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眠れない夜を抱いて
7.
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「え? いや、それはありえないでしょう。警察の調べでも、伊藤一正には双子の兄弟はいないって、はっきり分かっているんだし」
「もし、その双子の片割れが無戸籍だったらどうかしら?」
「無戸籍……」
「そうよ。産まれた時に、届け出が役所に出されていなければ、法律的には産まれていないも同じことよ」
「で、でも、そのもう一人はどこにいたの?」
「もちろん、彼の家よ」
「えぇっ!? どういうことですか?」
「いい? 彼の家はとても貧しかったわ。子供が双子ともなれば、教育費だって倍はかかる。助産師だった桂先生のお祖母さんと伊藤一正の親は、子供たちが産まれた時、役所に一人の子供として報告することに決めたの」
空気が冷えるほどに静まりかえっていた家の中にあって、和人は俄然身体に熱を帯びてくるのを感じていた。
時計の針が鳴る音が、テンポよく部屋に響いている。
「もちろん世間には隠してね。学校なんかは交互に行かせていたのでしょう」
和人は桂恵の話を思い出していた。
「そういえば、学校では、話が噛み合わないことがあったって」
「桂恵先生は、それが彼が普段家計を助けるために仕事をしていて、疲れているからとでも思ったのでしょうけど、実際には二人で一人を演じていたからだとしたら、どうかしら?」
「それなら辻褄があうね。でも、そんな風にして人を一人隠せるものかな? 田舎のほうがそういうの、すぐバレそうな気がするけど」
和人は、最近よく聞く、田舎への移住失敗談を思い出しながらいった。
失敗する理由のひとつに、田舎ではやたら監視の目があり、よく人の噂がされるということがあったことを覚えている。
幸子は少し遠い目をした。
「確かに、いくらそっくりな一卵性双生児を交互に表に出しているとはいえ、よく見れば顔も微妙に違うはず。当然、誰かが気づいてもおかしくない。しかし、しょっちゅう顔に怪我をしたり、顔を腫らしていたらどうかな? しかもその理由が、子供なのに重い米袋を担いだりする仕事のせいだとしたら?」
和人の頭に、一人の子供の姿が浮かぶ。重い荷物をふらふらしながらも一生懸命所定の場所に運ぼうとして、転がる。泥だらけになっても、唇から血を流しながらも、また立ち上がって仕事をする。
果たして、周りの人間は、そんな子供の顔をまじまじと見られるのだろうか?
「みんな、子供の顔にはそこまで注意を払わないでしょうね。良心の呵責から、じっとは見れなかったと思う」
幸子は頷いた。
「それに多少雰囲気が違って見えても、それは怪我のせいだと思い込んでいたのだと思う。いや、もしかしたら、そう思わせるために怪我を装っていた可能性もあるわ」
「うん。それなら説明がつく。伊藤一正に完全なアリバイがあったことも。桂先生の病院が燃やされたことも。桂先生のお祖母さんが、助産師時代に、本当は伊藤一正が双子だったと記録を残している可能性があったから、燃やしたんだ。じゃあ、良子さんのお父さんは関係ないわけだね」
「そういうこと。もちろん、彼が歯列矯正で歯並びをキレイに直したのも、歯並びの違いから双子だとバレるのを避けるためよ。まさか同じ病院に通うわけには行かないでしょうから、同じ保険証で別々の病院に通ったのね、きっと」
「よくバレなかったなぁ」
「もしこの国の病院や保険がすべて共通のシステムやネットワーク下にあったなら、バレた可能性もあるけど、ITの普及率に関しては四十年前とほとんど変わってないレベルだからね。カルテは個人ではなく病院ごとの保存だし、気づかれなくても不思議ではないわ」
幸子は人差し指を一本立てた。
「ただし、説明がつかないこともある」
「もし、その双子の片割れが無戸籍だったらどうかしら?」
「無戸籍……」
「そうよ。産まれた時に、届け出が役所に出されていなければ、法律的には産まれていないも同じことよ」
「で、でも、そのもう一人はどこにいたの?」
「もちろん、彼の家よ」
「えぇっ!? どういうことですか?」
「いい? 彼の家はとても貧しかったわ。子供が双子ともなれば、教育費だって倍はかかる。助産師だった桂先生のお祖母さんと伊藤一正の親は、子供たちが産まれた時、役所に一人の子供として報告することに決めたの」
空気が冷えるほどに静まりかえっていた家の中にあって、和人は俄然身体に熱を帯びてくるのを感じていた。
時計の針が鳴る音が、テンポよく部屋に響いている。
「もちろん世間には隠してね。学校なんかは交互に行かせていたのでしょう」
和人は桂恵の話を思い出していた。
「そういえば、学校では、話が噛み合わないことがあったって」
「桂恵先生は、それが彼が普段家計を助けるために仕事をしていて、疲れているからとでも思ったのでしょうけど、実際には二人で一人を演じていたからだとしたら、どうかしら?」
「それなら辻褄があうね。でも、そんな風にして人を一人隠せるものかな? 田舎のほうがそういうの、すぐバレそうな気がするけど」
和人は、最近よく聞く、田舎への移住失敗談を思い出しながらいった。
失敗する理由のひとつに、田舎ではやたら監視の目があり、よく人の噂がされるということがあったことを覚えている。
幸子は少し遠い目をした。
「確かに、いくらそっくりな一卵性双生児を交互に表に出しているとはいえ、よく見れば顔も微妙に違うはず。当然、誰かが気づいてもおかしくない。しかし、しょっちゅう顔に怪我をしたり、顔を腫らしていたらどうかな? しかもその理由が、子供なのに重い米袋を担いだりする仕事のせいだとしたら?」
和人の頭に、一人の子供の姿が浮かぶ。重い荷物をふらふらしながらも一生懸命所定の場所に運ぼうとして、転がる。泥だらけになっても、唇から血を流しながらも、また立ち上がって仕事をする。
果たして、周りの人間は、そんな子供の顔をまじまじと見られるのだろうか?
「みんな、子供の顔にはそこまで注意を払わないでしょうね。良心の呵責から、じっとは見れなかったと思う」
幸子は頷いた。
「それに多少雰囲気が違って見えても、それは怪我のせいだと思い込んでいたのだと思う。いや、もしかしたら、そう思わせるために怪我を装っていた可能性もあるわ」
「うん。それなら説明がつく。伊藤一正に完全なアリバイがあったことも。桂先生の病院が燃やされたことも。桂先生のお祖母さんが、助産師時代に、本当は伊藤一正が双子だったと記録を残している可能性があったから、燃やしたんだ。じゃあ、良子さんのお父さんは関係ないわけだね」
「そういうこと。もちろん、彼が歯列矯正で歯並びをキレイに直したのも、歯並びの違いから双子だとバレるのを避けるためよ。まさか同じ病院に通うわけには行かないでしょうから、同じ保険証で別々の病院に通ったのね、きっと」
「よくバレなかったなぁ」
「もしこの国の病院や保険がすべて共通のシステムやネットワーク下にあったなら、バレた可能性もあるけど、ITの普及率に関しては四十年前とほとんど変わってないレベルだからね。カルテは個人ではなく病院ごとの保存だし、気づかれなくても不思議ではないわ」
幸子は人差し指を一本立てた。
「ただし、説明がつかないこともある」
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