【完結】第一王子と侍従令嬢の将来の夢

かずえ

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10 あたたかい場所

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 リュシルは、何が何やら分からないままに、お風呂に入れてもらい、肌触りの良い寝間着を着せてもらって、セリーヌの部屋のベッドの上にいた。学園の寮に入ってから、うまく目の見えぬ日々が続き、共同風呂の場所も分からず、朝には、とにかく登校しなければとばかり頭にあったので、風呂に入るなど、幾日ぶりかであった。

「リュシルちゃん、さっぱりしたでしょう。はい、レモン水をお飲みなさい。」

 呆然としていると、伯爵夫人の声が聞こえる。慌てて目に魔力を込めると、マクシムによく似た茶色の瞳が覗きこんでいた。魔力の揺らぎを感じたセリーヌが、それはやめなさい、と優しく言う。

「魔力なんて使うと疲れるでしょ。飲み物くらい、見えなくても飲めますよ。」

 にこにこ笑う美しい夫人に圧倒されながら、はい、と素直に頷いて見るのをやめてレモン水を飲む。

「今日は、美味しいものがたくさん身体に入って、体も心も喜んでいます。ありがとうございます。」

 礼儀正しく頭を下げると、がばっと抱きつかれた。いい子ね、と頭を撫でられて目を見開く。

「ああ、女の子はいい匂いがするわー、ちっちゃいわー、可愛いわー。もう少しふわふわになるように頑張って食べましょうね?」

 三兄弟の母は、女の子にうっとりしている。

「寝間着も、ちょうど良い大きさがなくてね。急いで詰めさせたのだけれど、大きいわね。制服も大きかったようだし、明日、仕立て屋を呼ぼうかしら。普段着もいるものね。明日、起きた後はとりあえず、侍女のお洋服の小さいのを着ておきましょうね。」

「奥様、奥様、レモン水のコップを頂きますよ?」

 部屋の隅に控えていた侍女が、セリーヌの暴走を止めようと声をかけると、はっとしたようにリュシルを離した。

「ごめんなさいね、リュシルちゃん。今日は一緒に寝ましょう。色々と、また明日ね。」

 抱き締められる温かさにうっとりしていたリュシルは、嬉しそうに微笑んだ。

「お世話を掛けます、ベルナール伯爵夫人。お洋服などはお金がないので、結構です。お借りしたものも、必ず洗ってお返し致します。お借りできて、助かりました。本当にありがとうございます。昼間からずっと、ベルナール様に助けて頂いてばかりで。」

「……息子も殿下も、リュシルちゃんに助けてもらったって言っていたのだから、そのお礼だと思ってはどうかしら?」

「とんでもない、助けてもらったのは私です。働きだしたら、このご恩は必ずお返し致します。」

 なるほど、とセリーヌは思った。この話は平行線になりそうだ。リュシルは、理由もなく何かを貰うこと、に慣れていないらしい。それが、愛情であれ洋服であれ、訳が分からないと見える。ただ、飢えてはいるから、抱き締められても嬉しそうにじっとしている。これが、精一杯なのだろう。しばらく、預かれたらいいのだけれど、とセリーヌはもう一度リュシルを抱き締めて布団に入りながら思った。学園に通うのなんて、急がなくてもいいわ。こんなに小さいのだし。そうして、優しく背中を叩いていたリュシルが寝息を立てはじめても離さず、自分も幸せな気持ちで眠った。


 朝、当直明けに帰宅したベルナール伯爵は、息子たちが子どもの頃に着ていた服を着た第一王子と廊下ですれ違い、声も出せないほど驚いた。丁寧に挨拶をされて、しどろもどろに挨拶を返し、珍しく出迎えに来ない妻の部屋へ入る。ノックの後、返事も聞かずに入ってしまうと、小さな体に大きめの侍女服を着た女の子を椅子に座らせて、髪を楽しそうにとかす妻と目が合った。

「まあ、お帰りなさい。」

 すこぶる機嫌の良い様子で立ち上がり、自然な仕草で抱き締められ、頬にキスをしてくれるのをぼんやりと受けていると、侍女服の女の子が慌てて立ち上がり貴族の子女らしき礼をする。

「リュシル・ブランと申します。昨夜からお世話になっております。」

「……先程は、男の子もいてな。いったい、何が……」

 リュシルに頷いて挨拶を返した後、呟いたアドルスは、徹夜明けで光を眩しく感じる目元を右手で押さえて、少し考えた。

「とりあえず、寝よう。」

「それが、よろしいかと。」

 いつの間にか後ろに控えていた執事が、上着や、腰に指した剣を回収しながら主人を寝室へ促した。セリーヌに一礼して出ていく。

「さ、こちらは朝ごはんを食べますよ。」

 食堂にはもう、シリルがいて席に着いていた。リュシルとセリーヌを見て、ほっと表情を緩める。

「殿下、おはようございます。」

 綺麗な貴族女性の挨拶を二人から受けて、こくん、と頷いた。ちょうど、温かいスープが運ばれてくる。思わず、といった様子でリュシルを見ると、魔力の揺らぎが感じられた。近くにいた使用人とセリーヌがはっとする。

「殿下。これは、食べられるもの、です。」

 リュシルがそう言うと、とても美味しい食べ物のような気がするから不思議だった。うん、と頷いて少し笑う。頬がひきつったように感じて、そういえば、久しぶりに笑ったのかもしれない、なんて思った。
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