みんな善いことだと思ってた

月影 朔

文字の大きさ
22 / 42
【第二章:天災と人災(2028年)】

第22話:資料No.021(鈴木二曹のボイスレコーダー記録①)2028年

しおりを挟む
【資料No.021】
資料種別:デジタルボイスレコーダーの音声ファイルからの書き起こし
記録年:2028年

(以下は、元陸上自衛官・鈴木誠二曹(仮名)が、災害派遣中に個人的に残していた、最初の音声記録である。ファイル名は「280615_monologue.mp3」。おそらく、彼が任務の合間に、誰に聞かせるともなく、自身の経験と感情を整理するために録音したものと推察される。その声は、極度の疲労と、それを押し殺そうとする自衛官としての矜持の間で、激しく揺れ動いている)

録音開始:2028年6月15日 22:40

(録音開始。背景に、ザーッという雨音と、遠くで発電機が唸るような低い音が聞こえる。テントの中と思われる、閉鎖的な空間の反響。鈴木二曹のものと思われる、若く、しかし疲れ切った声が、静かに話し始める)

鈴木二曹: …鈴木誠、二曹。……記録、開始。……誰に聞かせるわけでもない。ただの、独り言だ。これを…残しておかないと、俺の頭が、どうにかなってしまいそうだ。

(一度、言葉が途切れる。長く、重い、ため息)

鈴木二曹: 紀伊半島、和歌山県███市に派遣されて、今日で三週間が経った。……三週間。まだ、たったの三週間か…。もう、三ヶ月か、あるいは三年くらい、ここにいるような気がする。

(雨音が、テントを叩く音が少し強くなる)

鈴木二曹: 毎日、同じことの繰り返しだ。朝5時に起床。レーションを胃に流し込み、6時には大型トラックで現場に向かう。俺たちの部隊に与えられた任務は、ただ一つ。「臨時埋葬許可法」に基づく、ご遺体の収容と、埋葬。……辞令書には、そう書いてあったな。「人命救助および被災者支援活動」…か。笑わせる。俺たちは、もう、誰一人として救うことなどできない。俺たちの仕事は、ただ、膨大な数の「死」を、右から左へ、淡々と処理していくだけだ。

(彼の声に、自嘲の色が混じる)

鈴木二曹: 現場は、地獄だ。テレビのニュースで流れている、あの映像。あれは、地獄のほんの上澄みでしかない。津波に襲われた町は、まるで巨大なミキサーにかけられたみたいに、家も、車も、木も、そして…人も、何もかもがぐちゃぐちゃに混ざり合って、ヘドロと瓦礫の山になっている。その山を、俺たちは重機と、そして最後は素手で、掘り起こしていく。

鈴木二曹: 鼻が、もう馬鹿になっている。最初の数日は、吐き気に耐えられなかった。腐敗臭。ヘドロの匂い。潮の香り。その全てが混じり合った、甘ったるくて、頭の芯が痺れるような匂い。今では、もう何も感じない。それが、一番怖いことかもしれん。

鈴木二曹: ご遺体を見つけるたびに、決められた手順に従う。身元を確認できそうなものがあれば、警察官に引き渡す。それが無理なら、番号をつけたタグを、手首か、足首か、あるいは、残っているどこかに結びつける。そして、遺体袋に入れる。子供の時は、少しだけ、小さい袋を使う。ただ、それだけだ。感情を挟むなと、小隊長からは、毎日言われている。「お前たちが心を殺さなければ、この任務は完遂できない」と。…その通りだと思う。だから、俺たちは、心を殺す。見つかったのが、赤ん坊の小さな手であろうと、まだ新しい指輪をはめた、若い母親の指であろうと、俺たちは、それをただの「発見物」として、淡々と、処理していく。

(数秒の沈黙。雨音だけが響く)

鈴木二曹: そして、日が暮れる頃、トラックの荷台に、その日の「成果」を載せて、指定された臨時埋葬地へと向かう。そこが、俺にとっての、本当の地獄だ。

鈴木二曹: 市街地から数キロ離れた、元は県有林だった高台。そこが、俺たちの墓場だ。ブルドーザーが、巨大な溝を、何本も、何本も掘っている。長さ100メートル、深さ3メートル。まるで、畑の畝(うね)みたいに、整然と。その溝の脇に、俺たちは、その日集めてきた袋を、一つ、また一つと、並べていく。番号順に、きれいに。

鈴木二曹: そこには、もう、個人の尊厳など、どこにもない。ただの、数字の羅列だ。2035番、2036番、2037番…。ご遺族が泣き叫ぶ声も、坊さんの読経も、何もない。聞こえるのは、重機のエンジン音と、土砂をかき出す音、そして、俺たちの、荒い呼吸音だけだ。

鈴木二曹: 全てを並べ終えると、市の職員が来て、名簿と番号を照合していく。それが終わると、俺たちの仕事は、また始まる。今度は、スコップを手に、その溝の中に、土をかけていくんだ。…埋めるんじゃない。ただ、上から、土をかけていくだけ。まるで、ゴミを処分するように。

(彼の声が、わずかに震え始める)

鈴木二曹: 辞令書には、こう書いてあったな。「ご遺体の取り扱いについては、ご遺族の心情に最大限配慮し、敬意と尊厳をもって接すること」。…敬意と尊厳…。これが、国が言う、敬意と尊厳なのか。

(嗚咽を押し殺すような、息遣い)

鈴木二曹: …すまん。…弱音を吐くつもりはなかった。…これは、任務だ。公衆衛生を守るための、二次災害を防ぐための、必要な措置だ。…善いことなんだ。俺たちがやっていることは、きっと、善いことなんだ。そう、思わなければ、もう、明日から、スコップを握ることなんて、できやしない。

(彼は必死に、自分に言い聞かせているようだった。雨音が、次第に弱まっていく)

鈴木二曹: …ただ、一つだけ…。どうしても、頭から離れないことがある。……俺は、狂ってしまったのかもしれない。いや、ここにいる隊員は、多かれ少なかれ、もうみんな、少しずつ狂い始めている。…だから、きっと、これも、ただの幻覚だ。そうに、違いないんだが…。

(彼の声が、ひどく、ひそやかになる)

鈴木二曹: …埋めた場所の土が、おかしいんだ。…気のせいだとは思う。雨で、ぬかるんでいるだけだとは思うんだが…。夜、見回りに行くと、俺たちが昼間、平らにならしたはずの土が、時々、ほんの少しだけ…内側から、盛り上がっているような気がするんだ。…まるで、土の下で、誰かが、身じろぎでもしているみたいに…。

(録音終了)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

処理中です...