聖女の如く、永遠に囚われて

white love it

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イグニッション

2.

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 和人は、学校での良子の様子、そして健が話していたことを幸子に説明した。

「なるほど。そこまでドッペルゲンガーに入れ込んでいるというのは、ちょっと普通じゃないわね。完全に事件解決よりも、ドッペルゲンガーの調査がメインになっているわ」

「ええ。【未来教】のマニュアルに沿ったやり方なら、良子さんの思想をさらに過激な方向へと向かわせることは確かにできるとは思ったんですけど。ただ……」

「ただ?」

「世論誘導や不特定の人間の思想を導くならともかく、特定の一人の考えを暴走させるなんてできるんですかね? 自分で言っておいてなんなんですけど」

「いや、その点に関しては、特定の一人をターゲットに絞るほうがやりやすいだろうな」

 幸子はそういうと、スマホを取り出した。

「和人もSNSのアカウントは持ってたわよね? 主に写真や動画を投稿するやつ」

「うん。全然投稿してないけど。友達や芸能人の投稿をみるのに」

「良子さんはどうかしら?」

「持ってると思うよ。フォローはしてないけど」

 しばらくの間、幸子はスマホを操作していたが、やがて見せびらかすようにスマホを持ち上げた。

「これが彼女のアカウントだ」

「え? ちょっと!? どうやって分かったんですか?」

 幸子も一切投稿したことのないアカウントを持っており、和人とも相互フォローをしている。ただ幸子が良子のアカウントを知っているという話は聞いたことがない。

「君のアカウントから、同級生らしき顔写真の載ったアカウントを見つけだし、そこからさらに辿っていったのよ。初歩中の初歩ね」

 良子のアカウント名には、本名をローマ字にしたものが使われていた。

「これを見れば、彼女の興味のある芸能人や分野がよく分かるわ。誰かさんが、やたら年上の色白美形女優のアカウントをフォローしているのを見れば、年上の女が好みなんだなって分かるようにな」

「それは安直じゃないですか? たまたまその女優さんたちの作品が面白かっただけかもしれないし」

「不思議だな。若いアイドル女優の出てる作品は一つも面白いのがなくて、年上の女優ばかり当たりの作品に恵まれるなんて」

 和人は苦笑するしかなかった。
 だが不思議なことに、幸子の勢いに押されっぱなしでも、それは和人にとって少しも苦ではなかった。
 そして、そんなことに今さら気づいたことのほうが、驚きだった。

「良子さんの場合、確かにドッペルゲンガーやオカルト関連のアカウントをかなりフォローしている。ただそれはここ最近のことだろうな。これを見ていくと、もともとは楽器、とくにヴァイオリンに興味があるみたいだな」

「ヴァイオリンか。習ってたのかな?」

「音大生のアカウントもフォローしているから、そうかもしれないわね? もっともこの音大生がやっているのは、ヴァイオリンではなくヴィオラだけど。もしかしたら本格的に進路に考えているのかも。となると、もしその音大生のアカウントにドッペルゲンガーやオカルト関連のコメントがあったら絶対に目につくでしょうね」

「なるほど」

「そこから本命のサイトなりアカウントなりへの誘導をするのも、難しいことじゃないわ。さらに見ている人がコメントしたくなるような投稿、例えば微妙に間違えた情報を載せたりして、の指摘欲を刺激すれば、そのお礼として個人的にDMを送ったりしても少しも不自然じゃない」

「まるで芋づる式ですね」

「その言葉の使い方はちょっと違うけどね。まあ、言いたいことは分かるわ。とにかくそうやって個人的な関係が築ければ、そこからは、それこそ【未来教】のマニュアルに沿って言葉巧みに誘導すればいいだけ。ましてや良子さんは元からドッペルゲンガーに興味があったわけだし、流れに竿をさすだけなのだから、そう難しいことではないでしょ」

「良子さんにドッペルゲンガーに集中させるようにした理由は、やっぱり事件から目をそらすためですかね?」

 幸子は少し表情を曇らせた。
 いくらか迷っているのが和人にも分かった。

「……そうね。ただ、あくまでも彼女は一般人なんだし、そんなことをしても事件解決を遅らせられるとは思えないんだけど」

「確かに」

「それにそんなことをするメリットはあの事件の真犯人だけ。今のところ、最有力容疑者は伊藤一正だけど、彼がその【未来教】とやらのマニュアルをどうやって入手できたのかも分からないし……」

 幸子はしばらく目を閉じて考え込んでいた。
 だがパチリと目を開くと、すくっと立ち上がった。まるで一流のモデルのような姿勢の良さで、和人は思わず自分の背筋が伸びるのを感じた。

「今から彼女の家に行くわ。そして実際に話を聞いてくる」

「僕も行きます」

 そういって立ち上がった和人を、幸子はじっと見た。

「いいのね? 私と来ても」

「名探偵には相棒がいるでしょ」

「相棒?」

 幸子がフフフと思わせぶりに笑うのを見て、和人は内心肩をすくめた。
 やれやれ。
 でも同時に心地よかった。
 幸子の笑顔は、ただ美しいだけではなかった。
 少なくとも和人にとっては、大きな力をくれる存在だった。
 もしかしたら、もっと多くの人たちにとっての、そんな存在となるべき人なんじゃないだろうか? この人は。
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