放課後のささやかな探偵ごっこ

white love it

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「和也、知ってるか? あいつ、また嘘ついてたぜ」

 金曜日の放課後、僕ら以外誰もいない教室。机を挟んで向かいに座る智が、先生に頼まれたプリント作りの手を止めると、突然そう言ってきた。口元はにやけているが、目は怒っているのが分かる。僕は油を注がないよう出来るだけ軽い調子で言った。

「今度は何だって? 友達にアイドルがいるとか」
「その程度ならよかったんだけどな。今度のはちょっと笑えない」
「実はどこぞの王様の落とし子ですとか?」

 実際、あいつならこれくらい言いかねないのだ。そしてまたクラスメイト達も信じかねないのだ。

「自分は宇宙人と交信できますってさ」

 そう言った智の目は真剣だった。
 東京にいた頃ならどうだろう?自分は宇宙人と交信できるなんて言うやつは、みんなに笑われて無視されて終わりだったのかな?それともやっぱり東京でも信じるやつは信じるんだろうか?僕には分からない。もう東京に居た頃の友達と連絡をとる気はないのだから。



 半年前、東京都江戸川区の小学校に僕、山形和也は通っていた。卒業まで三ヶ月となった頃、父さんが言った。「今度引っ越すことになりそうだ」って。あんまり軽い調子で言うもんだから、てっきりそれは今まで住んでいたマンションから新築一戸建てに引っ越すとかそういうものだと思ってた。もちろん中学校は、そのままみんなと同じ学区の中学に進学すると思っていた。
 だけど、事態は僕が考えるよりもう少し深刻だった。父さんが引っ越そうと言った理由は、悪いところからお金を借りてしまったことが原因だったからだ。
 結局、母さんは父さんと別れることにした。母さんは僕を連れて、この千葉県は房総半島の下の方にある米川町に引っ越すことにした。ここは母さんが独身時代仕事で住んでいた町だったから。
 中学入学と同時に僕はそれまで一度も来たことのない町に移り住むことになった。
 そこは周りを森と谷に囲まれており、夏休みに避暑に来るには最高の場所だった。
 新しい中学校にはそれぞれの学年にクラスが一つしかなく、生徒も男女合わせて二十人しかいなかった。ほとんどの子たちは小学校からの持ち上がりだったが、二人だけ僕と同じように中学入学と同時に引っ越してきた子がいた。一人は葛城智。日焼けした肌に小柄な体格だが、すばしっこく運動は得意なやつだった。僕のように色白でひょろ長い背のやつと一緒にいると余計に黒さと小ささが際立つと周りからからかわれたが、本人は少しも気にするところはない様子だった。もっとも僕も智もお互い以外にはまともに話す相手はほとんどいなかったので、そうせざるを得なかったというのが正しいのかもしれない。
 もう一人、僕や智と同じ時に中学に入学してきたやつがいた。それが野沢直だった。

「宇宙人と交信ねえ」

 僕は大げさにため息をついてみせると、智に聞いた。

「それで? 今度はどこで言ってるわけ? またあいつの家でやってる勉強会?」

 智は何も言わずにスマホの画面を見せてきた。
 それはクラスメイト共有のチャットルームだった。僕も入ってはいるが、めったにメッセージを確認することはないので書かれている内容はほとんど知らなかった。
 そこには次のように書かれていた。

【実は今まで言ってなかったんだけど、俺、地球とはちょっと違うところの生命エネルギーと交信できるんだよね。まあ、みんなは言いふらしたりしないと思うけど】

「別に宇宙人とは書いてないよ。ただ地球とはちょっと違うところの生命エネルギーってだけでさ」

 そう言って僕は笑ってみせたが、智は真剣な表情を崩さなかった。
 中学が始まってしばらくは、僕や智のほうがクラスに溶け込んでいたように思う。智はその運動神経のよさで、僕は単純に都会から来たというだけで、クラスメイト達に囲まれていた。様子がかわったのは、ある日の歴史の授業の時だった。授業に出てきた青銅器のレプリカが家にあると直が言ったところ、何人かのクラスメイトが「すごい」とか「お金持ち!」とか言い出したのだ。それからしばらくして直はまた別の時に芸能人の知り合いがいると話しだした。さらに別の時には海外旅行の思い出を。徐々に直の周りに人が集まるようになった。ある時、直が「さすがにシドニーは首都なだけあるよ。人の数も車の数も本当に多くてさ。みんなも機会があったら行ってみて」と言ったので、つい僕は「オーストラリアの首都はシドニーじゃなくてキャンベラだよ」と言ってしまったのだ。その時、僕は直はただ言い間違えたのか、勘違いしただけだと思ったのだ。
 違った。
 その時の直の顔を見て僕はすべてを悟った。直はそもそもシドニーどころかオーストラリアにも行ったことはないのだ。直の話していることはすべて嘘なのだということに。
 それ以来、直は僕の前で口を開くことはめっきり減った。当然クラスメイト達も僕らのいないところで直と交友を持つようになった。ちょうどその頃、智も直の言動に不審を持ち始めていた。二人とも部活には入らなかったこともあり、一緒に過ごす時間は多くなっていった。
 僕らは直の話すことなどどうでもよかった。どんな自慢をしようが、嘘を吐こうが興味はなかった。この間までは。

「和也。今回だけじゃない。少し前にも直のやつ、小学校時代の夏休みでした不思議な体験とかいうのを話していたんだ。あいつ、明らかに狙ってやがる」

 智の言いたいことは分かった。
 絵里のことだ。
 村上絵里は僕らのクラスの学級委員だった。小柄でほっそりとした体格だが、びっくりするほど肌が白くキラキラした瞳が印象的だった。
 絵里は僕らにも気さくに話かけてくれる数少ない存在だった。
 そして絵里はSFや怪奇じみた不思議な話が好きだった。
 僕がミステリー小説が好きだと知れば、「SF小説は読まないの?」とか「ミステリーとホラーって似てるとこあると思うなぁ」と笑いかけてきたし、智には「野沢君の運動神経のよさはきっとテレパスと関係があると思うな」と真顔で言ったりする子だった。
 最近になって、やたら直はそっち系の自慢話やほらを吹くようになってきた。
 直がそういう話をするたびに、絵里はキラキラした目をますます輝かせていた。
 いったいどうすればいいんだろう?あいつの自慢話は全部嘘だから聞かないほうがいいよ、とでも言えばよかったんだろうか。少なくとも僕らには、そう言って絵里に嫌われるだけの覚悟はなかった。

「それで智。他の子達はなんて書いてるの?」
「そうだな」

 智はチャットに目を通しながら言った。

「信子がコメントしてる。そういう話は時々聞くし、アメリカでは本格的な研究も進んでるってさ」
「信子さんかぁ」

 確か最近、絵里とも仲良くしている子だ。よく一緒に帰るところを見ている。

「あとは和則だな。宇宙人の存在に関するいくつかのネットのリンクを貼ってる」
「なるほどね。で、絵里は?」
「特にコメントしてないな。ただまだ既読してないやつもいるからな。絵里も読んでないのかも」

 もちろん僕も智も普段、本人を目の前にしたら呼び捨てなんかはしない。
 ただ智と二人だけの時はこういう呼び方になるのだ。それは男同士、秘密を共有しているみたいでなんだか少しワクワクする行為だった。もちろん呼ばれている本人は全く知らないだろうけど。

「確実に信者さんは増えてますねぇ」
「他のやつはどうでもいいけど、絵里がめちゃくちゃ興味深そうにしてるのがマズイ」
「うん。でもさ智、あの二人って実際にはそんなに話してないよね?」

 智は少し考え込んでから言った。

「まあ、確かにな」
「絵里なりに怪しいと思ってるのかもよ」

 まあ、これは僕の希望的観測だけど。

「それはないだろ」

 智は首を振った。

「絵里の直を見る目はそんなんじゃない。明らかに話に引き込まれているし、直もそれが分かっている。ただ、まだ二人がそこまでくっついてないのも事実だ。そこにチャンスはあると思う」

 悲しいのは、僕か智のどちらかが絵里とくっつくチャンスじゃないということだ。あくまでも直と絵里がくっつかないようにさせるチャンスということに過ぎない。

「やっぱり直の嘘を片っ端から暴くしかないのかな」
「前に和也、オーストラリアの首都はシドニーじゃないって言ってやったよな?あの時、みんなどんな反応してた?」
「別に。へーそうか、まあ、間違いは誰にでもあるよなって感じかな」

 実際、あの時の直の顔を見てなかったら、僕だってそう思ったに違いない。

「なあ、あいつの嘘って全部創作なのかな?」
「どういうこと?」
「なにか元ネタがあるんじゃないかってことだよ」
「たとえば、何か漫画のネタとか参考にしてるってこと?」

 智はコクリと頷いた。

「それを晒せば、みんなもあいつがいかにホラ吹きか分かるさ」

 僕は漫画や小説はけっこう読むし、映画も観てるほうだけど、直のつく嘘に元ネタがあったとは思えない。 
 返事に困ってると、智は突然椅子から立ち上がり、直の机へと向かった。

「ちょっと智、何してるんだよ!?」
「こいつの机に何かヒントがないか探してみる」
「いや、まずいって」
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