聖女の如く、永遠に囚われて

white love it

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黴と闇

7.

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 翌朝、和人が目覚めると、幸子はすでに布団を片付け身支度を整えていた。
 幸子にそれほどの日常生活能力があるとは、少し意外だったが、一方で妙に納得もさせられた。
 朝日を浴びながら外の景色を眺める幸子は、『きちんとした』という言葉がこれ以上にないほどよく似合う、整然としつつもどこか暖かさのある雰囲気だった。

「幸子さん、おはようございます」

「やあ。よく眠れたかい?」

 和人は自分がどれくらい眠れたのかいまいち分からなかったが、そのことはあまり言いたくなかった。

「ええ。ここ、朝ご飯は? 持って来てくれるんですか?」

「下の大広間に準備されているらしい」

 和人が幸子とともに行くと、思ったとおり、客は和人たち二人だけだった。
 広い大広間で、ぽつんと食べる朝朝食はどこかこそばゆかったが、味はよかった。
 納豆や生卵、焼き魚を主とした素朴な日本の朝食といった感じだったが、和人としてはむしろ昨夜食べた夕食よりもはるかに美味しく感じられた。

「今日のことなんだけど、良子さんが迎えに来るそうよ。どうやら、伊藤一正の家に連れていってくれるらしい」

「ええっ? 伊藤一正の家に?」

 いかに逮捕されていないとはいえ、仮にも真犯人だと証言した側の人間が、真犯人だと証言された側の人間の家に行って大丈夫なのだろうか……
 もし伊藤一正に襲われたら、和人としては良子と幸子の二人を守るために、身体を張るつもりだった。武道の心得があるわけでも、体格が大きいわけでもないが、細身の良子は明らかに格闘向きではないし、和人の知る限り幸子が武術や喧嘩が得意だという話は聞いたことがない。となれば、和人が立ち向かうしかないのだ。
 あれ、でもその場合、どちらを優先的に守れば……

「せっかく逮捕されずにすんでるのに、わざわざ自分から逮捕されるようなこともしないでしょうよ」

 幸子の言葉が、和人の思考を遮った。

「問題は、予定の組み方ね。確かに伊藤一正にも会いたいけど、実はこの村の役場に行って調べたいことがあるのよ」

「え? 村の役場で? 何を?」

「良子さんの話していた伝承についてよ。もしかしたら、何か役立つ情報があるかもしれない。こういう村役場は、けっこう細かい情報や歴史も記録として残していることが大概だからね」

「それなら、別行動にしませんか? 僕も伊藤一正の家に行く前に調べておきたいことがあるんです」

 和人自身も意識しないまま、言葉が自然と口から出た。

「ん? ああ、それは構わないが……」

 幸子は少し不思議そうな顔をしたが、結局問尋ねることはしなかった。
 和人自身、もし何を調べたいのか? と聞かれたら、答えようがなかった。
 何も考えていなかったから。
 いったいなぜあんなことを……
 無言で朝食を口にしながら、和人は考え込んだ。
 そして朝食が終わる頃、和人は答えに思いあたった。
 それは、良子の話していた伝承に関わりがあった。
 昨夜、無意識のうちに、和人なりにすでにを見つけていたのだ。
 だがその答えを受け入れるのには、和人にはかなりためらいがあった。
 そしてそのためらいが、幸子との別行動を要求したことにつながったのだとは、和人は余計認めたくなかった。
 幸子と知り合ってから、十余年。
 和人は今、幸子を見る目が昨日までとは変わりつつあったが、それは誰にも、特に幸子本人には決して知られたくないものだった。
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