ロストパートナーズ

篠宮璃紅

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第3話「届カヌ想イ」

4.アリシア

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入って来た時と同じように扉をくぐり、店を出た。太陽は傾き、もうすぐ夕日に変わろうとしていた。そんなつもりはなかったが、相当長居していたらしい。

自宅に帰る頃には暗くなっていそうだ。そんな他愛のない会話を続けて沙姫の家の方向へ進んだ。二人とも夢に関係ない話だけをして。

団地まで歩く頃には赤い光が差し込んでいた。また明日、学校で。手を振ると沙姫も振り返してくる。

さて、帰ろう。背を向けると突然抱きつかれた。少し驚いたが、もう何度も経験していい加減慣れてきた。前に回された手を握り「どうしたのよ」と聞いてみる。すると私の背中に顔を埋めたまま、小さな声で問いかけてきた。


「ねぇ、悠はさ。ユウが死んだときのこと、思い出した……?」

「ユウが、死んだとき……」


毎日眠る度に意識してしまう。あの悪夢。

世界が真っ赤に染まって、血塗れで、そこに白が混ざる歪な空間。死体でできた道を歩いて、最後にはシャラを絶望させてしまう夢。どうして今そんなことを聞く。


「あれでしょ。城が攻められて、滅茶苦茶になった夢。血塗れのユウがいて、シャラは駆け寄ってきてくれる夢」

「そこだけ?そこだけなの?」

「え、えぇ。あまり思い出したくもない夢だけど、結構鮮明に思い出してるわよ。それ以前のことは詳しくないけど」


満足いく答えだったのだろうか。ゆっくりと離れていく。振り返るといつもの笑顔があった。


「うん、あんまり覚えてないならいいよ、あんなのはっきり全部思い出すなんて辛いだけだもん!今日も送ってくれてありがと、バイバイ。また明日!」


それだけ言い残すと沙姫は走り去った。一体どういう意味で聞いてきたのか。問いただす暇を与えないように。

あの夢よりも前の時間のこと。美しい城が死臭に満ちてしまって、ユウがそこで何をしていたのか。あのシーンだけ何度も見ているはずなのに、知らない。考えると靄がかかる。正直、思い出して気持ちのいいものではないだろう。赤と白の夢。血と羽根、天使病のユウ。

私はあいつがいつ、天使病になったのかも知らない。どうして、あんなことに―――



空は暗くなっていた。考えながらの歩みは普段よりも遅く、帰るのに時間がかかっている。時刻は夜に差し掛かっていた。夕日が残りまだ明るさもあるが、あっという間だ。ものの数分で闇に変わるだろう。街灯が仕事を始める。

明日は学校だ。夕飯を食べ、風呂に入り明日に備えて眠ろう。沙姫の言う通り疲れてしまったのか。歩いているはずなのに眠い。

道の脇に小さな公園が見えた。沙姫を出会った日に行った展望公園ではなく、ある程度遊具が揃っている児童公園。昔からあるが、遊んだ記憶はない。

もう一度時間を確認した。誰かいる。錆びついた金属音を鳴らしてブランコを揺らしている。子供かと思い心配したが、いたのは男。それも今日あったばかりの真樹だった。

昼間の様子とは違い、静かに音を響かせている。


「何してるのよ、こんなところで」

「んぁ、ああ悠か。奇遇だな。今帰りか」


ギィギィと体を揺らし、だるそうに笑う。

この男と二人きりなどさっきまでの私なら許さなかっただろう。でも今なら言いたいことが言える、聞きたいことが聞ける。何もはぐらかされずに。


「あんた。私たちの見ている夢は前世の記憶とか言ってたわね。知ってたんでしょう、利紅も夢を見ていたこと。どうして何もしてやらなかったの。気休めでもいいから、へらへら笑いながら悩みを聞いてやればよかったのに。あの子、朱里からのプレゼントを手放そうとしたのよ。あんたもあれがどれだけ大切なものか、知らないわけないでしょ」

「あー……。あれは、あぁ、知ってた。だけど、夢と朱里のことを重ねていたのはあいつがガキの頃からだった。俺もメンタル強くねぇからさ、余裕なくて。アリシアと同じだ」

「アリシア?彼女なら利紅を見捨てたりしなかった。ユウのことだっていつも気にかけてくれていた。図々しいくらいだったじゃない」


アリシアは、正直幼馴染という関係以上にユウの面倒を見てくれていた。お節介と言うのも違う、特別な感情を感じるほど。今の沙姫のように、何かあるごとに声をかけてくれていた。支えてくれていた。

そんな彼女を見てきたはずのこの男は信じられないことを言う。アリシアにそんな一面はなかった。


「俺は俺だ。アリシアじゃない。お前もユウじゃないだろ」


鋭い目つきが刺さる。そうだ、例えアリシアがお節介だろうが献身的だろうが何だろうが、同じだ。今の真樹は真樹で、アリシアではない。私も幼い頃から否定し続けてきたこと。それを一瞬でも真樹に押し付けた。

酷いことを言ってしまった。今日はやはり調子が悪い。

暫く俯いてから、また真樹の方を見る。


「悪いな。嫌なこと言ったわ。んー、俺もその時ちょっと荒れててな。利紅のことは、触れられなかった。そんな風にしかできなかったんだ」


ブランコから静かに離れると、真樹は私を素通りして公園の外へ向かった。咄嗟に腕を掴む。待って、まだ聞きたいことがある。私だけが知らないこと。


「―――紅衣騎士ってなに」


掴んだ腕から、体が強張るのを感じる。


「一体何?そいつとユウが関係あるっているの」

「それは、ユウが一番知ってることだ。いや、むしろ一番知らないのか」

「誤魔化さないで。納得いくまで離さないわ、いいから観念しな、さ……」


世界がぐるりと回った。

きっと私は倒れそうになったんだろう。抱かれている。眠い。真樹が叫んでいる気がする。

何か、言ってる。わからないまま、目を閉じた。




全部赤い。燃えてる。チカチカと火が舞っている。

そのせいで空も赤い。地面も赤い。自分の手も赤い。赤くて、揺れて、暖かくて。

どろっとした感覚。纏わりつくような液体が服も染めている。足元も赤くて、どろどろで、わからない。

どうして、なんで、なんだっけ。考えが散らばっていく。考えてなんていないのかもしれない。ぼーっと汚れた手を見つめているだけ。その向こうには剣が落ちている。毎日綺麗に磨いていたはずの剣も赤い。べったりと、自分と同じように汚れている。

握ってみる。なぜか腕にも手を伸ばす。上着や中の服が一緒に破けて肌がむき出しなのに、何もない。変だなぁ。

音が籠って聞こえていた。燃えている音が聞こえているはずなのに、全然現実味がない。


「ユウ!!ユウ、平気!?大丈夫!?」

突然、大声が聞こえた。ずっと肩を揺さぶっていたみたいだ。だめだよ、しゃがんじゃ。綺麗な赤のマントが汚れちゃう。手だって。


「ねぇ、しっかりして、大丈夫?私がわかる?」

「あ……りし、あ」

「うん。うん、そうよ、私。もう大丈夫だから、大丈夫」


引き寄せられて、苦しいくらい力いっぱい抱きしめられた。暖かい。柔らかい。優しい。

背中に腕が回る。背中の何かに当たって、それも彼女の熱を拾う。ぬめついた何かが纏わりつく。ひくついた。なぜかもっと下の地面も感じる。背中に、何かがある。


「アリシア、僕は」

「大丈夫、大丈夫だから。大丈夫……」


おまじないのように繰り返す。そっか、アリシアが言うならきっそとうなんだろうな。

気持ち悪い。世界に引きずり込まれる。溺れるような感覚。

彼女は必死に引き上げようとしてくれている。それだけわかれば、安心だ。


「アリシア……」

「まだ、あんただから。大丈夫、一緒に帰りましょ」

「うん……」


支えてもらって、立ち上がる。身体が、服が重い。本当に泳いだ後みたい。全身がぐっしょり濡れている。

足元には首のない死体が転がっていて、血溜まりが広がっていて。あとは真っ白な羽根。赤と混じった白。

綺麗とも、歪とも言える景色。壊れ始める、最初の夢だった。



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