八雲先生の苦悩

夏目碧央

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3年体育祭

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 おや?
「お前ら、今日は顔つきがいつもと違うな。」
体育祭当日。登校して体育着に着替えた俺のクラスの生徒たちを前に、形だけのホームルームを行うべく、教壇に立った俺。生徒たちの顔を見渡して驚いた。これはまた、ずいぶん気合が入っているな。俺は思わず苦笑した。
 3年前、以前受け持っていた生徒たちが学年優勝した。その事を1年の時から聞かされている今の3年特進クラスは、自分たちだって優勝してやると言いつつ、この2年間優勝できてはいない。去年もいいところまで行ったのだが、3位どまりだった。それゆえ、今年こそは優勝をと、気合の入り方が半端ではない。
「いいけどな、怪我だけはするなよ。」
俺がそう言うと、生徒たちはにやっとした。誰も怪我の心配などしていないようだ。やっぱりこの子たちも男だなあ、と頼もしく思ったりする。
 教室を出て、校庭へ向かう。今日は特進1,2組は合同チームだ。ほぼ同時に教室から出てきた1組の朋友たちと合流すると、がしっと肩を組んだり腕をコツンと合わせたりしている生徒たちがいた。校舎の階段を下りて行くと、他のクラスの生徒たちも続々と階段に押し寄せていた。下へ行くほど騒がしくなる。
「ウオー!」
「ガオー!」
と聞こえる、怒声と言うべきか奇声と言うべきか分からない声が飛び交っていた。うちのクラスの気合など、大人しいものだった。体育クラスの9組10組は、猛獣のように雄たけびを上げ、胸を叩き、筋を浮きだたせながら校庭へ向かう。やっぱり、こういう子たちに運動で勝つのは難しいのではないか、とかつての奇跡など忘れて、俺は恐れおののいていた。
 お前たち、大丈夫か?と聞きたくなって、校庭の所定の位置に着いてハチマキを巻く特進クラスの生徒たちを改めて見ると、いやいやどうして。まだ闘志の秘めた眼差しをしていた。
 そこに、颯太がいた。赤いハチマキを締めようとしていた。ふと目が合うと、
「先生、リレー見ててよ。今日は勝つから。」
と俺に言った。颯太が!
 思わず胸が震えた。久しぶりに颯太が俺に話しかけてくれたのだ。
「おう、頑張れよ。」
俺はやっと、そう応えた。颯太も去年の事を思い出したのだろう。去年は転倒し、足を怪我してしまい、1位を狙っていたのに最下位になってしまったのだ。そして、クラスメートに謝りに行くと言って、俺に一緒に行って欲しいと上目遣いで見上げた颯太。良い思い出だけれど、今日はどうか怪我などせず、思い残すことのない走りができますように。

 競技が始まった。3年特進クラスは好調な滑り出しだった。大縄跳びは1位だったし、個人レースも2位や3位が多かった。そして体育祭の花形、騎馬戦が始まった。激しい当たりがあるので、もやしっ子の多い特進クラスは見るからに不利である。だがしかし、彼らは綿密な作戦を立てているらしかった。
「よーい、始め!」
号令と共に一斉に騎馬が動き出した。特進クラスは三騎一組で行動している。お!挟み撃ちを狙うつもりだな。なるほど、二騎が挟んだところで、後ろから三騎目が帽子を取るというわけだ。上手くいっていた。一回戦目は勝った。
 二回戦目、またもや同じ手を使っている。颯太は上に乗る人ではなく、騎馬の人だった。三人で一つの騎馬だが、その右側を担っていた。颯太を目で追っていると、その騎馬の後ろから猛烈な勢いで10組の騎馬が突進していった。
「危ない!」
と思わず叫んだものの、声は届くはずもない。しかし、颯太たちの騎馬は帽子を取られる直前に気づき、くるりと踵を返した。そして上の子同士が戦う。ハラハラ。一緒に行動していた他の二騎は、やはり他のクラスに襲われていて、助けてくれる様子もなかった。すると、そこへ10組の騎馬が一騎、横やりを入れて来た。
「あー!」
思わず叫んだ。横やりを入れて来た騎馬の上の子が、颯太の騎馬の上の子の顔を殴ったのだ。帽子を取りに行くというより、頬のあたりをグーで殴ったとしか見えなかった。殴られた生徒は顔を押さえ、バランスを崩してほとんど落下した。その拍子に騎馬全体が倒れてしまい、颯太は殴られた子の下敷きになっていた。
 俺は思わずその場へ飛んで行った。終了の合図が鳴り、騎馬は各々の陣地へ帰っていく。颯太たちはまだ倒れていた。殴られたのが、もし颯太だったら・・・そう思ったら頭に血が上った。戻ってくる生徒の波に逆流して、やっと颯太たちの所へたどり着いた俺。
「おい、大丈夫か?」
声をかけると、殴られた生徒がまだ顔を押さえており、俺に何かを言いかけて口を開けた。その時、
「そこ、早くしなさい。」
騎馬戦競技担当の教師が、颯太たちに向かって大きな声で言った。見ると10組の担任である。
「ちょっ、待てよ!」
俺は思わずそう叫んでいた。腕まくりをして、その教師の方へ歩いて行こうとすると、両腕を掴まれた。見ると颯太と、もう一人同じ騎馬の生徒だった。
「先生、大丈夫だから。」
もう生徒たちは皆立ち上がっていた。そして、俺は二人に引きずられるようにして陣地に戻った。
「あんな事言って、大丈夫なの?」
颯太が、俺にそう言った。
「え?」
俺は颯太の顔を見た。心配そうな顔をしている颯太。なぜ心配を?俺は何を心配されているのだ?そして、よく思い出してみる。
 俺は、少し青くなった、かもしれない。年上の先輩教師に向かって、何か言ってなかったか?ため口どころじゃない、何か・・・物騒な感じの言葉を。
 そうだ、殴られた生徒は、そして下の騎馬の子たちは怪我しなかったのか?改めて生徒たちを見る。特に怪我をしている様子はなかった。ああ、良かった。これからリレーがあるのに、颯太が足をくじいたりしていたら大変だ。俺が怒ったのは無理もない事なのだ。なのだが、やはり社会人としてまずかったような・・・。
「二ノ宮先生!」
後ろから呼ばれて、振り返ると、なんとさっきの10組担任教師が!
「はい!」
いつもより高い声が出た。
「先ほどはすみませんでした。うちの生徒がおたくの生徒さんを殴ってしまったとかで。知らなかったものですから。」
相手はこんなことを言ってきた。
「はっ、いえ、こちらこそ、つい熱くなってしまって、失礼な事を。すみませんでした!」
俺は90度頭を下げた。ああ、生徒が見ているかもしれないのに、かっこ悪いな、俺。でも、かっこつけていたら、この先仕事しづらくなるもんね。ここは良くも悪くも大人の考え方である。しかし、相手はもっと大人だった。さすが先輩である。俺が頭を上げると、10組担任は、ニコニコしながら去って行った。ふう。
 最後の競技、クラス対抗リレーが始まった。1,2組の選手は、バトンの渡し方の確認をしている。真剣な表情のメンバー。その中に颯太もいる。今年こそ頑張れ。
 スタートの号砲が鳴る。お、速い!特進クラスは1位である。そして第2走者にバトンが渡る。ちょっと遅れて2位になった。次は颯太の番だ。颯太にバトンが渡った。バトンパスが1位だったクラスよりも上手く行き、颯太は再び1位に躍り出た。しかし2位のクラスと接戦だ。
「颯太―!頑張れ、頑張れ!」
俺は思わず大声で応援した。コーナーを回ると、颯太が体一つ分前へ出た。そして最終ランナーへ。
「よし!」
バトンパスも上手く行き、2位との差をつけて1位を独走。特進クラスは去年の雪辱を果たし、リレーで1位となった。クラスの応援も最高潮。リレー選手が退場してくると、もみくちゃにして健闘をたたえている。俺もあいつらを抱きしめに行きたい。よし、行く!
 俺はクラスの渦の中に身を投じた。選手の4人を順番にひっつかんで抱きしめる。抱きしめられた生徒も、笑いながら俺の背中をポンポンしてくれた。そして、いよいよ颯太の番だ。
 俺はドキドキしながら颯太の前へ行き、他の生徒と同様に抱きしめた。しかし、他の生徒と違って、思わずぎゅっとした。俺の心臓もきゅんとした。だが、すぐに離す。公衆の面前だから。汗が。顔がかーっと熱くなった。颯太も顔が心なしか赤い、気がした。
 見事、3年特進クラスは学年優勝を果たした。俺はクラスの生徒たちに向かって言った。
「優勝してくれてありがとう!お祝いに、お前ら全員に焼き肉をおごってやる!」
クラスがワーッと湧いた。
「いつ?」
生徒が聞くので、
「卒業式の翌日だ。」
と言い放った。
「へ?3月?」
「そう!卒業式が3月2日だから、3月3日ひな祭りの日の夜だ。空けとけよ!」
受験生を連れ出すわけには行きません。どうかその日までには全員進路が決まっていますように。
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