放課後のささやかな探偵ごっこ

white love it

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 先生がいつ仕事のはかどり具合を見に来るか分からないし、部活に行ってた連中が戻ってくることだって考えられる。
 だけど智は少しも気にすることなく、机をあさりはじめた。

「おい、智」
「和也、これなんだと思う?」

 智の手には、直の机の中から見つけた紙袋があった。中には一冊の本が入っていた。

「驚異の宇宙パワー、その真髄を探る?また大層な名前ですこと」

 おどけた口調で智が言った。
 本の表紙には黒いバラの絵が描かれている。バラの周りを緑の棘を縁取っている、まるで貴族の紋様だ。

「その表紙のバラ、どっかで見たな……」

 僕の呟きに智が、ああ、これかと頷いた。

「こいつはコルネリット団のマークだな。そうか、これ、あそこが出版してる本なんだな」
「コルネリット団って、あの新興宗教の?本も出してるんだ」

 コルネリット団は最近日本でも名前が知られるようになった宗教団体だった。多額のお布施を取ったり、ネズミ講まがいのやり方や、大学あるいは高校のサークルや課外活動を利用して信者を増やしていると問題になっていた。
 智が急に真顔になって言った。

「なあ、あいつ、これをどうする気だったんだと思う?」
「……」

 僕もそこを考えていた。
 もし自分で読むつもりなら、当然家に持って帰ったはずだ。それを紙袋に入れたまま、机にしまっているとなると……

「誰かにこれをプレゼントするつもりだったんじゃないか?」

 智がそう言うと同時に、教室に僕と智以外の声が響いた。

「ちょっと!人の本、なんで勝手に持ってるの!?」
「え!?」
「絵里さん!?」

 突然の絵里の出現に、智は口をパクパクさせた。

「智君、その本……」

 絵里が目をつり上げながら近づいてきた。一方、智はなんと弁解すればいいか分からない様子だった。
 仕方ない。友達のよしみだ。ここは僕が助けてやるか。

「誤解だよ、絵里さん。机から落ちかけてたから拾ったんだけど、その時中身が飛び出たんだ」
「ああ、そうなんだ」

 絵里はすぐにニッコリすると言った。

「じゃあ、ちゃんと元に戻しておきなさいよ」
「ねえ、絵里さん」
「何?和也君」
「最近、直と遊んだりした?プレゼントもらったりとか?」

 僕の直球な質問に、智は目を丸くしている。
 絵里はおかしそうに口の端をあげると、僕の目の前まで近づいて言った。

「それってヤキモチなのかな?」
「ちょっと気になってさ。あいつけっこう色んな女の子に声かけてるみたいだし」

 これは半分ハッタリだった。直がいい顔をしたがるのは、男子が相手でも同じだったから。
 絵里の答えは意外なものだった。

「それっていけないことなの?」
「え?」
「誰とでも仲良くしたいって、当然なことだと思うけど」

 なんと答えていいか分からない僕を残したまま、絵里はクルリとターンするとそのまま教室を出ていった。
 智はしばらくの間その背中を見送っていた。それから僕のほうを見て言った。

「あいつ、結局何しに来たんだ?」



「本当にこの時間なの?」
「ああ、間違いない。それより和也、お前の推理、本当に当たってるんだろうな?」
「それを確認しにきたのさ」

 次の土曜日の夕方、僕と智はある施設の近くに張り込んでいた。
 そこはコルネリット団の支部の一つで、この時間になると信者を集めて会合を行っているとのことだった。
 僕と智はネットで集めた情報をもとに、ある推理の確証を得るために施設の向かいのビルの影に身を隠していた。変装というほどではないけど、二人とも目深に帽子をかぶったり、ジャンパーの襟を立てて顔を見えにくくしている。

「おい、あれ見ろよ」

 突然、智が向かいの道路を指差した。
 やって来たのは、僕らと同じくらいの年の少年少女の一団だった。直が隣を歩く信子に熱心に話かけているのが分かる。他にも同じ中学の知った顔が何人かいる。みんな学校で見るよりずっと生き生きとしているし、自信がみなぎっている。けど僕らの視線を一番釘付けにしたのは、堂々とした佇まいで先頭を歩く少女だった。

「絵里……」

 智が呆然とした口調でそう呟いた。

「やっぱりそうだったのか」

 僕はそう言うと、智の肩を引いてそっとその場を離れた。



「いったいどういうことなんだ!?」

 近くの公園に僕らは移動した。ここなら周りを気にせず話すことができる。
 二人でジュースのボトルを買って一息つくと、さっそく智がそう話しかけてきた。

「あの日、智が直の机からコルネリット団の本を取り出したところに、絵里が来たでしょ。でもあいつ、別に忘れ物を取るでも、何をするでもなく、そのまま教室を出ていったよね? あれで分かったんだ。あの本は直が絵里にプレゼントしようと用意したものじゃなく、絵里が直へのプレゼントとして机に入れておいたんだって」
「じゃあ、あの時あいつが言った、人の本っていう言葉は直の本っていう意味じゃなく、自分の本っていう意味だったのか?」
「うん。多分だけど、あの日絵里が教室に来たのは、僕らがまだ先生の用事で残っていると知って、本のことがバレないか心配になったんじゃないかな?」
「だとしたら、読みはあたったな」
「ちょうど智が発見したところだったからね。ただ自分からだとは気づかれてないし、もとに戻してくれればそれでいいわけだから、そのまま何もせずに帰ったってわけ」
「直は最初からコルネリット団の信者だったわけじゃないんだよな?」
「違うと思う。多分、直は絵里がただそういう不思議な話に興味のある子だと思って、お近づきになるために嘘をついていったんだろうけど、絵里のほうが一枚上手だったね。逆に直を言いくるめて、コルネリット団の信者に引き入れたんだと思う」
「信子や他の奴らは? あいつらも絵里に引き入れられたのか?」
「全員がそうだとは想わないけど、直の嘘に惹かれたり、もともとそういうのに興味があって信者になった子はいるだろうね。けどそれ以上に本能的なものなんじゃないのかな?」
「どういうことだ?」

 智が眉間にしわを寄せた。

「何か不安なことがある時、頼れるものがあったらいいよね。家族やお金、会社や学校での立場。あるいはちやほやしてくれるクラスメイトとか……」
「直みたいにな」
「うん。でもそういう人達って、頼れるものであれば、別にそれがインチキな団体だろうと構わないんだと思う」

 そう言って、僕は手元のジュースを一息に飲み干した。

「インチキな団体でも……か」

 智はそれだけ言うと、ジュースに口をつけようとはせず、じっと空中の一点を見つめていた。

「どうしたの?」
「なあ、和也。あいつら今幸せなのかな?」
「あいつらって直や絵里達のこと?」
「ああ」

 智は僕のほうをまっすぐに見ていた。
 いつの間にか智の顔は、まるで遊園地で親とはぐれた子供のようになっていた。

「もし幸せなら、あいつらが羨ましいよ」
「智……」

 僕は智がなぜこの街に引っ越してきたのか、聞いたことはなかった。僕と同じで話したくないのだと思っていたのだ。でも今、それは間違いだったのかもしれないと、思い始めていた。
 智はのそりと立ち上がると、ジュースを片手に歩き出した。

「じゃあな、和也」
「智。また月曜日にね」

 智はこちらは向かず、手だけ振った。
 月曜日になれば、きっといつもの智に戻っている。
 僕はそう信じていた。
 でももし違ったら、僕はどんな顔をすればいいんだろう?
 何て声をかければいいんだろう?
 両親が離婚した時も、この町に引っ越してきた時も感じなかった気持ちになっていた。

                 Fin
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