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【第二章:天災と人災(2028年)】
第21話:資料No.020(防衛省・派遣命令書)2028年
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【資料No.020】
資料種別:防衛省発令 辞令書(複写)
記録年:2028年
(以下は、南海トラフ巨大地震に伴う災害派遣に従事した、元陸上自衛官・鈴木誠二等陸曹(仮名)の私物の中から、彼の死後、遺族によって発見された辞令書の複写である。 鈴木二曹は、この辞令書を受け取った日から約三ヶ月後、派遣先の駐屯地内で自ら命を絶った。 公式な死因は「極度の災害ストレスによる、重度の心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と記録されている。 彼が個人的に残した数点のボイスメモは、この公式見解だけでは説明のつかない、過酷な任務の断片を我々に伝えている)
防衛省
辞令書
文書番号: 陸人作命 発 第28-522号
発令日: 2028年5月22日
所属:
陸上自衛隊 中部方面隊
第10師団 第33普通科連隊
第2中隊 第1小隊
階級: 弐等陸曹
氏名: 鈴木 誠(仮名)
上記の者に対し、災害対策基本法第六十三条の規定に基づき、本日付をもって、下記のとおり災害派遣を命ずる。
1. 任務
南海トラフ巨大地震に伴う、人命救助および被災者支援活動。
特に、本日公布された「臨時埋葬許可法」に基づく、被災地における行方不明者の捜索、ご遺体の収容、および指定臨時埋葬地への搬送・埋葬作業を主たる任務とする。
2. 派遣期間
2028年5月23日から当分の間。
3. 派遣先
和歌山県 ███市 ███地区に設置される、第10師団 前進活動拠点。
主たる活動範囲は、紀伊半島沿岸部の、津波による壊滅的被害を受けた地域、および同地域に新設される臨時埋葬地とする。
4. 指揮系統
現地では、第10師団長が指名する現地調整所の指揮下に入り、警察、消防、および地方自治体と緊密に連携し、任務を遂行すること。
5. 特記事項
(a) 本任務は、国家の威信をかけ、国民の負託に応える極めて重要なものである。各隊員は、自衛官としての誇りと使命感を胸に、被災者に寄り添い、不屈の精神をもって職務に精励すること。
(b) 派遣先の衛生環境は劣悪を極めることが予想される。各隊員は、支給される防疫装備を確実に着用し、自らの健康管理に万全を期すこと。任務遂行にあたっては、二次的な感染症の拡大防止を常に念頭に置くこと。
(c) ご遺体の取り扱いについては、ご遺族の心情に最大限配慮し、敬意と尊厳をもって接すること。ただし、現場の状況によっては、公衆衛生の確保を優先せざるを得ない場合がある。その際は、現場指揮官の判断に冷静に従うこと。
(d) 本任務の性質上、隊員は精神的に極めて過酷な状況に直面することが予測される。メンタルヘルスに不調を感じた場合は、速やかに所属長に申し出ること。派遣期間中、および任務終了後には、専門の心理幹部によるカウンセリングを実施する。
以上
防衛大臣
██ ██
(編纂者による注記:この一枚の辞令書は、鈴木二曹という一人の誠実な自衛官が、これから直面するであろう地獄への、いわば公式な「召集令状」であった。 文面には、「国民の負託」「不屈の精神」「敬意と尊厳」といった、組織が個人に課す、美しくも重い言葉が整然と並んでいる。
しかし、彼がこれから紀伊半島の臨時埋葬地で目の当たりにする現実は、これらの規範的な言葉では到底覆い隠すことのできない、人間の理解を超えたものであった。 彼は、天災がもたらした膨大な「死」と、そして、その死体が埋められた「土」の中で静かに増殖を始める、全く別の「何か」の最前線に、たった一人で立たされることになる。
彼の苦悩と絶望は、組織からは「PTSD」という、もっともらしい臨床心理学的なラベルを貼られ、その声は誰にも届くことはなかった。 我々がこれから耳にする彼の肉声は、巨大な災害と、さらに巨大な組織の論理の中で、静かに圧殺されていった一個人の、最後の抵抗の記録である)
資料種別:防衛省発令 辞令書(複写)
記録年:2028年
(以下は、南海トラフ巨大地震に伴う災害派遣に従事した、元陸上自衛官・鈴木誠二等陸曹(仮名)の私物の中から、彼の死後、遺族によって発見された辞令書の複写である。 鈴木二曹は、この辞令書を受け取った日から約三ヶ月後、派遣先の駐屯地内で自ら命を絶った。 公式な死因は「極度の災害ストレスによる、重度の心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と記録されている。 彼が個人的に残した数点のボイスメモは、この公式見解だけでは説明のつかない、過酷な任務の断片を我々に伝えている)
防衛省
辞令書
文書番号: 陸人作命 発 第28-522号
発令日: 2028年5月22日
所属:
陸上自衛隊 中部方面隊
第10師団 第33普通科連隊
第2中隊 第1小隊
階級: 弐等陸曹
氏名: 鈴木 誠(仮名)
上記の者に対し、災害対策基本法第六十三条の規定に基づき、本日付をもって、下記のとおり災害派遣を命ずる。
1. 任務
南海トラフ巨大地震に伴う、人命救助および被災者支援活動。
特に、本日公布された「臨時埋葬許可法」に基づく、被災地における行方不明者の捜索、ご遺体の収容、および指定臨時埋葬地への搬送・埋葬作業を主たる任務とする。
2. 派遣期間
2028年5月23日から当分の間。
3. 派遣先
和歌山県 ███市 ███地区に設置される、第10師団 前進活動拠点。
主たる活動範囲は、紀伊半島沿岸部の、津波による壊滅的被害を受けた地域、および同地域に新設される臨時埋葬地とする。
4. 指揮系統
現地では、第10師団長が指名する現地調整所の指揮下に入り、警察、消防、および地方自治体と緊密に連携し、任務を遂行すること。
5. 特記事項
(a) 本任務は、国家の威信をかけ、国民の負託に応える極めて重要なものである。各隊員は、自衛官としての誇りと使命感を胸に、被災者に寄り添い、不屈の精神をもって職務に精励すること。
(b) 派遣先の衛生環境は劣悪を極めることが予想される。各隊員は、支給される防疫装備を確実に着用し、自らの健康管理に万全を期すこと。任務遂行にあたっては、二次的な感染症の拡大防止を常に念頭に置くこと。
(c) ご遺体の取り扱いについては、ご遺族の心情に最大限配慮し、敬意と尊厳をもって接すること。ただし、現場の状況によっては、公衆衛生の確保を優先せざるを得ない場合がある。その際は、現場指揮官の判断に冷静に従うこと。
(d) 本任務の性質上、隊員は精神的に極めて過酷な状況に直面することが予測される。メンタルヘルスに不調を感じた場合は、速やかに所属長に申し出ること。派遣期間中、および任務終了後には、専門の心理幹部によるカウンセリングを実施する。
以上
防衛大臣
██ ██
(編纂者による注記:この一枚の辞令書は、鈴木二曹という一人の誠実な自衛官が、これから直面するであろう地獄への、いわば公式な「召集令状」であった。 文面には、「国民の負託」「不屈の精神」「敬意と尊厳」といった、組織が個人に課す、美しくも重い言葉が整然と並んでいる。
しかし、彼がこれから紀伊半島の臨時埋葬地で目の当たりにする現実は、これらの規範的な言葉では到底覆い隠すことのできない、人間の理解を超えたものであった。 彼は、天災がもたらした膨大な「死」と、そして、その死体が埋められた「土」の中で静かに増殖を始める、全く別の「何か」の最前線に、たった一人で立たされることになる。
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