俺を…」って。
でも、俺は怖くて、できなかった。
あいつがアパートで動くなくなって、俺は…俺は、怖くて、救急車も呼べなくて…ただ、逃げ出したんです。工場も、辞めて…。

工藤: …ソティアさんは、今、どこに?

B氏: 知らない! 俺は、何も知らない! もう、やめてください! お願いします!

(椅子を引く激しい音。B氏が席を立ったと思われる)

工藤: 待ってくれ、ブンさん! あともう一つだけ!

(B氏が、走り去る足音。工藤のため息が、深く、長く記録されている)

録音終了:2026年4月12日 23:28

(編纂者による注記:この音声記録が録音されたマイクロSDカードの同じ階層に、「260413_memo.txt」というファイル名で、以下のテキストデータが保存されていた)

ファイル内容:
「ビンゴだ。タレコミは、事実だった。
震源地は、あの雑木林で間違いない。
彼らは、善意でやっていたのだ。故郷の風習を重んじ、死んだ仲間を弔うという、ただそれだけの、人間的な善意で。
だが、その善意が、結果として何を引き起こしたのか。彼ら自身も、まだ気づいていない。
『踊り病』で死んだ仲間を、土に還す。
その行為が、この地域に、一体何を解き放ってしまったのか。
俺は、もう一度、あの『泥の男』の被害者家族に接触する必要がある」
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