みんな善いことだと思ってた

月影 朔

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【第三章:静かなる終焉(2029年~2030年)】

第41話:資料No.040(関東統治政府・管理区域マップ)2030年末

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【資料No.040】
資料種別:行政発行の公式地図(デジタルアーカイブ)
記録年:2030年

(以下は、我々編纂者が提示できる、最後の客観的な資料である。これは、旧日本政府の統治機能が完全に崩壊した後、国連安全保障理事会の決議に基づき、PKO(国連平和維持活動)部隊の監督下で暫定的に設立された「関東統治政府(Kanto Administrative Government, KAG)」が、2030年の末に発行した、公式の行政区分マップである)

(この一枚の地図が持つ意味は、あまりにも重い。これは、単なる地理情報ではない。これは、我々の親の世代が「日本」と呼んでいた国家が、事実上、その歴史に幕を下ろしたことを示す、死亡診断書そのものである。この地図の発行と共に、後に「大静寂(The Great Silence)」と呼ばれる、暗黒の時代が始まったのだ)

文書タイトル: 関東統治政府 布告第1号「統治区域および隣接する汚染封じ込め区域の確定に関する布告」

発行日: 西暦2030年12月31日

発行主体: 関東統治政府・内務省地理情報局

序文:
2028年の南海トラフ巨大地震、および、その後に発生した複合的災害(人獣共通感染症のパンデミックおよび、それに伴う社会秩序の崩壊)により、旧日本政府はその統治能力を完全に喪失した。これを受け、国連安全保障理事会は、東アジア地域の安定と、人道的危機の拡大を阻止するため、旧日本列島における新たな統治機構の設立を承認した。

関東統治政府は、国連憲章に基づき、旧首都圏を中心とした限定的な領域において、生存している旧日本国民の生命と財産を保護し、限定的ながらも持続可能な社会基盤を再建することを、その第一の目的とする。

本布告は、その目的を達成するための、最も根源的な行政区分を定めるものである。すなわち、我々が統治し、人間が生存可能な「居住可能区域(Livable Zone)」と、そこから外部の広大な領域、すなわち、致命的な生物学的汚染により、その封じ込めを最優先としなければならない「汚染封じ込め区域(Contamination Containment Zone)」とを、明確に区分するものである。

地図の詳細:

(ここに、かつての日本地図を基にした、一枚の行政マップが添付されている。その姿は、痛々しいほどに、単純化されている)

地図の凡例:

白色の区域: 居住可能区域(Livable Zone)

赤色の区域: 汚染封じ込め区域(Contamination Containment Zone)

黒色の太線: 物理的障壁「第一防衛線(The Wall)」

白色の区域 - 居住可能区域(Livable Zone):
地図上で、白色に塗られている区域は、ごく僅かだ。
それは、旧関東平野の、そのまた中心部。東京、埼玉、千葉、神奈川、茨城、栃木、群馬の、それぞれ一部。かつて、世界最大級のメガロポリスが広がっていた、その心臓部だけが、かろうじて、白色のまま残されている。
この区域が「壁の内側」である。我々、旧日本人の、最後の生存圏だ。

黒色の太線 - 第一防衛線(The Wall):
白色の区域を、まるで城壁のように、ぐるりと一周、取り囲むように、黒色の、極めて太い線が引かれている。
これが、国連の工兵部隊と、各国からの技術支援によって、わずか一年で建設された、物理的な壁「第一防衛線」である。高さ15メートル、厚さ5メートルの、鉄筋コンクリート製の巨大な壁。その上には、有刺鉄線と、監視塔が、数百メートルおきに設置されている。
この壁は、内側の人間を、外側の「何か」から守るためのものであると同時に、内側の人間が、二度と外へは出られないことを示す、巨大な檻でもある。

赤色の区域 - 汚染封じ込め区域(Contamination Containment Zone):
そして、地図の、それ以外の全ての領域。
北海道から、本州の大部分、四国、九州、そして沖縄に至るまで。かつて、美しい四季と、豊かな文化を誇った、日本の国土の9割以上が、一つの、巨大な、真っ赤な色で、完全に塗りつぶされている。
そこが「汚染封じ込め区域」。あるいは、我々が、陰で「旧日本」と呼ぶ場所だ。
この赤色の区域には、以下の注釈が、冷たいゴシック体の文字で、簡潔に付記されている。

【汚染封じ込め区域に関する注記】

本区域は、コードネーム「A-9」として知られる、極めて危険かつ強靭な、土壌媒介性の未知の病原体によって、致命的なレベルで汚染されている。

本区域への、居住可能区域からの、いかなる理由による立ち入りも、厳格に禁止する。違反者は、統治政府の定める最も厳しい罰則(射殺を含む)の対象となる。

本区域内部には、依然として、旧日本国民の一部が生存している可能性がある。しかし、彼らの救出は、現時点では不可能であり、また、区域全体の封じ込めを優先するという国際的な合意に基づき、全ての救出活動は無期限に凍結される。

本区域と、居住可能区域とを隔てる「第一防衛線」は、定期的に武装ヘリコプターおよびドローンによるパトロールが行われる。壁に接近する、いかなる大型野生動物、あるいは、感染の兆候を示す人間と認められる対象は、警告なしに、即座に駆除される。

本区域の汚染が、自然な形で鎮静化するまでには、少なくとも数十年、あるいは、数百年単位の時間を要すると、合同専門家会議は予測している。

(編纂者による注記:これが、我々の時代の、世界の全てだ。我々は、この狭い「壁の内側」で生まれ、そして、死んでいく。壁の向こう側に広がる、広大な故郷の大部分は、我々にとっては、地図の上で赤く塗りつぶされた、ただの「危険地帯」でしかない)

(かつて、そこには、我々の祖父母が愛した美しい風景があったはずだ。豊かな田園、活気のある地方都市、そして、神々が眠る静かな山々が。だが、今、そこに何があるのかを、我々は知らない。時折、監視衛星が捉える、不鮮明な画像の断片。赤く染まった大地の上を、何かが、ゆっくりと、蠢いている。それだけだ)

(アマチュア無線技士・三上が聞いた、あの、断末魔の叫びの数々。ジャーナリスト・工藤が追いかけた、あの、悍ましい怪異の連鎖。自衛官・鈴木が見た、あの、土の中で蠢く生命。そして、研究員・小林が最後に警告した、あの、悪夢のサイクル。その全てが、この、巨大な赤い染みとなって、地図の上に、永遠に刻み込まれている)

(この地図が発行されて以降、壁の外の世界から、人間の声が聞こえることは、二度となくなった。アマチュア無線の周波数も、今では、ただ、虚しいノイズが響くだけだ。だから、我々は、この時代を「大静寂」と呼ぶ。日本という国家が、その声と、物語と、そして未来の全てを失い、ただ静かに、死んでいった、その始まりの時代として)
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