みんな善いことだと思ってた

月影 朔

文字の大きさ
40 / 42
【第三章:静かなる終焉(2029年~2030年)】

第40話:資料No.039(三上の最後のCQ ham radio・音声書き起こし)2030年

しおりを挟む
【資料No.039】
資料種別:アマチュア無線交信の音声記録(書き起こし)
記録年:2030年

(以下は、編纂者が発見した、アマチュア無線技士・三上██氏による、最後の音声記録である。この音声は、彼が使用していた無線機に接続された、自動録音装置のメモリカードに残されていた。ファイル名はない。日付は、彼の最後の日記から、2030年6月15日の深夜と推定される。彼は、自らの終焉を悟った時、誰に届くとも知れないこの最後のCQ ham radio(不特定多数の局への呼びかけ)に、この国を滅ぼした災厄の、あまりにも単純で、あまりにも救いのない真相の全てを、託そうとした。これは、最後の調査者が、死にゆく世界に向けて発信した、たった一人の、そして最後の、ブリーフィングである)

録音開始:2030年6月15日 23時58分

(録音開始。数秒間の、サーッというホワイトノイズ。彼の無線機が、電波の海を彷徨っている音だ。やがて、マイクのスイッチが入る、カチリ、という小さな音。そして、これまでの日記やログの冷静な筆致とは全く異なる、切迫した、しかし、不思議なほど明瞭な、三上の声が響き始める)

三上: …CQ、CQ、CQ。こちら、JA3-███。大阪府旧居住区より、緊急通信。…誰か、これを聞いている人はいないか。…応答は、なくていい。ただ、聞いてくれ。そして、もし、万が一、この通信が届き、そして、君の周りにまだ「世界」が残っているのなら、伝えてくれ。…俺たちが、なぜ滅びたのか。その、本当の理由を。

(一度、言葉が途切れる。彼の、荒い呼吸音)

三上: …もう、時間がない。…扉の外に、奴らが来ている。…あの歌が、すぐそこで聞こえる。…だから、単刀直入に言う。

三上: …全ての始まりは、善意だった。…死者を弔い、土に還すという、俺たちの、人間だけが持つ、あの、尊い『善意』だったんだ。

(彼の声に、狂気と紙一重の、異様な熱がこもり始める)

三上: …聞いてくれ。これは、陰謀論でも、オカルトでもない。…あまりにも単純な、生物学的な、悪夢のサイクルだ。

三上: …まず、始まりは、汚染された人間の遺体が「土葬」されることだ。…北関東の、あの小さな町で、異文化を尊重するという善意が、最初の汚染を引き起こした。…そして、南海トラフだ。…公衆衛生を守るという善意が、数百万の遺体を、この国の土に還した。…その瞬間、この国は、一つの巨大な、培養槽になったんだ。

三上: 次に、その汚染された土から、**『土返り』が生まれる。…俺は、そう呼ぶことにした。…自衛官の鈴木二曹が見た、あの、土の中で蠢く肉の塊。…ジャーナリストの工藤が、最後に掘り当ててしまった、あの泥の噴出。…あれが、『土返り』の正体だ。…もはや人間ではない。…ただ、土の中で増殖し、地上に焦がれる、肉の塊だ。

三上: そして、その『土返り』を、熊が食う。…山に餌がなくなったんじゃない。…もっと栄養価の高い、もっと魅力的な「餌」が、土の中に埋まっていることに、奴らは気づいてしまったんだ。…『土返り』を食った熊は、脳をやられ、人間への警戒心を失い、凶暴化する。…そして、新たな『土返り』を求めて、人里を、避難所を襲う。…最悪の、生物兵器だ。

三上: 襲われた人間は、どうなるか。…あるいは、汚染された土に触れた人間は、どうなるか。…もう、分かるだろう。…約一ヶ月の潜伏期間を経て、最期に、あの奇妙な踊りを始める。…魂を抜かれ、ただ、くねくねと踊り続ける、生きた屍になるんだ。

三上: そして、踊り疲れた人間は、死ぬ。…衰弱し、静かに、死んでいく。…そして、その亡骸は、どうされる?…そうだ。また、土に埋められるんだ。…哀れな犠牲者として、家族の善意によって、あるいは、NPOの善意によって、再び、あの汚染された土の中へと、丁寧に、丁寧に、還されていく。…新たな『土返り』となるために。

(ドン! ドン! ドン! …地下室の、鉄製の扉を、何か重いもので、外から激しく叩く音が、唐突に響き渡る。三上の、息を呑む音)

三上: (声を潜め、焦るように)…ああ、クソ、もう来たのか。…早いな…。

(扉を叩く音は、さらに激しく、そして執拗になっていく。ドンドン! ドンドンドン!)

三上: (叫ぶように)…誰か! 聞いているか! …このサイクルを断ち切らない限り、人類に未来はない! …方法は、一つしかないんだ!

(ガンッ! ガンッ! …扉が、不気味に、軋み始める)

三上: …土葬だ! …土葬という行為そのものを、完全に、この地球上から消し去るしかない! …全ての死体は、例外なく、焼かなければならない! …火だ! 火だけが、この汚染を、この連鎖を、断ち切ることができるんだ! …みんな、火葬だけは、絶対に…!

(バキィィィィィィン!!!! …鉄の扉が、蝶番から引きちぎれるような、凄まじい破壊音。それに続き、複数の人間が、なだれ込むような、ドタドタという足音。そして、三上の、最後の絶叫)

三上: …うわあああああああああああああああっ!

(彼の悲鳴に重なるように、あの、虚ろで、単調な、しかし、無数の声が合わさった、奇妙な「歌」が、マイクのすぐ近くで、はっきりと、明瞭に、記録されている)

(三上の絶叫が、何か粘着質なものに覆われていくように、ぐぐもった音に変わり、ねちゃ…ぐちゃ…という水っぽい音だけが響く。そして、最後に、ブツッというノイズと共に、通信は、永遠に途絶した)

(編纂者による注記:これが、我々が知りうる、旧日本における、最後の「人間の声」である。三上██という、一介のアマチュア無線技士が、たった一人でたどり着いた、この世界の真実。彼の最後の警告は、おそらく、誰にも届くことはなかった。彼が最も恐れていた通り、扉は破られ、そして、この国は、最後の最後まで「善意」を信じたまま、静かなる終焉を迎えたのである)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...