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87 それぞれの物語
時々、がくんと頭の落ちる岸田を安倍が揺らして起こしつつ、午前の講義が終わった。
「夜バイト、駄目だ」
「当たり前だろ。夏休みでもやめろって言ってたのに」
岸田が欠伸をしながら言って、安倍が少し怒っている。怒っている安倍くんなんて珍しい、と一太は思った。
昼休み、仲良く四人で食堂に移動して、並んで食券を買った。今日は日替わり定食を食べようか、と思いつつ、一太はやっぱり、うどんのボタンを押してしまった。
「いっちゃん。おかず、何にする?」
「ポテト」
「ポテトかあ。もう一つくらい買う?」
「俺はいい」
「デザートは?」
「桃のゼリー」
相変わらず日替わり定食の晃が、一太がうどんを選んだのを見て、小鉢を付け足していく。
「いや、仲良しだな、おい」
「村瀬くん、自分で食べたいもの、言えるようになったのねえ」
四人で一つのテーブルに仲良く座りながら、一太の向かいの席で安倍と岸田が言った。
「あ」
一太は、そう言われてはじめて、先ほどのやり取りを思い出す。
「ご、ごめん、晃くん。後でお金......」
「いらないよ。僕が食べたかったから買ったんだよ」
「あ、うん。ありがと」
まあ今は、割といつでも一緒にいるのだから、お返しする機会はいくらでもあるだろう、と一太は素直に礼を言った。
「うわあ。夏休みに何があったの?」
一太と同じ、温かいうどんを啜りながら岸田が言った。
「髪の毛は綺麗に整ってるし、目の下の隈は消えてるし、体にちょっと肉がついたよね? 前よりマシになった」
「あ、髪の毛。あの、昨日、散髪屋さんに行って」
「似合うよ。格好良い」
「そ、そう?」
良かった、と一太は胸を撫で下ろす。昨日、晃に連れられて、千円で散髪してくれるという美容院に行ってきたのだ。晃も初めての場所だったらしいが、一太は、美容院というものに行くのが初めてで、ひたすら緊張して座っていた。
今日はどうされますか? と聞かれてもさっぱり分からず、晃が、ああしてこうして、と注文するのを固まって聞いていた。晃が側から離れてからは、美容師の言うことに全部頷いていただけだったが、すっきりと短く切ってもらえて、とても気に入った。家でも、プロってすごい、と何度も鏡で確かめてしまった。
千円の価値はある、と思う。
「よく笑うようになったのねえ」
「え?」
今まで、笑っていないつもりなんて無かったけれど、俺ってあんまり笑っていなかったのか。
「確かにそうかも」
晃くんが言うのならそうなのだろう、と一太は納得した。晃は、一太より一太のことを知っている人だから。
「何か、良かったね?」
「うん」
本当に。
良かった。
「早織。起こしてやるから、ちょっと寝ろ」
「そうする」
食堂は混んでいるから、食べ終わってすぐに次の講義の教室へ移動した。まだ人の少ない教室の一角に四人で座ると、安倍が岸田に昼寝を促す。岸田は、タオルを机に置いて腕と頭を乗せてつっ伏すと、すぐに寝息を立てはじめた。
「まったく......」
ぽん、ぽん、と岸田の頭を撫でる安倍の手が優しい。
「ね。いつから付き合ってるの?」
「えええ?」
晃が言って、一太は盛大に驚いた。付き合う? 付き合うって、あれ? あの、二人でお出かけしたりとかする......。
「しっ。村瀬、うるさい」
「うぁ、ごめん......。つ、付き合ってる、の?」
「ああ、うん。まあ、そう」
「ふええ」
「何人かで出かけた後。気が合って、うん。まあ、そういうことになった」
「そうなんだ。へええ」
うわあ、すごい。一太は、何度も二人を見比べてしまった。物語の中の出来事を目の前で見せてもらっているような、そんな気分だ。
「何だよ。まあまだ、そんなにデートとかはしてないけどな。ほら、俺ら、どっちも、そんなに金に余裕ある訳じゃないからさ」
「デート」
ますます、物語の中のことのようだ。一太は、安倍の話にいちいち感心しながら、前のめりに話を聞いていた。
「俺らの話はいいんだよ。そっちは? 村瀬、入院までしたって言ってたけど、逆に調子良さそうになってるじゃん。前はさ、今の早織みたいに、ふらふらだったよな? 結構、心配してたんだぜ?」
ここにも。
一太は、びっくりと目を見開いた。
一太が気付いていなかっただけで、心配してくれていた人がここにもいたのだ。
本当に、今、自分は幸せだなあ、と一太は思った。家族でなくても、血の繋がりなんてなくても、心配して、見守ってくれる人はいたのだ。晃だけが、特別な訳では無かったのだ。
「ありがとう。もう大丈夫」
一太が、心の底から、大丈夫、と言えたのは初めてかもしれなかった。答えとして、それ以外に言いようがなかった時の大丈夫、ではなく、本当に大丈夫だよって答えられることが、嬉しい。
「おう。眩しい笑顔だなー。本当に、大丈夫そうだな」
安倍が、一太の顔を見て目を細める。本当に、安心したように。一太は、じん、と胸が熱くなった。
それから、晃と二人で夏休みの出来事を安倍に説明した。生い立ちのことは軽めに、今は、二人で暮らしていて、とても幸せなことまで全部。
「ふええ。すげえな、何か」
「うん、ふふ。何かね。こんな良いこと、いっぺんに起こるんだなあって、びっくりしちゃった」
「ドラマとか、小説の中の話みてえだな」
それはさっき、安倍と岸田が付き合っていると聞いて、一太が抱いた感想と同じだ。他人の人生というものを話として聞くと、そう思えるものなのかもしれない。
「幸せ過ぎて怖いくらい」
「ま、お前、苦労したんだからさ。今までの分、返してもらったってことでいいんじゃねえの」
「そうかな」
「そうだろ」
安倍に言われて、一太が安心した笑顔を晃に向けると、晃も力強く頷いてくれた。
友だちに囲まれて、一太は本当に幸せだった。
「夜バイト、駄目だ」
「当たり前だろ。夏休みでもやめろって言ってたのに」
岸田が欠伸をしながら言って、安倍が少し怒っている。怒っている安倍くんなんて珍しい、と一太は思った。
昼休み、仲良く四人で食堂に移動して、並んで食券を買った。今日は日替わり定食を食べようか、と思いつつ、一太はやっぱり、うどんのボタンを押してしまった。
「いっちゃん。おかず、何にする?」
「ポテト」
「ポテトかあ。もう一つくらい買う?」
「俺はいい」
「デザートは?」
「桃のゼリー」
相変わらず日替わり定食の晃が、一太がうどんを選んだのを見て、小鉢を付け足していく。
「いや、仲良しだな、おい」
「村瀬くん、自分で食べたいもの、言えるようになったのねえ」
四人で一つのテーブルに仲良く座りながら、一太の向かいの席で安倍と岸田が言った。
「あ」
一太は、そう言われてはじめて、先ほどのやり取りを思い出す。
「ご、ごめん、晃くん。後でお金......」
「いらないよ。僕が食べたかったから買ったんだよ」
「あ、うん。ありがと」
まあ今は、割といつでも一緒にいるのだから、お返しする機会はいくらでもあるだろう、と一太は素直に礼を言った。
「うわあ。夏休みに何があったの?」
一太と同じ、温かいうどんを啜りながら岸田が言った。
「髪の毛は綺麗に整ってるし、目の下の隈は消えてるし、体にちょっと肉がついたよね? 前よりマシになった」
「あ、髪の毛。あの、昨日、散髪屋さんに行って」
「似合うよ。格好良い」
「そ、そう?」
良かった、と一太は胸を撫で下ろす。昨日、晃に連れられて、千円で散髪してくれるという美容院に行ってきたのだ。晃も初めての場所だったらしいが、一太は、美容院というものに行くのが初めてで、ひたすら緊張して座っていた。
今日はどうされますか? と聞かれてもさっぱり分からず、晃が、ああしてこうして、と注文するのを固まって聞いていた。晃が側から離れてからは、美容師の言うことに全部頷いていただけだったが、すっきりと短く切ってもらえて、とても気に入った。家でも、プロってすごい、と何度も鏡で確かめてしまった。
千円の価値はある、と思う。
「よく笑うようになったのねえ」
「え?」
今まで、笑っていないつもりなんて無かったけれど、俺ってあんまり笑っていなかったのか。
「確かにそうかも」
晃くんが言うのならそうなのだろう、と一太は納得した。晃は、一太より一太のことを知っている人だから。
「何か、良かったね?」
「うん」
本当に。
良かった。
「早織。起こしてやるから、ちょっと寝ろ」
「そうする」
食堂は混んでいるから、食べ終わってすぐに次の講義の教室へ移動した。まだ人の少ない教室の一角に四人で座ると、安倍が岸田に昼寝を促す。岸田は、タオルを机に置いて腕と頭を乗せてつっ伏すと、すぐに寝息を立てはじめた。
「まったく......」
ぽん、ぽん、と岸田の頭を撫でる安倍の手が優しい。
「ね。いつから付き合ってるの?」
「えええ?」
晃が言って、一太は盛大に驚いた。付き合う? 付き合うって、あれ? あの、二人でお出かけしたりとかする......。
「しっ。村瀬、うるさい」
「うぁ、ごめん......。つ、付き合ってる、の?」
「ああ、うん。まあ、そう」
「ふええ」
「何人かで出かけた後。気が合って、うん。まあ、そういうことになった」
「そうなんだ。へええ」
うわあ、すごい。一太は、何度も二人を見比べてしまった。物語の中の出来事を目の前で見せてもらっているような、そんな気分だ。
「何だよ。まあまだ、そんなにデートとかはしてないけどな。ほら、俺ら、どっちも、そんなに金に余裕ある訳じゃないからさ」
「デート」
ますます、物語の中のことのようだ。一太は、安倍の話にいちいち感心しながら、前のめりに話を聞いていた。
「俺らの話はいいんだよ。そっちは? 村瀬、入院までしたって言ってたけど、逆に調子良さそうになってるじゃん。前はさ、今の早織みたいに、ふらふらだったよな? 結構、心配してたんだぜ?」
ここにも。
一太は、びっくりと目を見開いた。
一太が気付いていなかっただけで、心配してくれていた人がここにもいたのだ。
本当に、今、自分は幸せだなあ、と一太は思った。家族でなくても、血の繋がりなんてなくても、心配して、見守ってくれる人はいたのだ。晃だけが、特別な訳では無かったのだ。
「ありがとう。もう大丈夫」
一太が、心の底から、大丈夫、と言えたのは初めてかもしれなかった。答えとして、それ以外に言いようがなかった時の大丈夫、ではなく、本当に大丈夫だよって答えられることが、嬉しい。
「おう。眩しい笑顔だなー。本当に、大丈夫そうだな」
安倍が、一太の顔を見て目を細める。本当に、安心したように。一太は、じん、と胸が熱くなった。
それから、晃と二人で夏休みの出来事を安倍に説明した。生い立ちのことは軽めに、今は、二人で暮らしていて、とても幸せなことまで全部。
「ふええ。すげえな、何か」
「うん、ふふ。何かね。こんな良いこと、いっぺんに起こるんだなあって、びっくりしちゃった」
「ドラマとか、小説の中の話みてえだな」
それはさっき、安倍と岸田が付き合っていると聞いて、一太が抱いた感想と同じだ。他人の人生というものを話として聞くと、そう思えるものなのかもしれない。
「幸せ過ぎて怖いくらい」
「ま、お前、苦労したんだからさ。今までの分、返してもらったってことでいいんじゃねえの」
「そうかな」
「そうだろ」
安倍に言われて、一太が安心した笑顔を晃に向けると、晃も力強く頷いてくれた。
友だちに囲まれて、一太は本当に幸せだった。
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