上 下
21 / 38
第2章:飛び立て!てつお

第11話「以下略」

しおりを挟む

「さーて、よし!行きますか!酒場“ガマデン”!」

「おぉー!」

「お金ならあるわヨ!オーッホホホ!」

意気揚々と出発した俺達は宿屋通りをズンズンと行進した。
所持金額はそのまま“余裕”と“楽観”のステータス値になる。
いつもなら絶対に入りづらいはずのカビだらけの暗い酒場の扉を、勢いよく音を立てて開いた。
成金の三馬鹿行進曲は、その音とともに終わった。



「……見ねェ顔だな」

酒場のマスターの第一声とは思えない一言。
酒場のマスターのそれとは思えない眼光を放つ隻眼。
そしてお客全員が、お酒を飲みに来た人とは思えない鋭い目つきで俺たちに視線の矢を放った。

「あ、あの……“スラファ”ってお店の人から聞きまして……ハハ……」

マスターが少しアゴを動かすと、カウンターの奥の方に座っていた大男二人が、薄暗い店内を更に黒いペンキで塗った壁に沿って、ゆっくりと俺たちの後ろに回り込んだ。

「ここはガキと妖精の来るところじゃアねェんだがな……」

マスターがそう言うと背後の大男二人は入り口に鍵をかけた。
オイ!何でだよ!門前払いの流れじゃねーの!?

「……【マナイバ】得意な奴ァ誰だったかな」

「……私ですボス。この“ドルビ”の得意技です」

「よォし、やれカルビ」

「ドルビです……“マナイバ”」

この世界の常識がまだまだ微妙な俺でも分かる。
こんな状況で唱える“マナイバ”は失礼だ。
というより身体検査だ。
見慣れた画面ではあるが、またもや俺たちのステータスが表示された。
見たことがないステータスといえば、エマエのものだった。


名前:エ・マ・エ
職業:守護精霊
レベル:3
HP:1200
MP:600
攻撃力:1
防御力:8
素早さ:2800
魔力:3500
魔法耐性:2400
【マナイバ】
【炎熱魔法】
【氷結魔法】
【電撃魔法】
【回復魔法】
【召喚魔法】
【飛行】
【分解】
【調合】
【潜伏】
【逃走】



ケルビとかいう女山賊の【マナイバ】はレベルが足りないのか、スキルのレベルが表示されなかった。
てか正しくは“エ・マ・エ”なんだ?
しかしまあとりあえず弱い……!
エマエは戦力として数えるのは無理だな。

「な、何よ……!」

エマエが声を殺して精一杯の文句を言った。
何も言ってないつもりが、顔に出てたらしい。
どんな感情が顔に出たかは、同じ感情を隠さない奴らで溢れかえるその後の酒場を見れば分かる。

「うわーーーっはっはっはっは!!」

狭い店内の割に相当高い天井のせいで、この爆笑の声は不気味な低音になってこだました。
バカにされている……!
ナメやがって。
この世界、もう少し全角数字が広まっていいんじゃねえの?

「いいことを教えてやるぜ!今でこそ、このタイオーは平和だがなァ、五年前だとお前たちみてェなザコはあっという間に死んでたんだ!あの魔王戦で片付いたと思ったんだがなァ!お前たちみてェなクズはよォ!」

爆笑と反響音の渦が大きくなる。
とても話ができる状況じゃない。まずは人間扱いをされなくては。

「特にお前だ、てつおとやら!俺がおめェぐらいの年にァその10倍ぐらいはあったもんだぜ!ハッ!そんなステータスじゃ何もできやしねェよ!」

宿屋“スラファ”の呑べぇのおっちゃんは言っていた。
この酒場は山賊団“メロンジ”の溜まり場だと。
山賊、そしてこのマスターのステータス至上主義。
ここはひとつ、力を見せておくのが一番だ。



「……そんなに言うなら少し勝負をしましょう」

俺が話し始めるとマスターの左腕が上がり、あの爆笑の渦が跡形もなく消えた。
代わりに店内は、殺気の渦で充満した。

「……オイ、相手を見る目ぐらいは身につけておくもんだぜ」

こっちのセリフだこの野郎。

「失礼ですが、“マナイバ”いいですか?」

「面白ェ。やってみろや」

マスターはゆっくりとカウンターの側から俺たちの方へ歩いてきた。
二メートルはありそうな大男だ。
右眼には古傷があり、剃り込んだ頭に赤い羽根のバンダナを飾っている。
上半身はほぼ裸で、よく日に焼けている。
下半身は何かしらの毛皮だ。いかにも山賊って感じだ。
ジニャーとタキオくんはさっきから一体どこに行ったのか分からないほど喋らないし動かなかった。
俺は失礼して“マナイバ”を唱えた。暗い店内に電光掲示板のように魔力のスクリーンが光る。

名前:メロンジ・カニモ
職業:山賊団長
レベル:55
HP:4600
MP:2600
攻撃力:3870
守備力:3990
素早さ:1800
魔力:1700
魔法耐性:2100
器用さ:1300
スキル:
【マナイバ:レベル13】
【炎熱魔法:レベル20】
【氷結魔法:レベル14】
【電撃魔法:レベル16】
【剣術:レベル21】
【拳闘術:レベル24】
【弓術:レベル15】
【棒術:レベル20】
【盗む:レベル28】
【逃走:レベル5】

あ、メロンジってこいつの名前だったんだ。団に自分の名前つけるか普通……

「ほうほう、中々正確に出てるじゃねェか。見くびってたぜ。すまねェな……」

マスター改めメロンジが左腕を上げると再び爆笑が起こり、下げると収まった。

「で、何だ?“マナイバ”で勝負でもすんのか?」

「いえ……そうっすね、腕相撲とかでどうです」

メロンジが素早く左腕を上げた。
すると既に立ち上がっていた山賊団がゆっくり座った。

「小僧ォ……死ぬぜお前」

「とにかくやりましょうよ、俺はただ話を聞きたいだけです。あなた達が勝ったら……」

俺は固まりきったエマエの手から袋をひったくった。
エマエは一瞬遅れてアゴを外れそうなほど開いた。

「ここに18,000カンあるので」

メロンジの眉間に怒りの筋が入る。
大金が手に入ることよりも、ナメられていることに腹を立てているのだ。
ヤクザ映画で見たことがあるパターンだ。
完全にこっちのペースだ。

「いいだろう……言いてェことはなくなった……後は腕で語ってやる。オイ!卓ゥ持って来い!」



こうしてテーブルが用意され、腕相撲の強さの昇順に大男が並んだ。
見た目だけで言えばまず間違いなく俺の腕は針金みたいにボキボキに折られるんだろう。
しかし俺には異常なステータスがある。
絶対に負けることはない。
先頭のヒゲ面の大男がニヤニヤ笑いながら臭い口を開いた。

「せいぜい頑張るんだなァ。腕相撲とはいえこれは“申し込み”と“約束”が果たされた命のやり取り……つまりは“決闘”だ。勝てばちっとは経験値が入る」

「えええっ!?」

マ、マジで!?ちょっとタンマ!やべぇ!数々の実験で俺の経験値はかなり積み重なっている。
腕相撲でどのぐらい入るのかは分からないけど、あともう少しでレベルが上がるのは間違いない!!


「何を心配してやがる……安心しろや、お前に入ることはねェよ」

待ちきれないぜ、とでも言いたそうな最初の右肘がテーブルを叩いた。
や、やべぇ……さ、最悪めちゃくちゃ長引かせれば意外とやるじゃねえか的に認めてもらえるかな……

「……僕が相手だ!」

「なっ!?」

俺と目の前の大男は全く同じリアクションをした。
予想外過ぎて理解するのに一瞬かかったが、タキオくんが俺を押しのけてテーブルに座る。
何考えてんだ!?
マジでバキボキに折られちゃうぞ!

「オイオイクソガキィ……俺ァ流石に心が痛むぜ」

「僕は大丈夫だよ……えーと……すぐに腕の方が痛むようになるよ……?」

あーッ!慣れない啖呵を切っちゃった!
あーッ!腕と額にビキビキ筋が通っていく!
それ見ろ言わんこっちゃない!
めちゃくちゃキレてらっしゃる!どうするんだ!

「てつおさん、僕が勝てるように……おまじないをしてよ」

「え??え?ああ……?」

タキオくんはウインクを何回かした。

「まじないだよ!まじないまじない」

まじない……?まじない!
まじな“いまじな”い!!そういうことか!

「よ!よーっしゃ!分かった!エマエ!こっち来てくれ!」

「……悪知恵が働くのはてつおだけじゃなかったのネ」

おっ、分かってくれてるらしい!

「それじゃやるぞ!まじな“いまじな”ァい!」

俺の“イマジナ”がジニャーにかかる。

「えーと……レッツ!“ファイティ”ン!“がんば”れタキオ!」

ちょっと苦しいけど、ジニャーの“ファイティ”と“ガンバ”がタキオくんにかかった。
土壇場ではあったが、エフェクトは控えめにすることが出来るらしい。上手くいった。
こいつらに【支援魔法】の心得がなかったのが救いだったわけだ。
やるなぁタキオくん。

「……茶番は終わりだ!右手のない生活を送れェ!」



さて、後は快進撃。少年大行進!
漫画やアニメで見るたびに「リアリティがないよ」なんて思ってたシーンが繰り広げられた。
実際目の前で見ると何て痛快なんだろう!
タキオくんのか細い腕が、タトゥー入り筋骨隆々の腕をバッタバッタと薙ぎ倒していく。
その度に経験値が入る。タキオくんのレベルが上がる。
一応心配してジニャーを経由したが、“決闘”とやらで経験値が入るのは当人同士だけらしい。
タキオくんの手の甲が、その何倍ものある手のひらを机に叩きつける度に店内は静かになっていった。

「……見くびってたことァ謝ろう。だが俺たちの顔に泥を塗ったことは許さねェぜ」
とうとうメロンジ本人を引っ張り出した。
どうやら話を聞けそうだ。



メロンジの古傷だらけの太い腕が、タキオくんの腕と組み合った。
流石に強いらしく、二人の腕は中央でプルプルと震えたままどちらにも動かない。
しかし違うのは二人の表情だった。
メロンジのニヤついた顔と、汗がビッショリになって歯をくいしばるタキオくんの顔は、とても互角とは思えなかった。

「……!タキオくん!大丈夫か!?“頑張”れ!」

あ!しまった!
力んでしまっていて、魔力が少し溢れ出ていたらしい。
無意識のうちに“ガンバ”は魔法になってタキオくんへ降り注いだ。
エフェクトがかかってしまった!
静まり返っていた店内が再びざわつく。

「……何か小賢しいことをやってたな?おかしいとは思ってたが……」

メロンジが左手をあげると、俺とジニャーは押さえつけられた。
腕相撲に負けた恨みを込めているのか、結構痛い。
振り払うのは簡単だけど、変に刺激するとタキオくんがどんな目にあうか。
ジニャーは顔ごと握り締められ、男の手からはみ出た脚をバタバタさせている。
“ファイティ”の効果が切れたのか、タキオくんの手の甲が次第にテーブルへ近づいていく。

「俺ァ嘘つきは許せねェタチでな……ただで済むと思うなよ」

“ガンバ”をかけたので、タキオくんの腕が折られてしまうことはないだろう。
それでも相当の痛みを感じているはずだ。

「だが何をしようが……ザコは所詮ザコだ」

「くっ……!くく……!」

「お前の職業は冒険者だったな?力が無ェ奴が危険を冒すってのは……自殺って言うんだぜ」

もうあと少しでタキオくんの負けだ!ヤバイ!

「ぼ……僕は……!行くんだ……!」

「あ……?」

「誰よりも遠くに……!てつおさんについて行って……!」

も、もうやめてくれタキオくん……!
腕が折れてくれた方が、この場合はよかったかもしれない。
今タキオくんは、骨が折れる以上の痛みを感じながら耐えている。

「ハッ!俺が連れてってやるよ!あの世に行ってきたって言う奴は見たことがねェからなァ!」

メロンジが最後のスパートをかけた。
バキィッ!という音が響き渡る。

「タキオォーーーッ!!」

とても見てられずに、俺は目を伏せた。



恐る恐る目を上げると、その音の正体が分かった。

「まだ死ねないんだ……!もっと遠くに行かなきゃいけないんだから!」

タキオくんの腕より先に、戦場が音を上げていたのだ。
二人の肘がついたままのテーブルが、すり鉢状にヘコんでいた。

マジかよ……!!
そう思ったのは俺だけじゃなかったらしく、メロンジも目を見開いて驚いていた。

「うおおおッ!」

その一瞬の隙をついて、タキオくんがメロンジの手の甲をすり鉢に叩きつけた。



「か、勝った……」

俺を含めて、周りの誰もが目の前で起こったことが信じられなかった。
タキオくんだけが、澄んだ眼差しでメロンジを睨みつけていた。
その強い眼差しで少し我に返ったのか、メロンジが再び口角を上げた。

「お前なら……行けるかもなァ」

メロンジは組み合った手を解いて、反対側の手を掴んだ。

「……地獄によォ!」

タキオくんの手が、地面に叩きつけられた。すると同時に、経験値がメロンジに入った。

「タキオ!!」

「うぐあーーっ!!」

痛みと悔しさで、タキオくんが叫ぶ。
押さえているのは今叩きつけられた方の手ではなく、ずっと組んでいた方の手だ。

「このヘコんだ机の片方に手の甲がついたってなァ!勝ったことにはならねェらしいぜ!経験値が入ってこねェんだからなァ!」

……変形した机だから、確かに倒した角度は足りていないのかもしれない。
経験値が言うのなら間違ってないのだろう。
それでも絶対に!間違ってる!

「さァ次はお前だぜてつおとやら!へし折ってやる!」

「……こっちのセリフだァッ!!」

俺を押さえつけていた男が宙を舞った。



俺の憤りとタキオくんの悔しさと、メロンジの高笑いが最高潮に達した時、突然屋根の方のレンガが崩れ落ちた。
そしてさっきまでの腕相撲の舞台だったテーブルに、矢が突き刺さった。
矢の先には“ルブル”が唱えられており、ヘコんだテーブルがみるみるうちに凍っていった。
すると入り口の扉が、見張りの男二人を吹き飛ばしながら開いた。



「そこまでにしてもらおうか。その決闘、この私が預かった」

宝○歌劇団の人みたいな声が店内に響き渡り、全身淡い青色の鎧、肩には白のマント、頭には白のターバンを巻いた騎士が入ってきた。

「……チッ!お前ら、今日は帰れ」

あれほど昂ぶっていたメロンジがスッと冷静になり、山賊団の大男達を全員追い出してしまった。

「誰だか知らないけど俺はこいつを許せない!悪いけど止めねーでくれよ!」

俺はタキオくんの腕を回復しながら抱きかかえ、またメロンジの方へ向き直った。
すると鎧の騎士は、ゆっくりと俺の方へ歩いてきた。
意外と身長は高くない。メロンジの半分くらいだし、俺と同じか少し低いぐらいだ。
そして俺に差し伸べた手は、硬い皮膚ではあったのにかなり細くしなやかだった。

「私を信頼できないようだ。“マナイバ”を唱えてみてくれ。職業を見れば分かるはすだ」

「……“マナイバ”」

職業だぁ?
仮に王様だろうと天皇陛下様だろうと、今は誰にも邪魔されたくない!
一応見てみるだけ見てやるけど……

「あーーーっ!?」

俺は握りしめた拳を解いて、回復しきったタキオくんと一緒に声をあげた。
職業を見てではなかった。


名前:ハヤ・ソフレン
職業:親衛隊隊長

以下略。

しおりを挟む

処理中です...