【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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113 どじょうとおたまじゃくしはどちらが好きですか?

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「誕生日会、すごかったねえ」

 一太は、興奮冷めやらぬまま家に帰った。大学と近い場所にある実習先の幼稚園は晃と暮らす家とも近く、とても助かっている。
 実習は、自身の出身の園で受ける者が多いが、一太は児童養護施設に併設の保育施設だったので幼稚園ではないし、何処にあったのかも知らない。もちろん、もともと住んでいた辺りになど近寄りたくもないので、大学から紹介してもらえる施設に行くことにしたのだ。
 晃も、実習先はどこを選んでもいいと言われて、一太と同じ施設を希望した。病気持ちだったこともあって幼稚園にはあまり通えていないから思い入れもないし、一太と二週間も離れているのが寂しいから一緒の場所がいい、と晃は言った。
 実習はこちらで行くことにしたから帰らない、と実家に電話した時には、帰るのが面倒臭いからこっちで行く、なんて陽子さんに言っていたけれど。
 一太も、二週間も晃くんと離れるのは寂しいな、と思っていたので、同じ場所にしてくれてとても嬉しかった。
 それに、同じ園にいたら、違うクラスで実習していても家で情報交換ができる。提出する書類やレポートを書く時にも協力できるし、協力しなくても、晃と隣り合って座って何かをしているだけで一太は幸せだった。
 幼稚園で開催された誕生日会は大盛り上がりで、その後も子どもたちは皆、テンションが高く、それなりにトラブルがあった。朝の会議で、そうなるだろうと聞いていたので、あちこちで小さなトラブルの仲裁をしながら、可愛いなあ、と思って一太は午後を過ごした。一太も、高揚する気持ちを抑えるのが大変だったから。

「え、ああ。今日はいつもより疲れたね」

 晃の疲れた声に、一太はあれ? と首を傾げる。晃は、誕生日会はそんなに楽しくなかったのだろうか。特別なし物として披露された園長先生の手品も、一太はとても楽しかったのだけれども。

「皆、興奮して大変だったよ」
「あ、うちも」

 そんな事を話しながら、家の中に入る。手を洗って弁当箱を水につけると晃は、ひと休みと言ってベッドを背に座り込んでしまった。

「俺さ、楽しかった。晃くんの好きな色とかさ、好きな食べ物とか遊びとか聞けたし」
「あはは。あれ、参ったね。急に言われたから、焦って酷かったよー」
「え? ちゃんとできてて凄かったよ。俺、呼ばれてたら、答えられなかったかも」

 舞台に上がった子どもたちは、元気に自己紹介をした後、その他の子どもたちが手を挙げてする質問にどんどん答えていた。何を質問されるか分からないので、はらはらどきどきのイベントだ。
 司会の先生が、手を挙げている子どもをランダムに当てるから、どんなバスが好きですか? と車好きの子に聞かれたり、どじょうとおたまじゃくしはどっちが好きですか、と聞かれたりする。どんなバスって言われてもそんなにバスに種類あるの? と驚いたり、なんで、どじょうとおたまじゃくしの二択? と思ったり。
 好きな色とか好きな食べ物とか分かりやすい質問もあって、誕生月の子どもたちが元気いっぱいに答えていた。恥ずかしがり屋のりっかちゃんやまだ小さい年少組の子は、隣で先生に補佐してもらいながら答えていたけれど、答える方も質問に負けない謎の答えもあり、笑いの絶えない催しだった。
 一太は大笑いしながら、晃が上手く答える様子をとても楽しく見ていた。
 晃くんはどじょうの方が好きなのかあ、とか、やっぱり青色が好きなんだなあ、などと思って、楽しいばかりのイベントだった。

「晃くん」

 一太が、帰りに買ってきた食料を冷蔵庫に入れ終えて振り返ると、晃は、ベッドを背に座って船を漕いでいた。
 どうりで、途中から生返事しか聞こえなくなったはずだ、と近寄って、ベッドの上の毛布を晃の体にかける。エアコンがごうごうと音を立てて部屋を暖めてくれているけれど、寝たら寒いかもしれないから。
 晃は、僕、あんまり体力が無いんだ、と言っていたことがあった。けれど、こんな風に寝落ちてしまっている姿は見たことがなかったから、本当にすごく疲れたのだろう。
 実習も残りあと二日、というところでの大騒ぎの誕生日会だ。大変だった。
 前に立たされていたしね。
 一太ももちろん疲れてはいるが、アルバイトを休ませて貰っている分、時間に余裕があるなあ、という印象だった。それに、ほんの小さな頃から全ての家事を一人でこなしていた一太には、家事を半分引き受けてもらえる今の環境は、天国のようだった。
 晃くんに甘え過ぎていたのかもしれないなあ。
 一太は、眠る晃の顔を少し眺めてから、よし、と気合いを入れる。こうして、晃の隣に座り込んでいたら、自分も眠たくなってしまいそうだ。 
 明日の弁当の分も計算して米を研ぎ、炊飯器のスイッチを押して、弁当箱を洗う。
 あまり遅い時間になる前に掃除機をかけたかったが、晃を起こしたくなくて諦めた。
 静かにできる仕事をと、洗濯機の中で乾燥まで終わった洗濯物を取り出し、丁寧にたたむ。今日、着用していたエプロンを鞄から出して洗濯機に入れながら、乾燥までしてくれるなんて、なんて便利な道具なんだ、としみじみドラム式の洗濯機を眺めてしまう。
 それから、気合を入れて風呂場に入った。暖房の届かない風呂場は、外と同じくらい寒い。大急ぎで洗って水で流すと、手足がじんじん痺れて懐かしくなった。ずっと、こんな寒さに耐えながら冬を過ごしてきた。夏より冬の方が、死が近くて恐ろしかった。
 
「いっちゃん!」

 風呂場から出て、タオルでかじかむ手足を拭いていると、晃が慌てた様子で洗面所へ駆け込んでくる。
 驚いていると、

「ごめん」

 と、抱きしめられた。

「え、なに?」
「ごめん。仕事、全部やらせちゃった」
「ああ、そんなの……」

 言いかけた一太の手を、晃が握る。

「また、こんなに冷えて。お湯を使ったらいいよって言ってるのに」
「あ、うん……」

 体を洗うのすらほとんどお湯を使えなかった一太には、風呂洗いや皿洗いにお湯を使うなんてなかなか出来なくて。
 けれど晃は、その度にこうして、冷えきった手足を心配してくれるのだ。

「早く暖かい部屋でぬくまろう」

 晃に抱えられるように居間へ入れば、一太の冷えていた手足がじんじんと温まっていく。

「俺、幸せだな……」

 本当に、幸せだ。
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