みんな善いことだと思ってた

月影 朔

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【第二章:天災と人災(2028年)】

第23話:資料No.022(避難所運営NPOの活動日誌:高知県)2028年

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【資料No.022】
資料種別:NPO法人「手と手をつなぐ会」活動日誌(ウェブサイト掲載分)
記録年:2028年

(以下は、南海トラフ巨大地震の被災地、高知県███町で避難所の運営支援を行っていた、認定NPO法人「手と手をつなぐ会」の現地コーディネーター、佐藤██氏(女性・28歳)が、日々の活動を記録するためにウェブサイト上で公開していた日誌の抜粋である。当初は支援を呼びかけるための明るい内容だった日誌が、日付を追うごとに、徐々に疲労と不可解な現実によって蝕まれていく様子が記録されている)

ウェブサイト「手と手をつなぐ会」活動ブログ
タイトル:高知より、今日の「手と手」- 2028年6月28日

こんばんは。高知チームの佐藤です。
地震発生から、もうすぐ二ヶ月が経とうとしています。ここ、███第一中学校の体育館に避難されている皆さんも、少しずつですが、笑顔を取り戻し始めています。今日も、ボランティアの学生さんたちが子供たちのために紙芝居を読んでくれて、体育館に元気な笑い声が響きました。

全国からの支援物資も、本当にありがとうございます。特に、下着や生理用品などの衛生用品は、女性や子供たちの心身の健康にとって、何よりの支えになっています。

まだまだ、復興までの道のりは遠いかもしれません。津波でご家族やご友人を亡くされた方の悲しみは、決して癒えることはないでしょう。
それでも、私たちは、ここで生きている人たちの「明日」を、全力で支え続けたいと思います。それが、私たちの役割であり、人として「善いこと」だと信じています。
引き続きのご支援を、どうぞよろしくお願いいたします。

ウェブサイト「手と手をつなぐ会」活動ブログ
タイトル:心のケアの重要性 - 2028年7月15日

こんばんは。佐藤です。
最近、避難所の運営で、新たな課題に直面しています。それは、被災された方々の「心のケア」です。

地震発生から二ヶ月以上が経過し、インフラの復旧も少しずつ進んできました。しかし、それとは反比例するように、多くの方々が、精神的な不調を訴え始めています。不眠、食欲不振、そして、突然フラッシュバックに襲われて泣き崩れてしまう方…。

これは、「心的外傷後ストレス障害」、いわゆるPTSDの典型的な症状です。
特に、昼間に、津波で流されたご自宅の跡地を見に行ったり、あるいは、先月設置された臨時埋葬地へ、ご家族のお墓参りに行かれたりした方に、その症状が強く現れる傾向があるようです。

あまりにも辛い現実を目の当たりにしたことで、心の防衛機能が限界を超えてしまうのでしょう。
私たちにできるのは、ただ、その方の隣に座り、静かに背中をさすってあげることだけです。個人の、あまりにもデリケートな心の傷に、私たちが土足で踏み込むことは許されません。そっと寄り添い、静かに見守ること。それが、支援者として、今一番求められている「善いこと」なのだと、自分に言い聞かせています。

ウェブサイト「手と手をつなぐ会」活動ブログ
タイトル:おかしなことが、起きています - 2028年8月2日

(※注:この記事は公開から数時間後に削除されたが、SNSなどでスクリーンショットが拡散されたため、その記録が残っている)

こんばんは。佐藤です。
すみません、今日の投稿は、少しだけ、私の弱音になってしまうかもしれません。

この避難所で、おかしなことが起きています。
最初は、ほんの数人でした。主に、ご高齢の方々です。
夜中、皆が寝静まった体育館で、むくりと起き上がるんです。そして、誰に言うでもなく、体育館の中央に出てきて、まるで何かを探すように、ゆっくりと徘徊を始めます。

ここまでは、災害ストレスによる、高齢者特有の「せん妄」の一種だと、巡回に来てくれるお医者さんも言っていました。
ですが、違うんです。
彼らの動きは、ただの徘徊ではありません。

くねくねと、まるで関節がないみたいに、踊るように、体を揺らし続けるんです。

その動きは、どこかで見覚えがありました。
そうです。数年前、SNSで流行った「クネクネ」という都市伝説。あの、不気味な動きに、そっくりなんです。

最初は、認知症を患っていたお爺さん、お婆さんだけでした。だから、私たちも、「災害のショックで、症状が悪化してしまったんだろう」と、そう思おうとしていました。
ですが、一週間ほど前から、その「踊り」を始める人が、急増しているんです。
40代の主婦の方。20代の、大学生の男の子。そして、昨日の夜は、まだ10代の、高校生の女の子まで。年齢に関係なく、まるで何かの病気が伝染するように、「踊る人」が増え続けている。

彼らに共通しているのは、やはり、昼間に臨時埋葬地へお墓参りに行った、ということです。ご家族やご友人が埋葬されている、あの場所に。
やはり、お墓参りに行ったことで、災害のことを思い出してしまい、PTSDを発症して、あのような奇妙な行動をとってしまうのでしょうか? 私達にできるのは、やはり、そっと寄り添い、静かに見守ることだけなのでしょうか。それが、本当に、みんなにとって「善いこと」なのでしょうか? 私には、もう、分かりません。

そして、何よりも恐ろしいのは、その後のことです。
この、気味の悪い「踊り」を始めた人は、例外なく、ちょうど一ヶ月ほどで、急速に衰弱して、亡くなっていくのです。

地震の死者とは別に、この避難所で、毎日、静かに、人が死んでいます。
遺体は、保健所の指導で、すぐに運び出されていきます。そして、また、あの臨時埋葬地へと、運ばれていきます。

巡回に来てくれるお医者さんは、言っていました。「原因不明の、未知のウイルスによる脳炎の可能性も、ゼロではない」と。
ですが、誰も、本気で調査しようとはしません。
この、未曾有の災害の混乱の中で、一人一人の「原因不明の死」など、もはや誰も気に留めないのです。

私たちは、天災から生き延びたはずでした。
でも、違うのかもしれない。
私たちは、今、天災よりももっと静かで、もっとたちの悪い、「何か」に、殺され続けているのかもしれない。

神様。私たちは、一体、どうすればいいのですか。

(編纂者による注記:この記事が削除された後、NPO法人の公式サイトは、「担当者の精神的混乱による、不適切な内容の投稿」であったとして、謝罪文を掲載した。佐藤氏はこの数日後に現地での活動を離れ、その後、NPO法人そのものを退職している。彼女が記録した「踊り病」の蔓延は、この後、南海トラフの全ての被災地の避難所で、同時多発的に確認されることになる。しかし、その全てが「災害ストレスによるPTSD」や「集団ヒステリー」として、片付けられていった)
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