53 / 61
53 私は幸せです
しおりを挟む
何故か宰相府での仕事を申し付けられて、文官のように書類を整理していたリュシルは、ようやくシリルの側に呼ばれて驚いた。
ベッドに真っ青な顔で寝ている。
「殿下。」
慌ててベッドの横に立ち、くまなく全身を視る。毒の気配は無い。ほっとしゃがみこんで手を握った。
バジルの近寄ってくる気配がする。
「落ち着かせるために薬を使ったから、それで寝ているだけだ。大丈夫。」
「バジル様。」
「茶会に参加させられてな。……とても座っていられなかった。」
「……。」
ああ、とリュシルは息を吐いた。シャルルが倒れた茶会を思い出して、身を震わせる。シリルの手を握ったままの手を額に当てて、目を閉じた。
ぽん、とバジルの手が頭に乗せられる。
「リュシル。」
リュカ、ではなくリュシル、と呼ばれて驚いて目を開く。
「陛下はたぶん、リュシルを令嬢に戻そうと思ったのだ。いつまでも、侍従のふりをしているわけにはいかないだろう?殿下が普通に過ごされているから、もう大丈夫だと思われたのだろう、と思う。」
こくり、とリュシルは頷く。けれど、茶会に出ることを思うと、リュシルもまだ恐ろしかった。
「まだしばらく、その姿で殿下にお仕えしてもらわなければならない。」
「私は、それで良いのです。殿下のお側におります。殿下がお健やかに過ごせるように、手助けさせてください。」
「ドレスを着てダンスの練習をしたり、令嬢たちとお洒落の話をしたり、街で話題のスイーツを食べに行ったり、といった生活ができないままだ。」
リュシルは驚いて目を見開いた後、少し笑った。
「令嬢の姿であっても、そんなことはできません。ドレスを買うお金もスイーツを食べるお金も私には無い。この仕事のおかげで昼ごはんを食べることができている、スイーツを食べることができている。服に困ることも無い。私は、幸せです。」
「……すまん。」
頭をがりがりと掻きながらバジルは謝った。忘れていた。彼女が休学しているのに、何の連絡もつかないのに、知らない顔の実家のことを。
ベッド脇に椅子を置いてリュシルを座らせ、もう一度、ぽんぽんと頭を撫でて、バジルは部屋を出た。
ブラン子爵は三年前から、領地に妻子を残して王宮の文官をしている。長期の休みの時に帰るが、普段は王宮の宿舎で生活をしていた。あまり収入の多くない領地持ちの貴族は、領地の経営を信頼できる部下や親族に任せて、王都で仕事をしていることはよくあることなので、宿舎もしっかりした作りになっていて、宿舎に専属の侍従や下働きもいる。食事は、王宮の食堂で三食取ることも可能だったので、特に不自由もなく暮らしていた。
「ブラン子爵。突然すみません。お話をよろしいでしょうか。」
何の接点もない、護衛騎士服の青年と上等な侍従服の青年という二人組に声をかけられて、ブラン子爵はただただ驚いていた。
「マクシム・ベルナールと申します。」
護衛騎士服の青年はそう名乗り、
「バジル・シモンです。」
と侍従服の青年は名乗った。
「ダニエル・ブランです。」
と名乗りを返したが、名前を聞いても関り合いがあるとは思えなかった。
「学園に主が通っております。そこで護衛をしているのですが、以前、貴方のお嬢様に主が命を助けられたことがございまして。いつかお礼をと思いながらなかなかお会いできず、気になっておりました。」
ベルナールという青年の話を聞いても、思い当たることはなかった。浮かぶのは、まだ幼い娘の姿である。
「学園……ですか?うちの娘はまだ幼くて、学園には通っておりませんが。」
え?、と青年二人が顔を見合わせる。
「ブラン子爵、でいらっしゃいますね?」
「はい。そうです。」
「リュシル・ブランという令嬢は、貴方のご息女では?」
その名を聞いて、ようやくダニエル・ブランはもう一人の娘を思い出した。だが、あの子は。
「はい。確かにその名前の娘もおります。そう、そうか、学園に入る年齢……。しかし、あの子は病気でして、学園には通えないと思います。」
もう一度、青年二人は顔を見合わせる。
「主はもうすぐ三年生になります。貴方のご息女も同じ年齢で、学園に入学されてから二年経っておりますよ。」
「え?……あ、いや。申し訳ない。家の事はすべて妻に任せているもので、知らなかったのです。では、学園に通っているのですか?あの子が?」
本当に驚いている様子に、マクシムとバジルは呆れるしかなかった。この男は、娘の年齢も知らなかったのか。長期の休みには家に帰っていると聞いていたが、リュシルがいないことにも気付いていなかったのか。
「貴方がご存知無いなら、私の思い違いなのかもしれません。失礼致しました。」
マクシムとバジルは、形ばかりの礼をしてその場を去った。リュシルはもう二度とあの家に帰してはいけない、と固く決意して。
ベッドに真っ青な顔で寝ている。
「殿下。」
慌ててベッドの横に立ち、くまなく全身を視る。毒の気配は無い。ほっとしゃがみこんで手を握った。
バジルの近寄ってくる気配がする。
「落ち着かせるために薬を使ったから、それで寝ているだけだ。大丈夫。」
「バジル様。」
「茶会に参加させられてな。……とても座っていられなかった。」
「……。」
ああ、とリュシルは息を吐いた。シャルルが倒れた茶会を思い出して、身を震わせる。シリルの手を握ったままの手を額に当てて、目を閉じた。
ぽん、とバジルの手が頭に乗せられる。
「リュシル。」
リュカ、ではなくリュシル、と呼ばれて驚いて目を開く。
「陛下はたぶん、リュシルを令嬢に戻そうと思ったのだ。いつまでも、侍従のふりをしているわけにはいかないだろう?殿下が普通に過ごされているから、もう大丈夫だと思われたのだろう、と思う。」
こくり、とリュシルは頷く。けれど、茶会に出ることを思うと、リュシルもまだ恐ろしかった。
「まだしばらく、その姿で殿下にお仕えしてもらわなければならない。」
「私は、それで良いのです。殿下のお側におります。殿下がお健やかに過ごせるように、手助けさせてください。」
「ドレスを着てダンスの練習をしたり、令嬢たちとお洒落の話をしたり、街で話題のスイーツを食べに行ったり、といった生活ができないままだ。」
リュシルは驚いて目を見開いた後、少し笑った。
「令嬢の姿であっても、そんなことはできません。ドレスを買うお金もスイーツを食べるお金も私には無い。この仕事のおかげで昼ごはんを食べることができている、スイーツを食べることができている。服に困ることも無い。私は、幸せです。」
「……すまん。」
頭をがりがりと掻きながらバジルは謝った。忘れていた。彼女が休学しているのに、何の連絡もつかないのに、知らない顔の実家のことを。
ベッド脇に椅子を置いてリュシルを座らせ、もう一度、ぽんぽんと頭を撫でて、バジルは部屋を出た。
ブラン子爵は三年前から、領地に妻子を残して王宮の文官をしている。長期の休みの時に帰るが、普段は王宮の宿舎で生活をしていた。あまり収入の多くない領地持ちの貴族は、領地の経営を信頼できる部下や親族に任せて、王都で仕事をしていることはよくあることなので、宿舎もしっかりした作りになっていて、宿舎に専属の侍従や下働きもいる。食事は、王宮の食堂で三食取ることも可能だったので、特に不自由もなく暮らしていた。
「ブラン子爵。突然すみません。お話をよろしいでしょうか。」
何の接点もない、護衛騎士服の青年と上等な侍従服の青年という二人組に声をかけられて、ブラン子爵はただただ驚いていた。
「マクシム・ベルナールと申します。」
護衛騎士服の青年はそう名乗り、
「バジル・シモンです。」
と侍従服の青年は名乗った。
「ダニエル・ブランです。」
と名乗りを返したが、名前を聞いても関り合いがあるとは思えなかった。
「学園に主が通っております。そこで護衛をしているのですが、以前、貴方のお嬢様に主が命を助けられたことがございまして。いつかお礼をと思いながらなかなかお会いできず、気になっておりました。」
ベルナールという青年の話を聞いても、思い当たることはなかった。浮かぶのは、まだ幼い娘の姿である。
「学園……ですか?うちの娘はまだ幼くて、学園には通っておりませんが。」
え?、と青年二人が顔を見合わせる。
「ブラン子爵、でいらっしゃいますね?」
「はい。そうです。」
「リュシル・ブランという令嬢は、貴方のご息女では?」
その名を聞いて、ようやくダニエル・ブランはもう一人の娘を思い出した。だが、あの子は。
「はい。確かにその名前の娘もおります。そう、そうか、学園に入る年齢……。しかし、あの子は病気でして、学園には通えないと思います。」
もう一度、青年二人は顔を見合わせる。
「主はもうすぐ三年生になります。貴方のご息女も同じ年齢で、学園に入学されてから二年経っておりますよ。」
「え?……あ、いや。申し訳ない。家の事はすべて妻に任せているもので、知らなかったのです。では、学園に通っているのですか?あの子が?」
本当に驚いている様子に、マクシムとバジルは呆れるしかなかった。この男は、娘の年齢も知らなかったのか。長期の休みには家に帰っていると聞いていたが、リュシルがいないことにも気付いていなかったのか。
「貴方がご存知無いなら、私の思い違いなのかもしれません。失礼致しました。」
マクシムとバジルは、形ばかりの礼をしてその場を去った。リュシルはもう二度とあの家に帰してはいけない、と固く決意して。
87
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。
人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。
それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。
嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。
二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。
するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる