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第2話「否定シタイ未来」
3.赤い髪
しおりを挟むこの学園は広い。それはもう、学校経営者に一言文句を言ってやりたいほど。
建っている校舎は中等部校舎、高等部校舎、特別教室などが集められた学習校舎。規模はどれも立派すぎるほどだ。
それに加え、3つの食堂、二つの体育館、温室、プール、民間のものと変わらない規模の図書館など、それほど必要だろうかと思える施設が信じられない大きさで存在する。この学校の広さには呆れすら感じてる。
通い始めてみれば殆どの施設は生徒の趣味でしか使われていない。学校の存在意義すら疑った。
沙姫にはある程度案内した。休日なため殆どの施設は普段と違う光景だったが、彼女にはそれでも満足だったらしい。確かに初めて来た人間にはここは十分見どころがある場所だろう。
「もうこんな時間かぁ。お腹すいちゃった」
そういった沙姫は自分の腹をさする。携帯を確認すると昼の時間はかなり過ぎていた。
「購買が空いてたらよかったのにぃ」
「あ、今日お昼あるわよ」
「え!?あるの!?」
「い、いい食いつきね……」
あまりの勢いのある反応に私は後ずさりしながら二人分の昼食が入ったカバンを差し出した。中身は私も知らないが、料理が得意な母が作ったものだ。きっと沙姫の口にも合うだろう。
「じゃああと一個見てないところ、見てから食べよっ」
もう一つ。私たちは校内の一番奥にある図書館を残していた。
「あれってもっと向こう側にあるんだよね?」
「えぇ。無駄に遠いところに」
「わぁい楽しみだなぁ」
沙姫は期待に胸を膨らませていた。
きっとこの学校に始めて関わる人間はあの図書館に目を引かれる。有名デザイナーが手掛けたという建物はどこかの美術館にも見える外装であり、中も上品な様子に仕上げられている。本の日焼けを考慮されているにも関わらず光が射しこむ設計は素人ながらもすごいのだと思えるほど。
ただしかなりの距離を歩くため、生徒の多くは学習校舎にある普通の図書室を利用する。あの図書館は本当に本を読む人物しか行かないと言っても過言ではないかもしれない。
そんな目玉施設に沙姫はどんどん期待を大きくしていく。私も訪れるのは久しぶりだ。少し、胸がざわついているかもしれない。
しかし、そのざわつきは長く続かなかった。
「あれ、あの子」
「今朝の―――」
「危ないなぁ」
今朝、沙姫を待っている時に見た1年生だった。大量の本を抱えたまま図書館への階段を上る彼はとても不安定なバランスを保っていた。左右に揺れる本の山。同じように揺れる少年。とても不安を煽るような動きだ。
二人で階段の下から彼を見守っていた。するととうとうバランスが崩れたのか、本が上から順番に一冊、二冊と落ちた。そして全体のバランスを失った彼は、背中からこちらへ落下してきた。
「わぁぁあ!」
「これ持ってて!」
「悠!」
私は持っていた鞄を沙姫に投げ、落ちていた本を避けながら少年の下へと潜り込んだ。なるべく受け止めても双方に害がない場所、そこで足元に力を入れる。
少年は上手い具合に腕の中に納まった。誤算と言えば彼が思ったよりも軽くなかったこと。それでもしっかり受け止められた。
「大丈夫……?」
「あ……」
丁度抱きかかえるような形になっていた。流石に恥ずかしいのだろう、少年は腕の中でもがいた。
「ご、ごめんなさい僕、あの、放してもらって大丈夫なんで、その」
「怪我は?」
「な、ないです」
「ならよかったわ」
ゆっくりと彼を起こす。ずれた眼鏡の位置を正し、彼は私と目を合わせず頭を下げた。
少し後ろから沙姫がやってくる。どうやら落ちて行った本を拾いながら来たようだ。手の中には本が重なっている。
「よかったね、かっこいい騎士様がいてくれて」
「ちょっと、それ誰のことよ」
「えー、怒んないでよ騎士さまぁ」
「あんたね……」
何も知らない人間の前で「騎士さま」とは。一歩間違えれば不思議に思われかねない発言だということに気付いていないのだろうか。それにユウの事を言っているなら、彼は騎士ではなくただの一兵卒だ。騎士には程遠い。
ふと見た眼鏡の少年の様子が変だった。沙姫をじっと見つめ、少し体を震わせていた。まさか沙姫の発言にそこまでの疑惑を抱いたのか。そう考えることもできたのだろうが、彼の様子は違って見えた。
「あ、あなたは」
「へ、私?」
「どうしてここに、あなたが」
「ん?」
少年は沙姫を見つめながらぶつぶつと何かを呟いている。一体どうした、と沙姫は無防備に近づいて行った。すると、少年の様子が豹変した。
「か、返してください!助けていただいたことは、か、感謝します!でも、もう二度と僕の前に現れないでください!」
「なっ…!」
まさかの発言だった。沙姫の手から乱暴に本を奪った少年は、焦りながら本をかき集め階段の上へと走り去っていった。
まるで嵐のような一瞬だった。少年の突然の行動に私も沙姫も暫く動けずにいた。
「な、なんだったの」
「……わかんない」
彼は何かに怯えているような目をしていた。そしてそれは沙姫を映したことで覚醒したかのように爆発したように見えた。だが、この学校に彼女の知り合いがいるのだろうか。そして彼は沙姫の何に怯えたのだろう。
「ねぇ、あの子のこと知ってるの」
「ううん、でも、会ったことはあるかも」
「どこで」
「……シャラが、会ったことあると思う」
「それって」
夢の住人、シャラが会ったことがある人物。つまりそれも夢の中の存在ということ。
「うん、あの子、私の事知ってるよ。お姫様の私を」
「城の、人間―――」
「ユウも多分、何度も会ってるよ。よく話してたもん」
私は必死で夢をお思い出した。よく見るユウとシャラ、それ以外の人物は霧がかかったような姿をしている。その中でも、赤い髪を持つ人物は。
「まさか」
「お城で一番本が大好きだった人。赤い髪の、男の人」
「……アメリ」
私は、ユウの憧れにもなっていた彼の名前を呟いた。
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