56 / 78
渦巻き
4.
しおりを挟む
良子はそれから、ある動画を幸子と和人に見せてきた。
「実は、その人から送られてきた動画で、かなり貴重なやつだったみたいなものがあるの。この動画を海外のドッペルゲンガーを研究している人たちに送ったりしたら、『すごい、どこで手に入れたんだ?』って聞かれて、そこから色々と資料を送ってもらえたりしたの」
動画はかなり暗かった。
一人の白人の男がカメラに向かってわめいている。
もう一人、別の人間が椅子に座って俯いている。顔は見えなかったが、体形や髪型などは最初の男と似ており、肌の色からも白人の男であることは分かった。
最初の男は興奮した様子で、椅子に座る男の顔を持ち上げる。
二人の顔はかなり似ていた。
ただ椅子に座っている男は目がうつろであり、うっすらと髭が生えていたので、完全にそっくりというわけではなかった。
カメラは再び最初の男の顔に戻った。何かわめいている最初の男の顔がアップになったところで、唐突に動画は終わった。
「この動画の何が貴重なの?」
なんとなく薄ら寒い不気味さを感じながら、和人が聞いた。
「どうやら、これはドッペルゲンガーらしいのよ。しかもこの動画は加工された形跡がないんだって」
確かに二人の男は似ているが、だからといってドッペルゲンガーとは限らないだろう。
それに、動画に細工がされていないといっても、本人が変装している可能性がある。
和人の疑問を感じとったのか、良子が少し声を大きくしていった。
「いっておくけど、和人くん。私だって、これがドッペルゲンガーだって頭から信じているわけじゃないのよ。ただ研究資料として……」
「良子さん、ちょっとスマホ貸してもらえるかしら?」
幸子が横からいった。
「ええ、どうぞ」
幸子は渡されたスマホを操作し始めた。
画像の明るさを変えたり、背景をアップにしたりしている。
しばらく操作すると、幸子は良子にスマホを返した。
「その動画は削除しなさい」
幸子の声は冷たかった。
「え? 幸子さん、どうしたんですか? 急に」
「これは表に出てはいけない動画よ」
幸子は画像の暗くなっている部分を指差した。
「この椅子に座っている男は、よく見ると腕の関節を外されている。画像を拡大してみれば分かる。それに、この動画に向けて話しかけている男、目の充血ぐらいから薬物をやっていることも分かる。まともな状況じゃないわ。ただ一番不気味なのは……」
幸子が軽く息をのんだのが、和人には分かった。
「この暗闇の背後に机が置かれており、そこに大きなやっとこやら、のこぎりが置かれていることだ」
やっとことは、大きなペンチのようなものである。それにのこぎり。
そんなものを用意してこの男は何をするつもりなのか?
和人はそれらの道具の持つ重さが、そのまま心に食い込んでくるような苦しさを感じた。
まさか大工やDIYの講座でも始めるわけでもないだろう。
拷問、リンチ、スナッフフィルム……
言葉だけでも、吐き気のするようなおぞましい行為が世の中にはある。
見てはいけないもの、踏み入れてはいけない世界が、いきなり近くに寄ってきたようで、和人は感じたことのない寒気を覚えた。
「このまま、動画が続けばどんな行為が行われるのか、この男が何をするつもりなのかは分からない。ただ、昔、特高が日本の新聞記者や反戦派にしたのと同じことをする気だとしたら、とても正視できることにはならないでしょうね。動画はこれだけなんでしょう? 良子さん」
「は、はい」
幸子の指摘に不快な想像をしたのか、良子も顔をしかめている。
「それにしても、一体こんな動画どこから持ってきたのかしら? ドッペルゲンガーの動画だなんていってるけど、実際には違うことは、少し調べれば分かることだし。普通の動画投稿サイトにあげられていたなら、もう少し騒がれてもいいような気がするのだけれど」
幸子はそういって首を傾げた。
SNSには時折、グロテスクな動画や画像が出回ることがある。
和人もそういった動画は目にしたことがあったが、この動画はそういった動画にはない不気味さがあった。幸子の説明を聞いたからだけではない。人間の持っている底しれぬ闇を感じるのだ。
「そもそも普通の動画投稿サイトには、規約というものがあるわ。あまりにも公序良俗に反する動画は載せられないはず」
「確かに、この動画の先はのせられないでしょうけど、ここまでならのせられるのでは?」
良子がそう聞いてきた。
「それはどうかな? もともとの動画はもっと長くて、それを良子さんの友達が編集して、一見すると無害なような動画に変えて送ってきたような気がする」
「ちょっと。それは和人くんの勝手な想像でしょう?」
「いや、私も和人に賛成だ。もし最初からこの動画が編集した状態でネット上に上げられていて、それをその友人とやらが送ってきたのだとしたら、良子さんがそれを海外の研究者に送ったときに、それほど珍しがられることはなかったはずだ。すでに誰かが目にしていただろうし。彼らがこの動画を珍しがったのは、これが非常に忌まわしい動画の一部であることに気づき、そして同時にまだ見たこともないものだったからよ」
「ちょっと待ってください、幸子さん。じゃあ彼らはこれがただのドッペルゲンガーの動画じゃないって分かっていたんですか?」
「ああ、おそらく。相手が日本人の若い女性だったので、細かく説明するのを面倒がったんだろう。よくあることだ。今ごろ、この手の動画が好きな連中の間で回されているだろうな。想像力をかき立てる余地がある分、連中にとってはいい餌なのかもしれない」
幸子は吐き捨てるようにいった。
その連中はかき立てられた想像力で、何を想像するのか? どんな行為を描くのか?
和人はそんな連中と無縁でいられてよかったと、つくづく思った。
「問題は、この動画の出どころね。まさか実際にこの場にいたのかしら?」
「カメラマンっていうことですか?」
良子は小さく、ただ悲鳴のような金切り声をあげた。
こんな動画を撮影する人間と知り合っていた可能性があるなど、受け入れがたいのだろう。
「あくまでも可能性よ。ただ普通の動画投稿サイトに全編を投稿するのが無理なのは確実。カメラマンという可能性もあるが、その場合、下手したら犯罪の証拠をみすみす差し出していることになる。流石にリスクがありすぎるわ。画像解析の精度によっては、重要な手がかりが見つかってしまうこともある。となると……」
「ダークウェブ」
和人の口から自然と出た言葉に、幸子が大きく頷く。
「実は、その人から送られてきた動画で、かなり貴重なやつだったみたいなものがあるの。この動画を海外のドッペルゲンガーを研究している人たちに送ったりしたら、『すごい、どこで手に入れたんだ?』って聞かれて、そこから色々と資料を送ってもらえたりしたの」
動画はかなり暗かった。
一人の白人の男がカメラに向かってわめいている。
もう一人、別の人間が椅子に座って俯いている。顔は見えなかったが、体形や髪型などは最初の男と似ており、肌の色からも白人の男であることは分かった。
最初の男は興奮した様子で、椅子に座る男の顔を持ち上げる。
二人の顔はかなり似ていた。
ただ椅子に座っている男は目がうつろであり、うっすらと髭が生えていたので、完全にそっくりというわけではなかった。
カメラは再び最初の男の顔に戻った。何かわめいている最初の男の顔がアップになったところで、唐突に動画は終わった。
「この動画の何が貴重なの?」
なんとなく薄ら寒い不気味さを感じながら、和人が聞いた。
「どうやら、これはドッペルゲンガーらしいのよ。しかもこの動画は加工された形跡がないんだって」
確かに二人の男は似ているが、だからといってドッペルゲンガーとは限らないだろう。
それに、動画に細工がされていないといっても、本人が変装している可能性がある。
和人の疑問を感じとったのか、良子が少し声を大きくしていった。
「いっておくけど、和人くん。私だって、これがドッペルゲンガーだって頭から信じているわけじゃないのよ。ただ研究資料として……」
「良子さん、ちょっとスマホ貸してもらえるかしら?」
幸子が横からいった。
「ええ、どうぞ」
幸子は渡されたスマホを操作し始めた。
画像の明るさを変えたり、背景をアップにしたりしている。
しばらく操作すると、幸子は良子にスマホを返した。
「その動画は削除しなさい」
幸子の声は冷たかった。
「え? 幸子さん、どうしたんですか? 急に」
「これは表に出てはいけない動画よ」
幸子は画像の暗くなっている部分を指差した。
「この椅子に座っている男は、よく見ると腕の関節を外されている。画像を拡大してみれば分かる。それに、この動画に向けて話しかけている男、目の充血ぐらいから薬物をやっていることも分かる。まともな状況じゃないわ。ただ一番不気味なのは……」
幸子が軽く息をのんだのが、和人には分かった。
「この暗闇の背後に机が置かれており、そこに大きなやっとこやら、のこぎりが置かれていることだ」
やっとことは、大きなペンチのようなものである。それにのこぎり。
そんなものを用意してこの男は何をするつもりなのか?
和人はそれらの道具の持つ重さが、そのまま心に食い込んでくるような苦しさを感じた。
まさか大工やDIYの講座でも始めるわけでもないだろう。
拷問、リンチ、スナッフフィルム……
言葉だけでも、吐き気のするようなおぞましい行為が世の中にはある。
見てはいけないもの、踏み入れてはいけない世界が、いきなり近くに寄ってきたようで、和人は感じたことのない寒気を覚えた。
「このまま、動画が続けばどんな行為が行われるのか、この男が何をするつもりなのかは分からない。ただ、昔、特高が日本の新聞記者や反戦派にしたのと同じことをする気だとしたら、とても正視できることにはならないでしょうね。動画はこれだけなんでしょう? 良子さん」
「は、はい」
幸子の指摘に不快な想像をしたのか、良子も顔をしかめている。
「それにしても、一体こんな動画どこから持ってきたのかしら? ドッペルゲンガーの動画だなんていってるけど、実際には違うことは、少し調べれば分かることだし。普通の動画投稿サイトにあげられていたなら、もう少し騒がれてもいいような気がするのだけれど」
幸子はそういって首を傾げた。
SNSには時折、グロテスクな動画や画像が出回ることがある。
和人もそういった動画は目にしたことがあったが、この動画はそういった動画にはない不気味さがあった。幸子の説明を聞いたからだけではない。人間の持っている底しれぬ闇を感じるのだ。
「そもそも普通の動画投稿サイトには、規約というものがあるわ。あまりにも公序良俗に反する動画は載せられないはず」
「確かに、この動画の先はのせられないでしょうけど、ここまでならのせられるのでは?」
良子がそう聞いてきた。
「それはどうかな? もともとの動画はもっと長くて、それを良子さんの友達が編集して、一見すると無害なような動画に変えて送ってきたような気がする」
「ちょっと。それは和人くんの勝手な想像でしょう?」
「いや、私も和人に賛成だ。もし最初からこの動画が編集した状態でネット上に上げられていて、それをその友人とやらが送ってきたのだとしたら、良子さんがそれを海外の研究者に送ったときに、それほど珍しがられることはなかったはずだ。すでに誰かが目にしていただろうし。彼らがこの動画を珍しがったのは、これが非常に忌まわしい動画の一部であることに気づき、そして同時にまだ見たこともないものだったからよ」
「ちょっと待ってください、幸子さん。じゃあ彼らはこれがただのドッペルゲンガーの動画じゃないって分かっていたんですか?」
「ああ、おそらく。相手が日本人の若い女性だったので、細かく説明するのを面倒がったんだろう。よくあることだ。今ごろ、この手の動画が好きな連中の間で回されているだろうな。想像力をかき立てる余地がある分、連中にとってはいい餌なのかもしれない」
幸子は吐き捨てるようにいった。
その連中はかき立てられた想像力で、何を想像するのか? どんな行為を描くのか?
和人はそんな連中と無縁でいられてよかったと、つくづく思った。
「問題は、この動画の出どころね。まさか実際にこの場にいたのかしら?」
「カメラマンっていうことですか?」
良子は小さく、ただ悲鳴のような金切り声をあげた。
こんな動画を撮影する人間と知り合っていた可能性があるなど、受け入れがたいのだろう。
「あくまでも可能性よ。ただ普通の動画投稿サイトに全編を投稿するのが無理なのは確実。カメラマンという可能性もあるが、その場合、下手したら犯罪の証拠をみすみす差し出していることになる。流石にリスクがありすぎるわ。画像解析の精度によっては、重要な手がかりが見つかってしまうこともある。となると……」
「ダークウェブ」
和人の口から自然と出た言葉に、幸子が大きく頷く。
0
あなたにおすすめの小説
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら
普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。
そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる