実の父に隣国へ死にに行けと言われた王女は、隣国の王に溺愛される。

曼珠沙華

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心臓のばくばくという音がひどく耳に響いた。

扉の向こうにロゼ様がいる。

握り合わせた手ががたがたと震える。

大丈夫かな……。
変じゃない?
やっぱり私には似合わないんじゃ……。
身の丈に合っていない格好だもの。

あぁ、なんでラビンスはあんなに張り切っちゃったの……!

さかのぼること数時間前。

オリビアは嫌悪されることを覚悟でラビンスにお願いした。

ドレスを着せてほしい、と。

多少驚いた顔をしたラビンスだったが、すぐにぱっと顔を輝かせ「もちろんです!」と快諾してくれた。

しかしそれにはどうしても避けて通れないことがあった。

ラビンスに体を見せなければならないことだ。

すぐに着替えの準備に取り掛かろうとしたラビンスをオリビアは慌てて止めた。

「あ、あのね!その前にちょっと……」

「はい」

「ちょっと見せなきゃいけないものがあって……あ、その……汚いものなんだけど……」

どんどん声が小さくなり、語尾はほとんど聞き取れないくらいの大きさだった。

「どういったものでしょう?」

説明しようと口を開いたが、どう言ったらいいのか分からず言葉が出なかった。

きっと説明するより見せた方が早い。
意を決してスカートの裾を持ち上げ、太腿を露わにした。

ラビンスが息を吞むのが分かった。

そこには鞭で打たれた無数の傷があった。
もうすでに治っている古い傷跡から今にも傷口が開いてしまいそうな痛々しいものまで。

ラビンスの反応が怖い。
ぎゅっと裾を握りしめ、下を向いてしまう。

「オリビア様、もう大丈夫です。裾を下してください」

優しい声だった。
そして温かい手で、裾を握るオリビアの手を包んでくれた。

力が抜け、ゆっくりと裾から手を離す。

良かった。嫌われてないかな。

おそるおそるラビンスの顔を見る。

その表情を見てゾッとした。

人形のような冷たい表情。
その瞳はほの暗い色を宿し、心が凍てつくようだった。

嫌悪、怒り。
それらが入り混じったような表情。

「ラビ……」

「オリビア様、それらの傷はエメラルド国でついた傷という認識でお間違いありませんか?」

「え、あ……」

それは、そうだけど……。
理由は、なんて言えば……。

エメラルド国のためにここへ来たのに私のせいで印象を悪くしては意味がない。

でも納得させる嘘をつけるほど豊かな知識も持っていなかった。

答えられないでいると、ラビンスは「申し訳ございません」と謝罪した。

「不躾なことを申しました」

「そんな……ラビンスは、なにも……」

「ですが、一つだけ申し上げることをお許しください」

触れたままの手を強く握られた。

「オリビア様は汚くなどございません。二度とそのようなことはおっしゃらないでください」

聞こえていた。
あんなに小さな声で言ったことなのに。

もうラビンスの表情に冷たさは微塵もなかった。
優しく温かい、けれどどこか切なそうな表情だった。

「またそのようなことをおっしゃられましたら、とても悲しいです」

悲しい。
私が自分の体を汚いと言ったらラビンスが悲しむ。
どうして?
理由は分からないけれど、ラビンスが悲しむようなことはしたくないと思った。

「分かった。約束する」

ラビンスは嬉しそうに笑ってくれた。

「では、さっそくお着替えの準備に取り掛かりますね」

どこか張り切っているように見えるのは気のせいかな。

「こんなに早くオリビア様のお手入れをさせて頂けるなんて感激です!」

絶対張り切ってるよね。

「ま、待って、ラビンス。手入れなんて、そんな……私はただ、ドレスを……」

「ご心配には及びません。全てこのラビンスにお任せください」

何もしなくていい。そのまま身を委ねて。

お世話をされることに慣れていないオリビアは戸惑い、ラビンスを制止したが、聞く耳を持つ様子はなかった。

侍女ってこんなに押しが強いものなんだ……。

今まで侍女を持ったことがなかったオリビアは「誰かにお仕えするって、これくらい強くないときっと大変なんだろうな」と感心した。

ドレスの着替えだけを手伝ってもらうはずだったのに、ラビンスの手によって髪の先から爪の先、隅々まで手入れをされ、オリビアは萎縮してしまった。

こういうのは高貴な方に施されるものであって、私には不釣り合いすぎる。
醜いものは醜いままなのに、もったいない。

一生懸命身なりを整えようとしてくれているラビンスに申し訳ないとさえ思った。

「さぁ、できましたよ。オリビア様」

桃色の口紅を塗り、ラビンスが微笑む。

「鏡でご覧になられますか?」

ラビンスが手を引き、鏡台の前へ促そうとする。

「あっ、む、無理!見れない!」

これだけのことをされて、醜いままの自分の姿なんて耐えられない。

きっと心が折れて、泣き出してしまう。
せっかくお化粧もしてくれたのに、それこそ台無しになってしまう。

「お綺麗ですのに」

ラビンスがしゅんとする。
良心が痛み、鏡を見るしかないのかなと悩んでいるとラビンスはすぐに「では!」と笑って切り替えた。

「さっそく国王様にお見せしましょう!」

「え、えぇっ!」

ロゼ様に、この姿を。

「さぁ!そろそろお待ちになられてますよ!参りましょう!」

「待って!ラビンス!」

ラビンスはオリビアの手を掴み、強引に食堂へと引っ張っていった。

あっという間に食堂の扉の前に立たされ、思考が追い付かなくなる。

ラビンスが扉をノックし、「オリビア様がお見えになられました」と中に声をかける。
緊張で、制止する言葉も出てこなかった。

中から「どうぞ」と返され、ラビンスが扉を開ける。

開けた扉のすぐ先にロゼ様が立っていた。
目を反らし、俯いてしまいそうだったが、せっかくラビンスが身なりを整えてくれたのだからと真っすぐにロゼ様を見つめた。

「おはようございます、ロゼ様」

ロゼ様はこちらを見て驚いた表情を見せたが、「おはよう」とだけ言って手を差し出してきた。
そっとその手に触れる。

そのまま私が座る席までエスコートしてくれた。

完全に不相応の恰好だと思われている。

昨日の優しい笑顔とは打って変わった素っ気ない態度に心が沈んだ。

しかし席についた後も、ロゼ様は傍を離れる様子がなかった。
不思議に思い見上げると、ロゼ様はじっとこちらを見つめていた。

少しだけ顔が赤いような……。

「あの、ロゼ様?」

声をかけるとロゼ様ははっとしたような顔をした。

そして眉根を下げて、

「可愛すぎて困っちゃうね」

と、照れたように頬を掻いて、微笑んでくれた。

かぁっと顔が熱くなる。

社交辞令かもしれない。

でも、そう言ってくれたこの姿を鏡で見なかったことに少しだけ後悔した。
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