聖女の如く、永遠に囚われて

white love it

文字の大きさ
66 / 78
眠れない夜を抱いて

7.

しおりを挟む
「え? いや、それはありえないでしょう。警察の調べでも、伊藤一正には双子の兄弟はいないって、はっきり分かっているんだし」

「もし、その双子の片割れが無戸籍だったらどうかしら?」

「無戸籍……」

「そうよ。産まれた時に、届け出が役所に出されていなければ、法律的には産まれていないも同じことよ」

「で、でも、そのもう一人はどこにいたの?」

「もちろん、彼の家よ」

「えぇっ!? どういうことですか?」

「いい? 彼の家はとても貧しかったわ。子供が双子ともなれば、教育費だって倍はかかる。助産師だった桂先生のお祖母さんと伊藤一正の親は、子供たちが産まれた時、役所に一人の子供として報告することに決めたの」

 空気が冷えるほどに静まりかえっていた家の中にあって、和人は俄然身体に熱を帯びてくるのを感じていた。
 時計の針が鳴る音が、テンポよく部屋に響いている。

「もちろん世間には隠してね。学校なんかは交互に行かせていたのでしょう」

 和人は桂恵の話を思い出していた。

「そういえば、学校では、話が噛み合わないことがあったって」

「桂恵先生は、それが彼が普段家計を助けるために仕事をしていて、疲れているからとでも思ったのでしょうけど、実際には二人で一人を演じていたからだとしたら、どうかしら?」

「それなら辻褄があうね。でも、そんな風にして人を一人隠せるものかな? 田舎のほうがそういうの、すぐバレそうな気がするけど」

 和人は、最近よく聞く、田舎への移住失敗談を思い出しながらいった。
 失敗する理由のひとつに、田舎ではやたら監視の目があり、よく人の噂がされるということがあったことを覚えている。
 幸子は少し遠い目をした。

「確かに、いくらそっくりな一卵性双生児を交互に表に出しているとはいえ、よく見れば顔も微妙に違うはず。当然、誰かが気づいてもおかしくない。しかし、しょっちゅう顔に怪我をしたり、顔を腫らしていたらどうかな? しかもその理由が、子供なのに重い米袋を担いだりする仕事のせいだとしたら?」

 和人の頭に、一人の子供の姿が浮かぶ。重い荷物をふらふらしながらも一生懸命所定の場所に運ぼうとして、転がる。泥だらけになっても、唇から血を流しながらも、また立ち上がって仕事をする。
 果たして、周りの人間は、そんな子供の顔をまじまじと見られるのだろうか?

「みんな、子供の顔にはそこまで注意を払わないでしょうね。良心の呵責から、じっとは見れなかったと思う」

 幸子は頷いた。

「それに多少雰囲気が違って見えても、それは怪我のせいだと思い込んでいたのだと思う。いや、もしかしたら、そう思わせるために怪我を装っていた可能性もあるわ」

「うん。それなら説明がつく。伊藤一正に完全なアリバイがあったことも。桂先生の病院が燃やされたことも。桂先生のお祖母さんが、助産師時代に、本当は伊藤一正が双子だったと記録を残している可能性があったから、燃やしたんだ。じゃあ、良子さんのお父さんは関係ないわけだね」

「そういうこと。もちろん、彼が歯列矯正で歯並びをキレイに直したのも、歯並びの違いから双子だとバレるのを避けるためよ。まさか同じ病院に通うわけには行かないでしょうから、同じ保険証で別々の病院に通ったのね、きっと」

「よくバレなかったなぁ」

「もしこの国の病院や保険がすべて共通のシステムやネットワーク下にあったなら、バレた可能性もあるけど、ITの普及率に関しては四十年前とほとんど変わってないレベルだからね。カルテは個人ではなく病院ごとの保存だし、気づかれなくても不思議ではないわ」

 幸子は人差し指を一本立てた。

「ただし、説明がつかないこともある」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら

普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。 そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...