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眠れない夜を抱いて
2.
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幸子は車で近くの喫茶店によると、そこでコーヒーを頼んだ。
和人はコーラフロートを頼んだ。今どき珍しい、まともな分煙もされておらず、中のやたらゴテゴテとしたインテリアや、薄汚れた紙のメニューも含めて、昭和の時代で止まったかのような雰囲気の店だった。
「今、良子さんのお祖父さんにメールしたが、間違いなく、あの桂恵先生の病院が被害にあったようだ。火災の理由や出火場所は正確にはまだ分かっていないようだが、病院はほぼ全焼。出火時刻は今日のお昼すぎ。被害者は恵先生だけだが、今のところ予断を許さない状況らしい。それからもう一つ、伊藤一正は今仕事で昨日から関西の方へ行っているとのこと。少なくとも今日の夜までは帰ってこないと村の人たちに話していったとのことだ」
「じゃあ、いったい誰が? そもそも何のために?」
「分からない。だが、あまり時間はないような気がする。思ったよりも、かなり深刻な事態だったかもしれない」
幸子はそういうとコーヒーを飲んだ。
「ねえ、幸子さん、あの【未来教】っていうのは、テロとかは起こしてないよね? 殺人とかは?」
「そういう話はなかったと思うけどな」
幸子は首をひねる。
確かに健も、あくまでも【未来教】はインターネットによる勧誘や世論誘導の巧さが主な団体という言い方だったと思う。
ただ今回の火災といい、良子を個人的にターゲットとしてその思想を誘導しようとしたことといい、得体のしれない底意地の悪さを感じる。
和人にはそれが、実際には会ったことも、接点もない、まだ見ぬカルト教団のイメージに重なるのだ。
「ただ【未来教】で一つ思ったことがある」
「何ですか?」
「【未来教】の世論誘導や勧誘のためのマニュアルは、もしかしてダークウェブ上で公開されているのでは? あるいは」
幸子はそこで少し息を止めた。
「誰かがインターネットを通して、データを盗み出したのかもしれない」
「ネットで盗む? インターネットウイルスみたいな感じでですか?」
「うん。そのマニュアルとやらが、教団のパソコン内にあったのか、それともクラウドのようなサービスを利用していたのか、セキュリティ対策はどの程度だったのかは分からないが、あの経理の老人の話では簡単な保存ではなかったはず。それを盗み出すのにはかなりの技術がいるはず。あるいはすでにダークウェブ上に流れ出たデータを閲覧するのだとしても、素人が簡単にみれるものではないし、どちらにしても犯人はIT方面に強いと思われるわ」
ITに強いという言葉に、伊藤一正の顔が浮かんだ。
いや、もう一人、誰かいた気がする…
誰だったかな?
「でも幸子さん、もしかしたらマニュアルは紙のまま、金庫にしまわれていたかもしれませんよ?」
「その場合は当然、犯人は鍵開けのプロということになるわね」
「鍵開け……」
良子の実家、島津家の玄関は最新式の鍵だったはず。にもかかわらず破られていた。
「犯人はITに強い人物か、あるいは鍵を開けるプロか、もしくはその両方の可能性があるっていうことですよね?」
「そういうことだな」
「伊藤一正はITに強いし、彼の3Dプリンターを使えば、鍵の複製を作るのも簡単ですよね?」
「そう。そして、彼はあの桂恵先生の病院に子供の頃行っているはずだから、もしかしたら彼の身体や健康に関して重大な情報が、病院に残されていた可能性があるわ」
「重大な情報…… あ、だから火をつけたっていうことですか? 書類を燃やすために?」
「ええ。かなり有力な仮説だと思っている。ただ……」
幸子はコーヒーを一口含んだ。
コクンと喉を鳴らす仕草ですら、気品と可愛らしさを両立させた、非常に魅力的なものだった。
和人は、幸子の斜め後ろの席にいる、ビジネスマン風の男がチラチラと幸子を気にしているのが分かった。
「ただ?」
「実はもう一人いるのよ。ITに強くて、あの村の病院にも関わりのある人物が」
「誰ですか?」
「良子さんのお父さんよ」
そうか。
良子さんの父親も会社を経営しているくらいなのだからITには強いし、あの村の出身なのだから、当然病院にも通っていたはず。
和人は頷いた。
和人はコーラフロートを頼んだ。今どき珍しい、まともな分煙もされておらず、中のやたらゴテゴテとしたインテリアや、薄汚れた紙のメニューも含めて、昭和の時代で止まったかのような雰囲気の店だった。
「今、良子さんのお祖父さんにメールしたが、間違いなく、あの桂恵先生の病院が被害にあったようだ。火災の理由や出火場所は正確にはまだ分かっていないようだが、病院はほぼ全焼。出火時刻は今日のお昼すぎ。被害者は恵先生だけだが、今のところ予断を許さない状況らしい。それからもう一つ、伊藤一正は今仕事で昨日から関西の方へ行っているとのこと。少なくとも今日の夜までは帰ってこないと村の人たちに話していったとのことだ」
「じゃあ、いったい誰が? そもそも何のために?」
「分からない。だが、あまり時間はないような気がする。思ったよりも、かなり深刻な事態だったかもしれない」
幸子はそういうとコーヒーを飲んだ。
「ねえ、幸子さん、あの【未来教】っていうのは、テロとかは起こしてないよね? 殺人とかは?」
「そういう話はなかったと思うけどな」
幸子は首をひねる。
確かに健も、あくまでも【未来教】はインターネットによる勧誘や世論誘導の巧さが主な団体という言い方だったと思う。
ただ今回の火災といい、良子を個人的にターゲットとしてその思想を誘導しようとしたことといい、得体のしれない底意地の悪さを感じる。
和人にはそれが、実際には会ったことも、接点もない、まだ見ぬカルト教団のイメージに重なるのだ。
「ただ【未来教】で一つ思ったことがある」
「何ですか?」
「【未来教】の世論誘導や勧誘のためのマニュアルは、もしかしてダークウェブ上で公開されているのでは? あるいは」
幸子はそこで少し息を止めた。
「誰かがインターネットを通して、データを盗み出したのかもしれない」
「ネットで盗む? インターネットウイルスみたいな感じでですか?」
「うん。そのマニュアルとやらが、教団のパソコン内にあったのか、それともクラウドのようなサービスを利用していたのか、セキュリティ対策はどの程度だったのかは分からないが、あの経理の老人の話では簡単な保存ではなかったはず。それを盗み出すのにはかなりの技術がいるはず。あるいはすでにダークウェブ上に流れ出たデータを閲覧するのだとしても、素人が簡単にみれるものではないし、どちらにしても犯人はIT方面に強いと思われるわ」
ITに強いという言葉に、伊藤一正の顔が浮かんだ。
いや、もう一人、誰かいた気がする…
誰だったかな?
「でも幸子さん、もしかしたらマニュアルは紙のまま、金庫にしまわれていたかもしれませんよ?」
「その場合は当然、犯人は鍵開けのプロということになるわね」
「鍵開け……」
良子の実家、島津家の玄関は最新式の鍵だったはず。にもかかわらず破られていた。
「犯人はITに強い人物か、あるいは鍵を開けるプロか、もしくはその両方の可能性があるっていうことですよね?」
「そういうことだな」
「伊藤一正はITに強いし、彼の3Dプリンターを使えば、鍵の複製を作るのも簡単ですよね?」
「そう。そして、彼はあの桂恵先生の病院に子供の頃行っているはずだから、もしかしたら彼の身体や健康に関して重大な情報が、病院に残されていた可能性があるわ」
「重大な情報…… あ、だから火をつけたっていうことですか? 書類を燃やすために?」
「ええ。かなり有力な仮説だと思っている。ただ……」
幸子はコーヒーを一口含んだ。
コクンと喉を鳴らす仕草ですら、気品と可愛らしさを両立させた、非常に魅力的なものだった。
和人は、幸子の斜め後ろの席にいる、ビジネスマン風の男がチラチラと幸子を気にしているのが分かった。
「ただ?」
「実はもう一人いるのよ。ITに強くて、あの村の病院にも関わりのある人物が」
「誰ですか?」
「良子さんのお父さんよ」
そうか。
良子さんの父親も会社を経営しているくらいなのだからITには強いし、あの村の出身なのだから、当然病院にも通っていたはず。
和人は頷いた。
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