【完結】『迷子札の子守唄～見届けられた命たち～』

月影朔

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第3章：見届けられる未来

第30話：秘奥の刃

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　越後屋本店の地下深く。

　隠された部屋の中央で、宗次と若旦那が刀を抜き、対峙した。油皿の淡い光が、二人の顔と、交錯する殺意を照らし出す。部屋の中には、越後屋の不正の証と、巨万の財産が積み上げられている。そして、その全てを巡る、命を賭けた戦いが今、始まった。

「来るがいい、浪人」

　若旦那の声は冷たい。その構えには、剣術の手練れであることを伺わせる隙のなさが漂っている。商人でありながら、自らこのような場所に立ち、刃を振るうとは、並々ならぬ覚悟か、あるいは狂気か。

　宗次は無言で、しかし確固たる決意をその目に宿し、若旦那を見据えた。刀は、護るために振るう。お梅の願い、赤子の命、そして「あの人」との絆。その全てをこの刃に乗せる。

　先に動いたのは若旦那だった。重心を低くし、一気に宗次との間合いを詰める。商人らしい華麗さはないが、その一太刀は速く、重い。常人のそれを遥かに凌駕している。

　キィン！

　乾いた金属音が響き、宗次は若旦okka若旦那の鋭い一撃を刀で受け流した。火花が散る。部屋の中は狭い。積み上げられた木箱や机が、二人の動きを制限する。それは宗次にとって有利でもあり、不利でもあった。

　若旦那は追撃の手を緩めない。斬り、払い、刺突。その剣筋には迷いがない。越後屋という巨大な組織の頂点に立つ者の、目的のためなら手段を選ばぬ冷酷さが、その刃に宿っているかのようだ。

　宗次は防戦一方ではない。若旦那の攻撃を受け流しながら、相手の動きの癖や、隙を探る。彼の剣は、力で圧倒するのではなく、相手の力を利用し、最小限の動きで急所を突く、洗練された古流の剣術だ。浪人として幾多の修羅場を潜り抜けた経験が、その剣に深みを与えている。

　狭い部屋の中を、二人の剣戟が駆け巡る。積み上げられた木箱に刃が当たり、ガコン、と鈍い音が響いたり、油皿の灯りが揺れて、二人の影が大きく揺れ動いたりする。息詰まるような緊張感の中、剣と剣が交錯する音だけが、冷たく響き渡る。

　若旦那は、宗次が予想以上の手練れであることに気づき、僅かに苛立ちの色を見せ始めた。攻撃がより激しく、より苛烈になる。殺意が剥き出しだ。

「なぜだ！なぜお前のような者が、我々の邪魔をする！金か？女か？望むなら全てくれてやる！だから、我々の前から消えろ！」

　若旦那が叫ぶ。彼の価値観では、全ての人間は欲望で動く。宗次の行動が理解できないのだ。
「これは…金ではない…命だ！貴様らが踏みにじった、一人の女の命と、その願いだ！」

　宗次が答える声は、若旦那の声とは対照的に静かだが、確かな怒りが込められている。

　感情的な揺さぶりをかけながらも、若旦那の剣は衰えない。むしろ、怒りがその力を増しているかのようだ。宗次はその激しい連撃を受け流し、相手の剣が止まった一瞬を狙った。

　宗次は体勢を低くし、若旦那の懐へと潜り込んだ。刀を水平に構え、相手の脇腹目掛けて突きを放つ。これは、相手の懐に入り込まなければ放てない、捨て身に近い一撃だ。

　若旦那は宗次の意図に気づき、素早く体を捻ってそれをかわそうとした。しかし、宗次の突きは想像以上に速かった。

　ズブリ、という嫌な音が響いた。宗次の刀が、若旦那の脇腹を浅く、しかし確かに抉った感触があった。

「がはっ！」

　若旦那は苦痛の呻き声をあげ、大きく怯んだ。しかし、致命傷ではない。彼は即座に体制を立て直し、傷口を押さえながら、憎悪の目で宗次を睨みつけた。

「よくも…！ただの浪人が、この私に…！」

　若旦那の目には、苦痛よりも、傷つけられたプライドによる激しい怒りが燃え上がっていた。彼の剣が、さらに凶暴性を増す。もはや技など関係ない。ただ、宗次を切り刻むことだけを目的にしているかのようだ。

　宗次もまた、体力を消耗している。狭い部屋での激しい動きは、宗次の体に大きな負担をかけていた。しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない。帳簿は、まだ若旦那のすぐ傍にある。

　宗次は傷を負わせたことで、有利な状況を作り出した。しかし、若旦那の怒りは予想以上だ。このまま斬り合いを続ければ、宗次自身も無事では済まないだろう。

（決めねば…！）

　宗次は息を整え、再び刀を構えた。若旦那が傷口を押さえながら、渾身の一撃を放とうと構える。部屋の中央で、二人の刃が、再び交錯しようとしていた。

　積み上げられた木箱、散乱する金貨、そして越後屋の悪事の記録。全ての証人たちが、この血みどろの戦いの結末を見守っている。お梅の願いと、小さな命の未来は、宗次のこの一太刀に懸かっている。

　息詰まるような静寂の中、若旦那が咆哮と共に飛びかかってきた。宗次はその動きを冷静に見切り、迎え撃つ態勢を取った。

　最終決着への一瞬が、今、訪れようとしていた。

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