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帆に吹く風
3.
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「【未来教】……」
「ああ、お前の話にも出てきただろ? その伊藤一正の住んでた家、っていうか建物、もともとは【未来教】の持ち物だったんだよな、確か。【未来教】自体は、やってる内容は、ごくごく普通の新興宗教だよ。人類滅亡を逃れるため、お布施をとって、みんなで合宿という名の監禁状態にして、そこで洗脳をする。その建物、けっこう大きかったんだろ? そこで合宿もしてたんじゃないのか?」
「うん。そうだと思う」
あの建物の広さなら、もちろん十分に可能だろう。
それと同時に、和人の頭に、帰り際の伊藤一正と良子の会話が思い浮かぶ。
あのとき、良子は伊藤の体調を気にしていた。
状況からして、良子が伊藤を気遣っていたのでないことは、すぐに分かるはずだ。
そして、ドッペルゲンガーが生じる際、疲れたり、体調が悪くなったりするというのは、割と有名な話のようだった。
もしかしたら伊藤は、良子がもともとドッペルゲンガーに関心があることを、あの会話を通して気づいたのではないだろうか?
そして、良子を事件の捜査とは違う方向に誘導するために、ドッペルゲンガーにさらに病的な関心を持つように仕向けたのではないだろうか? かつて【未来教】がインターネットを使って、世論を誘導したように……
和人が、そう思ったことを伝えると、健はニヤリと笑った。
「まあ、可能性としてはあり得るよな。ただ、そんな方法は、【未来教】の中でも幹部クラスの、一部の人間しか知らなかったはずだ。その伊藤一正とやらが果たして、そんなものを知っていたのかは疑問だけどな」
「もしかして、【未来教】では、そのインターネットを使った勧誘方法や世論誘導の方法を、マニュアル化してたんじゃないの?」
「お、いいところに気づいたな、和人。実際、その通りだったらしい。ただそんなものは、当然門外不出だったし、【未来教】が解散させられたとき、警察に没収されてるはずだ」
「となると、普通の人間は入手できないはず……」
あの経理を担当していたという老人はどうだろうか。
彼ならマニュアルの複製を持っていたかもしれない。あるいは、マニュアルの中身を覚えていたかもしれない。
しかし、そうなると話は少しややこしくなる。
伊藤一正とあの老人の間に、何らかのつながりがあるのだろうか?
そうは見えなかったけど……
「なあ、和人。幸子さんに相談しろ」
「……」
「これはもうかなりの大事だ。あの人以外に解決できる人はいない。和人、今なら十分間に合う。それどころか、ここで考えたことを話せば、事件解決に近づくくらいだ。むしろちょっとした回り道が、結果的には逆に好都合だったとなるかもしれん」
和人はまだ迷っていた。
「お前だって、本当はそうしたいと思ってるはずだ。また昔みたいに幸子さんと話したいって。けどな、昔のようにはいかなくても、案外、昔よりもっとよくなることだってある」
そういって笑う健の目には穏やかな力強さがあった。それは決して頑固な強さでも、剣がある目つきでもなかった。穏やかで優しく見守る、保護者のような力強さだった。
和人はその視線に心を動かされることを、少しも恥に感じなかった。
「ちょっと待ってください。これは、私とお兄ちゃんのもんだ……」
「ゆき!」
和人は声を上げた。
今まで出したことのない、低く真っ直ぐな声だった。
ゆきが反射的に、ギュッと口を閉じた。
和人は健から目をそらさなかった。
健も和人を真っ直ぐ見ていた。
和人は自然と、口角がニッと上がるのを感じた。
「分かった。幸子さんに相談する」
ゆきが隣でため息をつくのが、和人の横目に映ったが気にならなかった。
冷めていた身体に熱が蘇ってくるのを、感じていた。
「ああ、お前の話にも出てきただろ? その伊藤一正の住んでた家、っていうか建物、もともとは【未来教】の持ち物だったんだよな、確か。【未来教】自体は、やってる内容は、ごくごく普通の新興宗教だよ。人類滅亡を逃れるため、お布施をとって、みんなで合宿という名の監禁状態にして、そこで洗脳をする。その建物、けっこう大きかったんだろ? そこで合宿もしてたんじゃないのか?」
「うん。そうだと思う」
あの建物の広さなら、もちろん十分に可能だろう。
それと同時に、和人の頭に、帰り際の伊藤一正と良子の会話が思い浮かぶ。
あのとき、良子は伊藤の体調を気にしていた。
状況からして、良子が伊藤を気遣っていたのでないことは、すぐに分かるはずだ。
そして、ドッペルゲンガーが生じる際、疲れたり、体調が悪くなったりするというのは、割と有名な話のようだった。
もしかしたら伊藤は、良子がもともとドッペルゲンガーに関心があることを、あの会話を通して気づいたのではないだろうか?
そして、良子を事件の捜査とは違う方向に誘導するために、ドッペルゲンガーにさらに病的な関心を持つように仕向けたのではないだろうか? かつて【未来教】がインターネットを使って、世論を誘導したように……
和人が、そう思ったことを伝えると、健はニヤリと笑った。
「まあ、可能性としてはあり得るよな。ただ、そんな方法は、【未来教】の中でも幹部クラスの、一部の人間しか知らなかったはずだ。その伊藤一正とやらが果たして、そんなものを知っていたのかは疑問だけどな」
「もしかして、【未来教】では、そのインターネットを使った勧誘方法や世論誘導の方法を、マニュアル化してたんじゃないの?」
「お、いいところに気づいたな、和人。実際、その通りだったらしい。ただそんなものは、当然門外不出だったし、【未来教】が解散させられたとき、警察に没収されてるはずだ」
「となると、普通の人間は入手できないはず……」
あの経理を担当していたという老人はどうだろうか。
彼ならマニュアルの複製を持っていたかもしれない。あるいは、マニュアルの中身を覚えていたかもしれない。
しかし、そうなると話は少しややこしくなる。
伊藤一正とあの老人の間に、何らかのつながりがあるのだろうか?
そうは見えなかったけど……
「なあ、和人。幸子さんに相談しろ」
「……」
「これはもうかなりの大事だ。あの人以外に解決できる人はいない。和人、今なら十分間に合う。それどころか、ここで考えたことを話せば、事件解決に近づくくらいだ。むしろちょっとした回り道が、結果的には逆に好都合だったとなるかもしれん」
和人はまだ迷っていた。
「お前だって、本当はそうしたいと思ってるはずだ。また昔みたいに幸子さんと話したいって。けどな、昔のようにはいかなくても、案外、昔よりもっとよくなることだってある」
そういって笑う健の目には穏やかな力強さがあった。それは決して頑固な強さでも、剣がある目つきでもなかった。穏やかで優しく見守る、保護者のような力強さだった。
和人はその視線に心を動かされることを、少しも恥に感じなかった。
「ちょっと待ってください。これは、私とお兄ちゃんのもんだ……」
「ゆき!」
和人は声を上げた。
今まで出したことのない、低く真っ直ぐな声だった。
ゆきが反射的に、ギュッと口を閉じた。
和人は健から目をそらさなかった。
健も和人を真っ直ぐ見ていた。
和人は自然と、口角がニッと上がるのを感じた。
「分かった。幸子さんに相談する」
ゆきが隣でため息をつくのが、和人の横目に映ったが気にならなかった。
冷めていた身体に熱が蘇ってくるのを、感じていた。
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