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Evo3 「翡翠の覚悟」

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 アキナ君に魔法の国を案内して貰っていた私。だけど、他の魔術師の領土に差し掛かった時、私と同じく魔術師により選定された、ルアンユーさんと言う女性の遣いが現れたのです。

 そして相手の領土に進出する為には、話し合いか戦いに勝つ事であった為、私とルアンユーさんは勝負する事になってしまったのでした。

 その結果、私は偶然勝利する事となったのですが、ルアンユーさんの身体を心配すると何故か不思議がられてしまったのです。


「あんた馬鹿でしょ? 魔法の国では、敗者なんか放っておけば良いのよ」

「でも……頭に大きなタンコブが出来てますよ?」

 思い出したかの様に、頭を抱えうずくまるルアンユーさん。でも、ルアンユーさんは私に負けた事を認め、さっさと領土に入れと促したのです。

 しかし私はその前に、改めてルアンユーさんの名を尋ねました。


「……私は、アン ルアンユー。悔しいけど、あんたは本物の『翡翠』 の様ね」

 翡翠と呼ばれる石に本物も偽物も無いのですが、ルアンユーさんの名前の由来は私の硬玉に対し、軟玉の翡翠石を示していた事に少し拗ねていたみたいです。


「ルアンユーさんも、素敵な名前ですね。また、お会いしてくれますか?」

「……ふん。私だって神黒翡翠を探してるんだから、会うに決まってるでしょ」


 その後、ルアンユーさんは私に忠告をしてくれました。この領土は既にルアンユーさんが探し尽くしている為、神黒翡翠は無いであろうと。


「ありがとうです、ルアンユーさん。そうだ、アキナ君、ミルキさんを呼んでくれる?」

 私はアキナ君に呼んで貰ったミルキさんと同化し、ルアンユーさんのコブを治療しました。そしてその日は、一旦一般世界へと戻る事になったのです。


「翡翠、御飯出来てるわよ~?」

「は~い。……神黒翡翠かぁ、簡単には見付かりそうにないなぁ」

 食事と宿題を済ませ、ベッドに横たわる私は考えていました。神黒翡翠を探し出すには、ルアンユーさんの様な遣い達と戦わなければいけないのであろうと。

 だけど不安とは逆に、自分の内気な性格を変えられるかも知れないと、ほんの少しだけ希望が芽生え始めていたのです。

 ですが、私にはこれから戦いの中で、超えなければいけない試練が待ち受けているのでした。


「翡翠、おはよう。あら? 今日は明るい顔付きをしているわね?」

「魔美華ちゃん、『今日は』 は酷いよ……」

 普段、特に冴えない顔をしている私ではない筈なのですが、心境の変化に気が付いた魔美華ちゃん。それだけ私を友達として気に掛けていくれているのでしょう。


「それより翡翠、帰りにケーキでも食べに行かない?」

「うん、良いよ」

 放課後、魔美華ちゃんの案内で連れて行かれ店は、光也君がバイトをしている店でありました……。

 そして当然、私は店前で躊躇して固まってしまったのです。


「まっ、魔美華ちゃん……私、急にお腹の具合が……」

「ここまで来て、何言ってんよ。さっさと入るわよ」

 強引に店内へ連れて行かれる私。そして、一足先に働いていた光也君が出迎えてくれたのです。


「いらっしゃいませ~。って、翡翠か」

「あっ、えとぉ……お疲れ様です、光也君……」

 ウダウダしている私の手を強引に引き、席に着く魔美華ちゃん。何から何まで、世話をしてくれる優しい友達です。


「私もこの店に来るのは初めてだけど、藍原君も頑張ってるみたいじゃない」

 私は店内を見回しました。夕食前の時間であったのですが中々の混み具合で、テキパキと接客する光也君の姿に、改めて見惚れてしまう私であったのです。


「凄いなぁ、光也君。あんな大勢のお客さんの注文を、間違えずに聞き入れてるんだから」

「しょっちゅうボヤけてる翡翠には無理な事ね。そう言えば翡翠、最近変わった事があったでしょ?」

 私の微かな態度の変化を、見過ごさなかった魔美華ちゃん。私は何も無いよと誤魔化したのですが、普通に察しられてしまいました。


「ん~……魔美華ちゃんには嘘を付けないね。実は私……」

 親友である魔美華ちゃんなら大丈夫であろうと、うっかり魔法の国について話をしてしまいそうになった私。

 だけどその時、外国人の女性が私に話し掛けて来たのです。


「貴女、若竹 翡翠さんよね?」

「え? はい……」


 流暢に日本語を話す女性。そして私に少し付き合って欲しいと言い、外に連れ出そうとしたのです。

 だけど魔美華ちゃんが止めに入ったのですが、そこに光也君も品を持って来る状況になってしまったのでした。


「あんた、誰よ? 翡翠に何の用?」

「お待たせ。あれ、 1人増えたのか?」 

 その女性は私に話がある言い、『アグリッタに付いて』 と言えば分かるわかしらと告げたのです。

 その名を聞いた事により、流石の私も魔法の国の件だと気が付き、魔美華ちゃんと光也君に謝り、店を一旦出る事になったのでした。


「どうしたんだ、翡翠?」

「良く分からないけど……大丈夫だと思うわ」


 近くの広場に連れて行かれた私。そこでその女性は、自身について明かし出したのです。


「私はソフィー マリソー。単刀直入に言うと、貴女と同じ魔術師の遣いよ」

 ソフィー マリソーさんは、フランス人の魔術師であるエリファス・ラヴィさんの遣いであり、己もフランスの生まれだと言っていました。


「……じゃあ、ソフィーさんも神黒翡翠を探しているんですね?」

「そうね、目的は貴女と同じよ。と言うか貴女、魔法の国の事は他言無用な事を知っているわよね?」

「あっ……すみません」


 もし魔法の事を一般の人に知られてしまうか見られてしまうと、それに関連した人達の記憶は数年分消されてしまうのです。

 だけど、敵であるソフィーさんにとっては、私が困る状況は好都合であるにも関わらず、止めてくれた事には理由があったのでした。


「こうして一般世界で私達が会えた事も驚きでしょうけど、もう1つ衝撃な事実を教えてあげるわ。私はね……」


「衝撃な話でも無いよ、翡翠」

「アキナ君?」

 話の途中で現れたアキナ君。そしてソフィーさんについて話し出したのです。ソフィーさんは以前、アグリッタさんの遣いであったのだと。

 それは私にとって、普通に衝撃な事実であったアキナ君の言葉。

 ですが、当然と言えば当然の事であり、神黒翡翠は何百年も前から探されている物である為、私以外の遣いがアグリッタさんにいても不思議ではないのです。

 でも、私の中で1つ疑問が発生していました。アグリッタさんの遣いでは無くなったソフィーさんが何故、違う魔術師の遣いになっているのかと言う疑問がです。


「貴女も私もそうだけど、選定されるにはそれなりの素質が必要なの」

 ソフィーさんは言っていました。自分はアグリッタさんにその任を解かれた後、エリファスさんに選ばれたのだと。 

 魔術師から遣いの任を解かれた場合、遣いは魔法の国での記憶を消されてしまいます。だけど、もう1度別の魔術師に選定されたソフィーさんは、思い出す事が出来たと言ったのでした。


「だからソフィーが翡翠の話を止めた理由は、多分先輩面したかっただけだよ」

「アキナ、あなたの減らず口は変わらないわね。見てたのなら、さっさと止めなさい」

 アキナ君は、自分が止める前にソフィーさんが割り込んだ、と言う事にしておいてと言っていましたが、実際私の近くにいたそうです。

 そして、ソフィーさんが現れた事に気が付き、身を潜めていたらしいのでした。


「でもソフィーさん、出会ってしまったと言う事は……ここで戦うのですか?」

「いいえ。領土進出は、魔法の国でしか出来ないの。それに……今の貴女じゃ、私には絶対に勝てないでしょうね」

 ソフィーさんは、私がもう少し戦闘経験を身に付けたら相手をしてあげると言い、その場を去って行きました。


「……アキナ君、ソフィーさんはどんな魔法を使うの?」

「彼女は今、魔術師エリファスの遣いだから、『数』 の能力を身に付けている筈だよ」

 ソフィーさんが使う数の能力とは、フランス語で『アン』 から『ドゥーズ』 までの12の力を用いる魔力だそうです。

 だけど、アグリッタさんもそうなのですが、魔術師達はその能力を日々進化させている為、能力の詳細まではアキナ君も知らないみたいでした。


「アキナ君……私、数学苦手です」

「平気平気。翡翠と僕達12天使がいれば恐る事はないよ。でも、確かに翡翠にはもう少し特訓をして貰おうかな」


 翌日、魔法の国の『ある場所』 で、私は天使さん達による特訓を開始していました。


「翡翠ちゃん、怪我をしたら私が治してあげるからね」

「え? 自分の傷も治せるんですか?」

 アキナ君はそう言う事だと言い、手始めに私とラムさんを同化させました。ラムビエルさんは1月の誕生石であるガーネットを示し、『実り』 を意味する能力があるそうです。


「では翡翠君、呪文を唱えて」

「はい。我に宿りしその力 今この時この瞬間 開放へと導かん……翡翠……エボリューションっ!」 

 農作業姿に変身した私。『実り』 にはいくつかの意味があるらしいのですが、一先ず豊作をイメージしたのです。


「これまた、素敵な姿になったねぇ」

「えとぉ、この姿で何をすれば良いのでしょうか?」

 先ず私は、ラムさんの能力で小竹を精製しました。次に、その小竹を成長させてみてようと、私はアキナ君に指示されます。そして、見る見るうちに、立派な竹へと成長させる事が出来たのでありました。


「次はその竹を武器に変えてみよう。ウエル、出番だよ」

 ウエルカムエルさんは、7月の誕生石であるルビーを示し、『勇気』  『自由』 『勝利』 などを意味するそうです。更に、物質をあらゆる物に変化出来る能力もあるのだと言っていました。


「え? 二人も同化するんですか?」

「今の翡翠は2天使が限界だろうけど、その内5天使は同化出来る様になる筈だよ」

「それでは翡翠嬢、失礼致します」

 ウエルさんが同化した事により、農作業姿だった私は、騎士の姿へと変身を遂げていました。そして竹を槍へと変化させたのです。


「じゃあ、その槍をマキが創った壁に投げ付けて」

「翡翠さんも知っている通り、私の創った壁は硬いわよ」

 そうは言われても、私は先ず壁に当てられるかどうかも分からない状態でした。そして、弱々しい力で私槍を投げ付けたのです。

 だけどそこで、その槍にはラムさんとウエルカムさんの魔力が加わり、何倍もの速さになって壁を突き抜ける事に成功したのでした。


「やっぱり2天使と同化した翡翠さんの力では、私の創った壁も壊されたちゃうのね」


 その後、私は戦う時の流れを簡単に説明して貰いました。パターンはいくつもあるのですが、先ずは武器が無ければ戦いようがないそうです。

 と、そこへルアンユーさん現れたのですが。


「性が出るじゃない? 戦いの特訓をしているの、翡翠」

 そうです。アキナ君が特訓場所として選んだ場所は、ルアンユーさんがいる領土の境界線辺りであったのでした。アキナ君はここで特訓をしていれば、ルアンユーさんが現れるであろうと予測していたのであったのです。


「良いところに現れたね、ルアンユー」

「良いわよ。練習相手になって上げるわ」 

 アキナ君は私を特訓させる為、実際の戦いの中で身に付けさせ様と考えていたのです。

 そしてルアンユーさんも、1度私に負けている為、その特訓に付き合ってくれる事になったのでした。


「ルアンユーさん、宜しくお願いします」

「翡翠、これは模擬戦だから領土進出とは関係無いけど、本気で来なさいよ」

 十二章の使い手であるルアンユーさんは『藻』 の魔法である『水と清浄の意』 を同化させ、私に襲い掛かって来ました。


「ルアンユーさん、ひど~い。ビショビショになっちゃいましたぁ」

「翡翠、今の攻撃は只の威嚇よ。水圧をナメていると、身体ごと真っ二つにしちゃうからねっ!」


 そこでアキナ君は、私にエマリさんを同化させる様にと指示を出しました。エマリエルさん、8月の誕生石であるペリドットを示し、『厄除け』 の能力を持つ天使だそうです。


「翡翠姫、同化させて頂きます」

「はいっ。エマリさん、お願いします」

 エマリさんの同化により、巫女の姿に変身した私。そこへすかさず、ルアンユーさんの水攻撃が炸裂して来ました。

 だけど私は、手にした幣(ぬさ) を一振りする事で、水を振り払ってしまったのです。


「なっ……何よ、その武器は?」

「翡翠、良く幣を知っていたね」


 私は先日、姉が厄年であった為、お祓いに行っていたのです。お祓いは巫女さんがする訳では無いのですが、近くで見ていた私は幣の払い方を真似していたのでした。


「あ~止め止め。私も今年は厄年だから、これ以上やったらバチが当たりそうだわ。だけど翡翠、中々良い防御だったわよ」

「あははは、どうもです」

 自分の領土へ帰っ行くルアンユーさん。私もその日の特訓を終え、一般世界へと帰宅する事になりました。


「魔法の国では、戦っても死なないらしいけど、やっぱり怖いなぁ」

「翡翠、今ちょっと良いかい?」

「アキナ君?」 

 アキナ君はアグリッタさんに指示され、一般世界の私に会いに来たそうです。

 その指示とは、私の覚悟をもう1度確かめる事であり、もし戦う事を躊躇している様であれば、この任務を降りても良いと言う話でした。


「翡翠が戦いを望まないのなら、選定を変えても良いってアグリッタ様は言ってたよ」

「アグリッタさんが……。アキナ君、私はやります。光也君を助けてくれた恩を返させて貰う為にも……ね」

 アキナ君は、私ならそう言ってくれると信じていてくれていた様です。

 ですが、私の覚悟はこれから起こる事態で、揺らぐ事になってしまう事など、当然気付けませんでした。

 私にはまだ、超えなければいけない試練が待ち受けているのです。
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