【完結】長屋番

かずえ

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二十二 物語

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「そこでな。何奴じゃ、と襲い来る侍共をばったばったと投げ飛ばし」
「おおおおお!」
「囚われのおこう殿とかよ殿をそれぞれひっ担いで、走りに走って帰ってきたという訳よ」
「おおおおお!」

 観客は拍手喝采である。いや、なんの話だ。

「いやあ、田端様。そんななりでお強いんですねえ」
「松木様がお強いのは知っておりましたが、こんなにお強いご友人がいらっしゃったとは知りませなんだ」
「心強いことです!」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」

 背後の、長屋の一室からは、いつものように三味線のが響いている。おつのやおそめ、おみつの時々調子の外れる音が、田端のいい加減な話に絶妙に嵌って、なんとも言えない面白さを出していた。

「おい、伊三郎」
「なんじゃ、正一郎」

 いい加減、この与太話を止めようかと声をかければ、田端からは、間髪入れずに返事が返ってくる。松木は、長屋暮らしをするに当たって、元服後の時頼ときよりの名を使うことをやめた。田端に倣い、浪人らしさを出すためでもあれば、かよが、度々、松木のことをそう呼ぶからでもある。つまり、その呼ばれ方が気に入っている。
 そんな掛け合いにも、長屋の女衆や子どもたちは、やんやと喝采をあげた。

「お二人は、本当に息がぴったりでございますねえ」
「なればこそ、このように見事に、おこうさんとかよさんを救うことができたんでございますねえ」
「いや、あのな。そのような都合の良い話は……」
「いやいや、まこと。全員無事で何よりであった」

 松木の手の甲をぎゅう、とつねって口を閉じさせ、また田端が調子良く合いの手を入れる。
 どこから持ってきた物やら、瓦版屋が乗る台のようなものの上に乗り、田端はそりゃあもう楽しくおかしく、救出劇を物語った。

「本当のこと言ったって、何が面白いものかよ。大体、それがしたちの素性を知られる訳にはいかんでござろう?しっかり助けて帰って来たんだから、これでいいんだよ」

 こそこそと耳打ちされれば、それもそうかと松木は頷くしかない。よく聞けば、二人が何処に囚われていたのか、どうして松木と田端が二人の囚われている屋敷を知ったのか、重要な情報は何にも出てこない。
 敵?のことも、斬る訳にはいかぬから、ばったばったと投げ飛ばしているようだ。
 よく見てほしい、と松木は思う。田端の、武士としては細身の体格で、人をばったばったと投げ飛ばせるものか。松木とて、剣の仕合であればそれなりに自信はあるが、向かってくる人間を投げ飛ばせるか、と聞かれれば無理である。体術を修めた覚えは無い。
 だが、と目の前でにこにこ、にこにこ、と楽しげに話を聞く長屋の面々を見る。そんなことを気にした風もなく、ただただ、おこうとかよが無事であったことを喜んでくれているのだ。二人を無事に連れ帰った松木と田端に、素直な感謝の言葉を伝えてくれているのだ。

「まあ、よいか……」

 と、松木が呟いた時であった。

「それで田端様。松木様とかよさんは?」
「おうよ。ここからが肝心要の話だな」

 田端が、少し声を落とした。皆が息を飲んで、田端を注視する。
 は?と松木が首を傾げる間に、真剣な顔の田端が口を開いた。

「無事を確かめあった二人は熱い抱擁を交わし」
「伊三郎!」
「きゃああああ!」

 松木の制止の声をかき消すように、女衆の嬉しげな悲鳴が上がる。

「松木様、おめでとうございます!」
「かよさんとお幸せに!」

 嘘八百の救出劇の、そこだけが真実だなどと、恥ずかしすぎる。
 三味線の音を背に、田端の語る楽しい楽しい物語は、真っ赤になって俯いた松木に祝福の言葉が飛んでの終幕となった。

 
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